初公開から40年以上にわたりファンを熱狂させてきた映画『スター・ウォーズ』シリーズ。昨年は、ハリソン・フォードが演じてきた銀河のアウトロー、ハン・ソロの青年時代を描いた番外編『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』が話題になった。
このなかでソロは、高速宇宙船ミレニアム・ファルコン号をギャンブルで手に入れる。対戦相手は、「魅力的で、洗練されていて、カリスマ性抜群」の密輸業者ランド・カルリジアン。ギャンブル中もナンパに精を出すカルリジアンを演じたのは、若手黒人俳優ドナルド・グローバー(35)だった。
それを見たある有名女性ラッパーがこんなツイートをした。
「ドナルド・グローバーとチャイルディッシュ・ガンビーノって超そっくりじゃない? 2人ともすんごくカッコいい」
たちまちツイッターは爆笑の渦に包まれた。それもそのはず、グローバーとガンビーノは同一人物。ニューヨーク大学時代に人気コメディー番組の脚本家としてキャリアをスタートさせたグローバーは、俳優、ドラマ制作と活動の幅を広げるかたわら、チャイルディッシュ・ガンビーノとして音楽活動もしてきた(この名前は「あだ名作成ウェブサイト」で作成したもので、特別な意味はないとのこと)。
そのガンビーノの曲『This Is America』が、2月10日に発表された第61回グラミー賞の最優秀レコード賞を受賞した。
クラシック音楽から朗読アルバムまで実に80以上の部門があるグラミー賞の中でも、演奏者だけでなく作曲者やエンジニアなどレコード制作に関わった全員が称えられる最優秀レコード賞は、最も重要な賞と言われる。しかも、この部門でラップ・ナンバーが最優秀賞に選ばれたのは史上初だ。
「考えさせる」曲
この『This Is America』で歌われているのは、今のアメリカにおいて「黒人である」ということ。黒人が銃犯罪や差別の犠牲になっていること、「お金を稼いでナンボ」という黒人カルチャー、困難な状況が日常化して彼ら自身も悲劇に無感覚になっていること、白人から見れば「黒人」と一括りされるのに、彼らの間では結束が今ひとつ薄いこと。そうした現状が、比較的淡々と歌われている。
サウンドも、「トラップ」と呼ばれる重低音の不気味なうなり音に、ラップ(韻とリズムを重視した歌)とゴスペル調のコーラスが代わる代わるかぶさる比較的シンプルな作りで、壮大に盛り上がるメロディーラインはなし。その含みのある歌詞と衝撃的なミュージックビデオで、オーディエンスに「考えさせる」曲になっている。
歌詞の一部をご紹介しよう。
「ぼくらはパーティーをしたいだけ
君のためにパーティーを開きたいだけ
ぼくらは稼ぎたいだけ
君のために稼ぎたいだけ
……(中略)……
でも、これがアメリカだ
面倒に巻き込まれないようにしないと
目をつけられたら大変だ
どんな目に遭うかわかるだろう?
