本人の意思を無視した転勤や異動をどう避ける?マザーハウスが取り組む「公募制」とは

【連載】マザーハウス・山口絵理子が歩む"ThirdWay”(第9話)
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マザーハウス
マザーハウス提供

会社で働く人たちにとって、「転勤」の辞令を断ることは難しい。たとえ、「ここで働き続けたい」「あそこで働いてみたい」という希望があったとしても、組織の都合が優先される場面も多い。

途上国で生産したバッグやジュエリーを世界各地で販売する「マザーハウス」は、できるだけ個々の意思を尊重しようと、公募制度を多用してスタッフの希望に応じて配属先を決めています。会社の都合でスタッフに配属先を指名する際にも、ぎりぎりまで本人の返事を待つようにしているという。

本人の希望に対して、持ち合わせているスキルが見合わず、うまくいかないのでは?そんな懸念も浮かんできますが、どのように乗り越えてきたのか。マザーハウス流の「人事」を、代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さんが語りました。

ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 の内容を再編集しながら、山口さんが実践する働き方・生き方「ThirdWay」の極意を伝える全13回連載の第9回。マザーハウス流の「人事」に迫ります。

 

やりたい仕事を募る「公募」システム

個人がやりたい仕事についてもらうために、マザーハウスでは「公募」という制度を多用している。

さまざまな国籍や宗教、職歴や経験、考え方のスタッフがいる。

でも結局、個々人の〝やる気〟に勝るものはない。

人材に対する考え方では、一貫してそう思うからだ。

もちろん、公募は万能ではない。本人がいくら希望していても、スキルが足りない場合や、やる気と仕事のミッションが一致しない場合には思った通りにいかず、本人が落胆し、周りもストレスを抱える場面をたくさん見てきたのも事実だ。

でも、だからといって、本人の希望がないのに、組織の一方的な思いを押し付けることを優先するのも正解じゃない。そういった場合に、スタッフが最高のパフォーマンスを出した事例の記憶はあまりない。

育児や介護などに携わっていて、みんなとは違う仕事のスタイルで働かないといけない人も男女を問わず増えている。マザーハウスにも、育児のために早上がりをしている人がいる。あるスタッフは抜群の販売力で活躍しながら、転勤なしの「エリア限定のキャリア」を選んでいる。

「5時には帰りたい」というお母さんやお父さんのスタッフの希望を聞くことと、組織のアウトプットを最大化することは、絶対両立できる。

一人ひとりにベストフィットしたキャリアパスを見つけていく。

その先に、組織全体のパワーが底上げされていくのだと信じている。

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マザーハウス提供

「抜擢人事」も本人の気持ちを大切に

個人の希望にできるだけ応えていくのも大事だけれど、ビジネスはそれだけでは回らない。会社として、「この人にこのポジションに就いてもらいたいな」と思うことがあるのも確か。

たとえば、店長として評価の高い人に、「次は複数のお店を統括するエリアマネージャーになってもらいたい」という会社としての希望を伝えることがある。本人の〝やる気〟が出てくるのを待っている時間はなく、ある程度会社の都合で〝指名〟をしないといけないパターンだ。

そういうときは、何人かを指名して、一人ひとり面談してポジションの可能性を打診して相談するというスタイルをかなり長く続けてきている。

指名されたスタッフの中には「自分にはそんなポジションは難しいのではないか。スキルがまったく足りないのではないか」と驚く人もいる。特に、日本人は自己評価の低い人が多い気がするのだが、いずれにせよ、本人が思っているキャリアステップのペースよりも早く会社から指名があることは珍しくない。いわゆる「抜擢人事」だ。

でも、こういう場合も、会社からお願いを伝えた後はギリギリまで「本人からの返事」を待つということを大切にしている。

ポジションを上げるにしても「本人のやる気」がまったくないと、必ず失敗するからだ。

多国展開するマザーハウスの人事において、「個人と組織の拮抗」が生じる最たる場面は、「海外赴任の打診」かもしれない。

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businesswoman's outdoor image in Ginza, a famous commercial district of Tokyo, photographed naturally without heavy processing
monzenmachi via Getty Images

まず本人に聞いてみよう

グローバル転居を伴う配置を承諾するかどうかは、入社時、そして入社後にも定期的にヒアリングしているのだが、書類に書かれているYES or NOと、今そのときの気持ちが一致するとは限らない。

必ず本人に〝今の気持ち〟を聞く。重要な前提として「これから話すことは評価ではなく相談です」と強調したうえで。

「ある海外の現地駐在員のポジションがある。期間はとりあえず1年間。やってみたいと思う?」

このときも、3人に声をかけた。1人目の男性はスキルは申し分ないし、グローバル転居OKのスタッフだったけれど、「せっかくの話なんですけど、僕、今は国内店舗の販売がめっちゃ楽しいし、もう少しがんばりたいんです!」とキラキラした目で言われてしまった。

