関東大震災の写真は捏造だった。別の場所の群衆写真に炎と煙を加筆

大正時代にもコラージュ写真があったとは…
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1923年9月1日の関東大震災の発生から95年を迎えたばかりだが、当時出回った写真に捏造や改ざんされたものが多いことが明らかになった。東京都復興記念館と共同通信社の調査結果を、サンスポなどが9月2日に報じた。

そのうちの一枚は、軍服を製造する「陸軍被服廠」(ひふくしょう)の跡地で撮影したとされた写真だった。東京・両国に近い空き地に数万人が避難していたが、周囲の火災が家財道具に燃え移った上に、火災旋風が発生。約3万8000人が死亡したと言われている。

しかし、火災発生直前に被服廠跡地で撮影されたとして当時広く出回った絵葉書の写真は、捏造だった。もともとは報知新聞(現在のスポーツ報知)が震災直後に皇居前の広場で撮影した群衆写真。これに、何者かが手を入れて、背景の皇居を炎や煙に改ざんしていたのだった。よく見ると写っている群衆が着ている服や配置が全く同じことに気付く。

サンスポによると、遺体が積み重なる被服廠跡の写真を載せた新聞社が、警察当局から発禁処分を受けたため、遺体が写っていない捏造写真が出回ったとみられるという。

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報知新聞社が撮影した皇居前広場の避難群衆
東京都慰霊協会
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問題の絵はがき「本所被服廠後惨害前の避難民」
古書ふみくら