これが今のアメリカだ
うっかりヘマをしたら大変だ
ちょっとでも疑われたら
どんなことになるかわかるだろう?」
普通に生活しているつもりでも、タイミング悪く、なんらかのトラブルの現場に居合わせてしまったり、「お偉いさん」に誤解されたりしてしまうと、警察にしょっぴかれて、取り返しのつかないことになるかもしれない。ちょっとした勘違いで警察がやってきて、混乱が大きくなり、命を落とす羽目になるかもしれない。
それが今のアメリカで暮らす黒人の日常であり、「黒人であること」なのだ。『This Is America』は、彼らが毎日そうした緊張のなかで暮らしていることを歌っている。
黒人が置かれた理不尽な状況
こうした黒人の現状を見事に描いた映画の1つに、『フルートベール駅で』(2013)がある。実話に基づいた作品で、2008年の大晦日に恋人や友達と花火を見に行った黒人青年オスカー・グラント(当時22)は、帰りの電車内でケンカに巻き込まれ、プラットホームに友達と座らされ、興奮した鉄道警察に射殺されてしまう。
この映画は、カンヌ映画祭の最優秀初監督作品賞を受賞した。黒人のライアン・クーグラー監督(当時27)にとって、初の長編監督作品だった。クーグラーはその後、主要キャストが全員黒人の映画『ブラックパンサー』を手掛け、大ヒットさせている。全米の黒人団体が映画館を貸し切って子供達のために上映会を開くなど、社会現象的なヒットとなったこの作品は今年、スーパーヒーロー映画として異例のアカデミー賞作品賞にノミネートされている。
ちなみに、『フルートベール駅で』と『ブラックパンサー』の音楽を担当したスウェーデン人のルドウィグ・ゴランソンは、『This Is America』のプロデューサーでもある。
動画配信サービス「ネットフリックス」のドキュメンタリー作品『投獄: カリーフ・ブラウダーの失われた時間』(2017)も、黒人が置かれた理不尽な状況を描いている。
ニューヨークに住む16歳の少年カリーフは2010年、誰かのリュックサックを奪った容疑で拘束され、裁判も行われないまま、とりわけ荒れていると評判の刑務所に3年間収監された。結局、犯罪が立証されなかったために釈放されたが、その間、カリーフは他の収監者や看守の執拗なリンチに遭い、計2年間独房に入れられるなど心身ともに極限まで追い詰められ、釈放後に自宅で自殺してしまう。
このドキュメンタリー作品は、貧しい黒人少年がひとたびトラブルに巻き込まれてしまうと、誤解を払拭することがいかに難しいか、いかに誰も話を聞いてくれないかを浮き彫りにする。
カリーフが最初に警察署に連れて行かれ、事情聴取をされたとき、「たぶんすぐ帰れるだろう」と言われる映像が残っている。当然だろう。彼が罪を犯した証拠はまったくないのだ。そもそも、「弟がリュックサックを盗まれた」と通報した人物は、「実は今日ではなかった」など、事件の重要な部分を修正し、信頼性の低い証言を繰り返す。それでもカリーフを救い出してくれる人は現われなかった。
ガンビーノ自身は説明をしない
ガンビーノが『This Is America』で、「Don’t catch you slippin’ up(面倒なことに巻き込まれないように気をつけろ)」と歌っているのは、こうした現状のことだ。もし面倒に巻き込まれてしまったら、オスカーやカリーフのように人生を台無しにされかねない――。
こうした歌詞に衝撃的な映像をかぶせたミュージックビデオは、公開から1週間で8530万回以上視聴されるほどの話題となった。監督を務めたのは、ガンビーノの過去のミュージックビデオやドラマの演出を務めてきた盟友ヒロ・ムライだ。
今回のグラミー賞では最優秀ミュージックビデオ賞に輝き、日系人のヒロ・ムライが監督したことで日本でも話題になった。
冒頭、真っ白い倉庫のような場所で、上半身裸のガンビーノが、「ジム・クロウ(1830年代のニューヨークで、黒塗りをした白人が行ったミンストレル・ショーの登場人物)」風の踊りを始めたかと思うと、いきなり椅子に座る男性を背後から射殺。さらに2015年6月にサウスカロライナ州チャールストンの教会で起きた銃撃事件を思わせる、合唱隊の射殺シーンが続く。
事件現場をスマートフォンで撮影する子供たち、抗議行動に参加しつつ車上荒らしをする若者、ガンビーノを追いかける白人警官たち……。
ガンビーノは、ときに激しく、ときに楽しそうに、ときに無表情に踊り続け、思いついたように発砲する。最近の事件を連想させる一方で、年代物の車や馬が登場して、「昔からずっとそうだった」ことが示唆される。そのポエティックとも言える映像は、現代の黒人社会を取り巻く状況を、不思議な説得力を持って描いていく。
