「移民政策」に関する3つのウソ

日本の一般世論にはびこる根強い「移民政策に関するウソ」と絡めて解説してみたいと思います。

政府は、6月5日の経済財政諮問会議で今年のいわゆる「骨太の方針」の原案を示し、外国人の受け入れを拡大する政策を打ち出しました。その全体的な方向性としては、日本の現状と近未来に則した現実的な政策と言えるでしょう。しかし、この原案にはいくつかの重要な誤解と失敗への元凶が含まれています。日本の一般世論にはびこる根強い「移民政策に関するウソ」と絡めて解説してみたいと思います。

過去のブログの読者の方々は周知と思いますが、国連の定義では「(長期の)移民とは、通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12か月間当該国に居住する人のこと」となっています。EUでは「3か月以上EU圏内に留まるEU市民権を持たない人」です。滞在が無期限だとか家族の帯同だとかは、一切関係ありません。日本の文脈で「移民政策」を一言で言えば、「中長期に日本に滞在して、教育や就労、住居、税制などの面で地元民と同様の生活を送る外国籍を有する人を受け入れる政策」と解するのが適切でしょう。

しかも特に今回の「骨太の方針」原案は、「在留期間の上限を付さず、家族帯同を認める等の取扱いを可能とするための在留資格上の措置を検討する」としています。従って、現政権が詭弁として否定し続けてきた「いわゆる移民政策」に向けて大きく舵を切ったとも言えるでしょう。

ここで一つ非常に気になるのが、「骨太の方針」の原案で、外国人の生活支援については「法務大臣が認めた登録支援機関」が実施主体となり、「外国人の受入れ環境の整備は法務省が総合調整機能をもって司令塔的役割を果たすことと」したことです。

世界における移住学の基礎知識では、「移民政策」とは、線である「出入国管理」と面である「社会統合政策」から成ると言われています。「出入国管理」とは日本でいえば「出入国管理及び難民認定法」に基づいて、どういう外国人をどういう分野・資格で何人どの程度の期間受け入れるのか、入り口で審査し許可する国境管理政策です。もう一方の面である「社会統合政策」とは、外国人(移民)が入国した後で日本社会に馴染み貢献し、地元住民と平和裏に暮らすことを促すための体制整備です。具体的には日本語教育、日本社会のルールや文化・社会制度に関する知識習得、住環境整備、保健衛生、子どもの就学、年金や保険などの社会保障制度の整理などが挙げられます。

少なくとも日本の今までの国家体制では、前者の線である「出入国管理」は法務省入国管理局が主管省庁として、後者の面である「社会統合政策」は内閣府を調整省庁としつつ文科省、厚労省、総務省等がそれぞれの管轄内で対応してきたと言えるでしょう。

今回の「骨太の方針」で外国人の生活支援の主管省庁を、その経験も法制度上の責任も無い法務省としたことは、聊か不可解です。その背景には恐らく、省庁間の交渉と駆け引きがあったことが容易に推察されますが、今後の日本の「移民政策」の迷走と失敗を暗示させる発進となってしまいました。もちろん、法務省内の部局を抜本的に大改革すれば、社会統合政策を法務省が主管することも不可能ではないでしょう。しかし諸外国も長年に亘って迷走と失敗を繰り返した結果、苦い教訓を踏まえて「移民庁」のような部局を設置したり、そうでなければ「労働省」や「家族省」などに相当する部局が「移民政策」の主管省庁となっているケースが多くなっています。外国人受け入れ政策において後進国の日本は、そのような諸外国の失敗と経験から学んで悪い轍を踏まないようにできる有利な立場にいるのに、その利点を生かさないのは残念です。

2.日本に長年暮らしていれば外国人も自然に日本語ができたり日本文化を習得する ⇒ウソ

「骨太の方針」原案では、至るところに日本語要件の免除が出てきます。「技能実習を修了した者については日本語能力試験を免除し」とか「日本語要件を満たさなかった場合にも引き続き在留を可能とする仕組みや、日本語研修を要しない介護福祉士候補者の受け入れを検討する」などです。恐らくこの背景には、「日本に一定期間暮らしていれば日常会話はできるようになるだろう」、あるいは「日本に暮らす外国人と地元民との間の意思疎通はそれほど重要ではない」かのような憶測があるように見受けられますが、そのような憶測は大きな間違いです。

それは例えば、アメリカやイギリス、カナダ等の英語圏に長年暮らしていても一切英語ができない日本人が大勢いること、あるいは、日本に既に30年以上定住している日系ブラジル人・ペルー人の中にも日本語が殆どできない人がいて、彼らと地元民との間に多くの深刻な軋轢が生じている地域があることからも明らかです。