2人目の女性は、興奮気味に喜んでくれた。「行きます! がんばります!」。ただし、語学がまだ追いついていない。

3人目の候補者は、面談してみて異なる部署のほうが活躍が期待できると判断した。

部門の責任者と悩んだ末、2人目に行ってもらうことにした。やはり、〝やる気〟が成長の最大のエンジンだと思ったからだ。ただし、期間はトライアルとしてまず3カ月間。3カ月経った時点で、本人と会社の双方の意向を再度すり合わせてその後で決めることに、彼女にも納得してもらった。

このとき、喜んだのは赴任が決まった彼女だけじゃない。最初に打診した彼にとっても、大きなモチベーションアップにつながった。

「会社が僕に声をかけてくれた。今は受けられる時期ではなかったけれど、将来、本気でチャレンジしたいと思ったときには、きっとチャンスはもらえる」という希望をつかめたからだ。

「会社に期待される」という事実は、それだけで個人を大きくエンパワメントする。

だから私は、一つのポジションの打診をあえて複数の候補者にする。

検討の結果、「ごめん、やっぱりほかの人に決まった」と伝えることになったとしても、「声がかかった」というだけで自信が生まれ、翌日からの働きぶりがポジティブになっていく。

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Yukinori Hasumi via Getty Images

 

個人と組織は対等に情報共有する

こんな話をしていると、ある記者さんから「最近は、本人の意思を無視した転勤も、問題視される世の中になってきましたからね」と言われた。

本人の意思を無視した転勤?

私の中では一貫して、個人と組織の間には上下関係はなく、お互いに風通しのいい関係性をつくる努力を続けるものというイメージがある。

どんな場合も組織が個人に勝ることはない。働く個人は「ノー」という権利を持っている。それは、個人の意思に反する仕事を組織として頼んでおきながら、最大のアウトプットを期待することは間違っていると思うから。

そういう前提に立ち、私なりの組織と個人のサードウェイ的なあり方にとって重要になってくると考えるもの。それは、「情報共有」だと思う。

「今、会社は何をしようとしているのか?」

「経営者はいったい何を考えているのか?」

「これから会社はどこに向かうのか?」

こういうことを経営者やマネージャーの口からいろいろな視点、さまざまな機会に話していく。

一人の社員の立場から見ると、経営全体の状況があまり目や耳に入ってこないと、なんだか会社の中で生きていく選択肢が少ないように感じてしまうし、自分の能力をいつ、どんな立場で発揮でき、また評価してもらえるのか不透明に感じてしまうときがある。

そんなときこそ、働いている立場からすると、自分が組織のはざまに立たされているように感じるのだ。

私たちの会社もそうは言っても情報が不足していたなあと反省することも多いし、情報を出すタイミングとかも最大限に慎重になっているつもりでも、間違えてしまったなあという反省も後悔もつきない。

でもそんな数え切れない失敗をしてもなお、私は経営者として不器用でもみんなと「向かい合う」姿勢は絶やしたくないと思っている。

言葉足らずでも、いつでも本音でみんなと接したいと思っている。本当に言葉が足りないと思ったときは、私の場合は前述したように、モノに語ってもらいながら、補完してきたつもりだ。

 
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マザーハウス提供

個人が組織で輝くための4つのこと

一方で組織で働く個人の立場に立つと、経営者や上司の方向性に納得できないことや、強く〝おかしい〟と思うこともあって当然だと思う。

そんな人へ私から届けたい4つのこと。

一つは、あなた自身が組織の構成メンバーであるということ。

二つ目は、その組織はみんなでつくり上げていくものであるということ。みんながよりよい組織をつくり上げる大事な構成員だということ。

三つ目は、社長も上司も、完全な情報を持っているわけではない。だから完璧な決断が常にできるわけではない。

最後に、だからこそ、意見を発信し、他者と交差させていく姿勢と柔軟性が何より重要なのだということ。

少し話がそれるが、フランスに出張する前にそのことをスタッフあてにメールをし、共有した。

するとある販売スタッフから、「前々から、いつかうちの会社はパリに進出するだろうと思っていました。いよいよですね。本当に楽しみです!」とメールが入った。何気ないメールだったけれど、私にはスタッフと一緒にパリに来ている感覚がもてた、うれしい出来事だった。

そうやって、私が向いている方向性、やりたいことをアクションや言葉で、まめに共有できていれば、組織と個人の間にある溝はなくなっていく。逆に情報がうまく浸透してないと、疑心暗鬼になり、ミスマッチも起きてしまうだろう。

組織の力に個人の力を掛け合わせて、組織を動かしていくのは十分可能だと思う。

(編集協力:宮本恵理子・竹下隆一郎/ 編集:大竹朝子)

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山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。

これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。

ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。