このビデオの公開後、「乱射後の銃が丁寧に赤い布に巻かれて回収されるのは、どんなに悲惨な銃犯罪が起きても、銃規制が進まないことを示唆している」など、その「隠された意味」を論じる記事やブログが続々登場した。
しかしガンビーノ自身は、歌詞やビデオが意味することについて、「視聴者それぞれの解釈にまかせたい」と語って説明を一切していない。
「分かっていない人たちに牛耳られている」
実はガンビーノは、今回のグラミー賞授賞式にも出席していない。彼だけでなく、ケンドリック・ラマー(31)、ジェイ・Z(49)、テイラー・スウィフト(29)、アリアナ・グランデ(25)といった大物もみな欠席した。
その背景には、レコード会社や業界上層部に今も根強く黒人差別、女性差別があり、アーティストを金儲けの道具としてしか見ていないのではないか、というアーティスト側の不満があるとされる。
たとえば昨年のグラミー賞で、「ヒップホップ界のキング」とも言えるジェイ・Zは、全8部門にノミネートされたにもかかわらず、1つも受賞できなかった。最高傑作との呼び声の高いアルバムを提げ、授賞式では差別問題に誰よりも真正面から切り込んだパフォーマンスを繰り広げたケンドリック・ラマーも、最優秀アルバム賞を逃した(皮肉なことにラマーはその3カ月後にピューリッツアー賞にその功績を認められた)。
こうした経緯から、白人が大多数を占める音楽業界上層部は、黒人カルチャーや黒人のトラウマをつまみ食いして利益をあげているだけで、黒人の葛藤や努力を全くわかってくれていない、という思いが、黒人アーティスト側に強くなったというのだ。
そのことをはっきり口にしたのが、今回のグラミー賞で最優秀ラップ曲賞を受賞したドレイク(32)だった。
彼は受賞スピーチで、「この業界は、カナダ出身の混血児の私が何を伝えたいかなど、全くわかっていない人たちに牛耳られている」と切り出した。「でも自分の曲の歌詞を暗記し、一緒に歌ってくれるファンがいるなら、故郷の町があなたをヒーローだと言ってくれるなら、あなたはすでに勝っている。ファンが自分で働いたお金でチケットを買い、雨の中、雪の中、ライブを見にきてくれるなら、こんな賞はどうでもいいんだ」
人種問題に対する新しいアプローチ
振り返ると、2009年にバラク・オバマ大統領が誕生し、アメリカの人種問題は大きな飛躍を遂げたかに見えた。
しかし2012年2月にフロリダで、丸腰だった17歳の黒人少年が自警団に射殺されるトレイボン・マーティン射殺事件が起き、2014年8月にはミズーリ州ファーガソンで白人警察官による黒人少年射殺事件が起きた(いずれも射殺した人物は事実上のおとがめなし)。
そうした社会背景から、黒人の人命軽視に反発する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事)」運動が起き、NFL(全米プロフットボールリーグ)選手が人種差別に抗議するため、国旗掲揚時の「膝つき」運動を始めた。しかしいまや、白人至上主義を事実上容認するドナルド・トランプ大統領が誕生し、「膝つきをするNFL選手は全員クビにしろ」と言い放つ。
アメリカの人種問題はむしろ悪化しているように見えるし、多くのアメリカ人もそれを肌で感じていることが、世論調査からわかっている。
ガンビーノはあるインタビューで、「大統領がオバマであろうが、トランプであろうが、最も貧しい人たちは関係がないと思っている」と語っている。だが、そこにあるのは諦めの感覚とは違うようだ。
なぜなら彼は、自ら制作・主演するドラマ『アトランタ』(2006年〜)の狙いについて、「白人が、黒人カルチャーのすべてを分かっているわけではないことを示したかった」と語っている。このドラマは、名門大学を中退した若者が、アトランタの貧しい黒人社会でいとこのラッパーと奮闘する姿を描いており、2017年のゴールデングローブ賞やエミー賞などで多数の賞を受賞した(演出はムライが担当している)。。
それは大金を稼いで白人並みに豊かになってやるという反骨精神とも、人種問題に真正面からぶつかっていこうとする対決姿勢とも違う、人種問題に対する新しいアプローチのように思う。
そんなガンビーノの姿勢が、黒人たちの間で大きな共感を得たのは間違いないだろう。『This Is America』が発表された直後、「ありがとう、チャイルディッシュ・ガンビーノ」というツイートが多く見られたことは、それを物語っている。果たしてガンビーノが投じた一石は、アメリカ社会に何かしらのうねりを起こすことになるのだろうか(藤原朝子)。
(2019年2月20日フォーサイトより転載)