「言語能力の軽視」は外国人受け入れ政策の失敗の原因の一つとなりかねません。長年の迷走と失敗から学んで、ドイツでは600~900時間のドイツ語研修を含む統合コースが義務付けられています。オランダでも、一家族に対して上限100万円相当の「奨学金」を出し、一定期間中にオランダ語試験に合格したら奨学金返済は免除、合格しなかったら返済義務が生じる、という仕組みを作ってオランダ語習得を促しています。

更に、最近イギリスのハリー王子と結婚したアメリカ国籍のミーガン・マークルさんにでさえ、イギリス政府から「Life in the UK Test」が義務付けられていて、この試験に受からないと王子の妻と言えどもイギリス永住権は得られないのです。ミーガン・マークルさんは言語上の問題はありませんが、このLife in the UK Test、地元イギリス人の間でも「自分が合格できるか分からない」と言われるほどの難問が含まれています。

このように長年、外国人受け入れ政策において失敗を繰り返してきた諸外国が、言語や文化習得を重視し、試験の合格を絶対要件として義務付けているのは、そのような言語・文化習得が自然には起きないこと、また地元民との軋轢を回避するには言語・文化習得が極めて重要であることの証左です。今回の「骨太の方針」原案で示された「日本語要件免除」の方向性は、そのような諸外国の失敗から学んでいないと言えるでしょう。

3.外国人が増えると犯罪が増える ⇒ 真っ赤なウソ

「骨太の方針」原案の発表に対する一般世論の反応を見ていて、未だにはびこっていることが明らかなのが「外国人が増えると犯罪が増える」というウソです。これは警察庁が毎年発行している「警察白書」や「来日外国人犯罪の検挙状況」の統計を見れば、一目瞭然です。

例えば、平成29年警察白書(概要31ページ)では、「・・・来日外国人犯罪の検挙件数については、ピークであった平成17年から28年にかけて・・・大きく減少している」としています。来日外国人の数は平成3年以降ずっと増加傾向にありますし、過去数年は「Yokoso, Japan!」キャンペーンの影響でその数が爆発的に伸びているにも関わらずです。従って、「外国人が増えると犯罪が増える」というのは統計資料に基づかない完全なウソであることがすぐに分かります。

そもそも、「日本人よりも外国人の方が犯罪を犯しやすい」という言説も、統計に基づかない完全な妄想です。日本人の検挙人員を含む総刑法犯検挙人員に占める来日外国人の割合は、過去一度も3%を超えたことがありません。これは、警察庁組織犯罪対策部が今年の4月に発行した「平成29年における組織犯罪の情勢」に統計資料として掲載されています。

日本の現在の総人口は約1億2700万人とされていて、法務省入管局によれば2017年の外国人の新規入国者数は2509万人でした。従って、(短期滞在者を含む)外国人が日本の総人口に占める割合は約20%に上ります。この20%という数字と3%という数字を比べれば「日本人よりも外国人の方が犯罪を犯しやすい」といのが完全なデマでしかないことが良く分かります。

しかもこれは、特に日本人とは外見が異なる外国人を警察が狙い撃ちにして検挙する可能性があるにも関わらずの数字である、ということにも留意する必要があります。更に犯罪の中身を見ても、外国人による犯罪はその大多数が窃盗犯で、粗暴犯、知能犯が続きます。いわゆる凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦)は外国人による犯罪検挙件数の1.3%でしかなく、この割合は総刑法犯検挙件数における凶悪犯の割合と全く同じです。もちろん物を盗むのも悪いことではありますが、「外国人は凶悪犯罪を犯しやすい」というのも完全な妄想でしかありません。

そもそも歴史を振り返ってみれば、日本における戦後のテロ事件は全て「日本人」によるものでした。例えばオウムの地下鉄サリン事件も、今年2月の「朝鮮総連中央本部」の襲撃事件も、みな日本人による犯行です。敢えて言えば、日本に住む外国人が増えると、極右思想や人種差別意識を持つ日本人による外国人に対するヘイト・クライム等が増える危険性はあるかもしれません。その対策は、そのような日本人に対する教育・啓蒙・矯正であって、来日する外国人の問題ではありません。

今後、日本への外国人受け入れ政策、「移民政策」については、世論の更なる高まりが予想されます。反対派も賛成派も印象論や想像ではなく、きちんとした統計資料と過去の事実に基づいた議論をすることが極めて重要でしょう。実は「移民政策」にまつわるウソは他にも多々ありますが、それについてはまた次回以降のブログで触れてみたいと思います。