「社会起業家の先駆け」として登場することの多い、「マザーハウス」代表兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。
しかし本人にとって、その呼び方にはしっくりこないのだという。
それは、どんな企業でも、どんな仕事にも、世界の一部に貢献しているという「社会性」があるから――。
企業の力はとても大きい。経済力が社会を変えると、山口さんは信じている。
だからこそ、企業のトップが変わり、「よりよい社会」に本業でコミットしていく大切さを説く。
ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 の内容を抜粋したり一部編集しながら、山口さんが実践するThirdWayの極意を伝える全13回連載の第2回。キーワードは「企業の”社会性”」。
どんな企業にも「社会性」はある
私は「社会起業家」と呼ばれることが少なくない。社会問題をビジネス的な手法で解決しようとする起業家のことを指す、らしい。
ちょうど私が起業した2006年に、少額融資で貧困層を支援する事業をおこなっているムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞をとった。
そのニュースも話題となって、にわかに社会で広まったキーワードだ。
バングラデシュでバッグ160個をつくって、どうにかして日本で販売しようともがいていたとき、
最初に「取材したい」といってくれたメディアのタイトルには「社会起業家」という言葉が含まれていたのだが、
私はその意味をよく知らなかった。
無我夢中で製造と販売をしていた私は、
自分の身の回りで起きているトレンドや時代背景など意識する余裕もなかったのだ。
その後も2010年にアントレプレナー・オブ・ザイヤーをいただいて、2011年のジャカルタで開かれた世界経済フォーラムにも日本の社会起業家として招いていただいた。
しかし、私自身は、「社会起業家」と言われることに、いまいちしっくりきていない。
社会起業家が扱う分野は、途上国支援だけでなく、貧困問題とか、環境保護や高齢者支援など本当に多い。
こうした社会課題を解決するためには、短期的な利益を追い求めるだけではダメだ。
だから、これまではお役所の役割だとされてきた。
だけど、それだとスピード感が足りなかったり、複雑な問題に対応できなかったりする。
それに、日本を含めて先進国の財政も厳しいため、すべての問題に対して税金を十分に使えない。
そのため、ビジネスのアイデア力と資金力を活かして社会的な課題を解決する存在として、中間的なエリアを担う「社会起業家」が期待されている。
日本では、約20年前にNPO法が成立した。
それまで社会貢献は「ボランティア」として考えられることもあったけれど、法律によってNPOに「法人」の権利能力が与えられた。
不動産を借りやすくなったり銀行口座を開きやすくなったりした。
最近では寄付や補助金に頼りすぎなくても、活動からちゃんとした利益を得ながら事業を回すビジネス型のNPOも増えてきたそうだ。
また、世界的には、金銭的リターンだけでなく、
社会にもたらす「よい経済効果」を大事にするファンドが進める「インパクト投資」という分野が注目され始めている。
社会貢献とビジネスの両立はここしばらくのホットなキーワードなのだと、社会情勢に詳しい方から教えてもらった。
でもなあ、とも思う。
どんな企業だって、人を雇って
その社員本人や家族を支えているだけで、
あるいは税金を払って地域や国の運営を
手助けしているだけで、「社会性」はある。
どんな仕事でも、世界の一部に何らかの貢献をしている。
自分が携わったサービスや商品に、お金を払って買ってくれる人がいるということは、何らかの「困ったこと」に応えている。
そういう意味では、社会性とビジネスは最初から両立しているものなのだ。
ただ、それでも私が「社会起業家の先駆け」として、複数のメディアなどで取り上げていただき、ほかの起業家と何かしらの差があるのだとしたら、
社会性に関する「動機の強さ」なのかもしれない。
途上国から付加価値のあるものをつくりたい、現地の素材や職人の隠れた可能性を探ってみたい。
ひいては、経済大国が途上国の労働力を利用するだけ利用する「世界の搾取」の構造に一石を投じたい。
そんな世界の現状に対する怒りと、「新しい解決策を生み出したい」という私の思いに、強い社会性を帯びていると人々が感じてくれたからだと思う。
経済力が社会を変える
企業のもつ影響力はとても大きい。そして企業が利潤の追求だけに走らずに、公共性をもてるようになるためには、起業家や経営者のビジョンや、社会的使命感が重要になってくる。
世界を見渡すと、故スティーブ・ジョブス氏にしても、孫正義氏にしても、
「社会をどうしていくか」「未来をどうつくるか」というのが思考の中心だった。
経営者がそうした「よりよい社会」へのビジョンを明確にもっていれば、企業の利益と社会性は矛盾しない。
それどころか、経済力を備えた企業が本気で社会を変えたいと思えば、もっとも効率的にもっともパワフルに社会的なアクションを実施できるだろう。
企業は日々競争にさらされて生き残りをかけて戦略を立て、財やサービスを提供している主体だから。
企業が「よりよい社会」に対してコミットする。
本業のビジョンとして、「よりよい社会」とは何かを描く。
それが、人間が次に進むべき
新しい資本主義の形ではないだろうか。
本業とは別の事業ととらえられがちな「CSR(企業の社会的責任)」という枠組みではなく、「本業のビジョンとして」描くことが大切だ。
私はまだ13年しか経営者の経験がなく、偉そうなことは言えないが、サードウェイの視点を特に共有したいのは、中小企業の経営者の方々だ。
日本にはたくさんの中小企業が存在する。
大きな企業はすでにさまざまな視点から「社会に見られている」ため、活発に社会的アクションを起こしている。
しかし、中小企業こそ、自分たちの企業という小さな枠の中での利益追求を超えて、所属するコミュニティ、地域、さらには社会全体を経営する、デザインするという意識をもつべきだと私は思う。
そんなことは当たり前かもしれない。
しかし、競争に勝とうとするために余裕がないことも理解できるが、日本の企業においては特に「自分たちのビジネスをどうするか」だけにとらわれすぎている感覚がある。
何のために勝つのか。
何のために私たちは利益を上げるのか。
企業の利益の先に、何を夢見ているのだろうか。
経営者が変われば、企業は絶対に変わっていく。
社会的ビジョンをもった経営者、それが真の社会起業家であり、現在のような「一部の人」を指す言葉ではないはずだ。
なぜなら本当に社会を変えるエネルギー源は、経済力だから。
これは私の信念に近い。
(編集協力:宮本恵理子・竹下隆一郎/ 編集:大竹朝子)
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山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。
これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。
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