「ネクストチャイナ」を目指さなくていい。今、アジア経済に本当に必要なもの

【連載】マザーハウス・山口絵理子が歩む"ThirdWay”(最終話)

中国の経済成長が止まらない。

インドやバングラデシュなど、同じく経済成長を続けるアジアの国では「ネクストチャイナを目指せ」とばかりに、中国の背中を追いかける。しかし、それでいいのだろうか?

そう問題提起するのは、途上国で生産したバッグやジュエリーを日本をはじめとする先進国で販売する「マザーハウス」代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。

海外頼みの輸出戦略は、一気にビジネスを広げるチャンスであると同時に、業績が悪化すれば数百人の雇用を失う、大きなリスクでもあります。

途上国の良さを「発見」してものづくりをしてきた山口さんは、ローカルな力を活かすことこそが、グローバル市場に打って出る時の「武器」になることに気が付いたといいます。

ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン刊) の内容を再編集しながら、山口さんが実践する働き方・生き方「ThirdWay」の極意を伝える連載の最終回。途上国は「ネクストチャイナ」を目指すべきなのかーー。

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山口絵理子さん
マザーハウス提供

経済成長の「分かれ道」

いくつかの途上国で仕事をしてきた13年間。私は現地でさまざまな人たちと出会ってきた。自分の国から出たいと言う人。母国から一歩も出たことがなく、海さえも見たことのない人たち。ローカルな世界で生き抜く人たちに囲まれ、仕事をしてきた。

私はいつも「異国人」として新しい土地に飛び込んできた、5カ国の途上国で現地工場の運営にこだわって、ときには成功し、中にはまだ道半ばという国もある。

その道のりでさまざまな生産工場を訪れ、常に悩みながら、生産に携わってきた。

ところで、これから経済を発展させようとしている途上国の製造業は、一つの重要な「分かれ道」に、とてつもなく悩んでいる。

「Export(輸出)なのかDomestic(自国向け)なのか」という問いだ。

自分たちの商品を、海外に輸出するためにつくるのか。あるいは自分の国のために生産をするのか。分かれ道に立たされる。

 それぞれのメリットとデメリット

どちらがよい悪いではない。それぞれにメリットと、デメリットがある。

これからぐんぐん成長することが期待される国にとって、自分の国の中のニーズはまだまだある。

国内向けにつくっても売れるし、売り上げもすぐにアップする。

それに何より、せっかくモノをつくるからには、まずは自分が住んでいる国のお客様に喜ばれる商品をつくりたいという思いもあるかもしれない。

その気持ちはとてもよくわかる。

一方の「海外向けの生産」。スケールが大きいビジネスにつながる可能性はあるけれど、そんなに単純な話でない。

どっちのチャンスとリスクをとるか

輸出向けの生産の場合、どこの国と付き合い、どんなバイヤーと付き合っているかで運命が分かれる。私は「過酷な現実」をたくさん見てきた。

とある工場は、日本の大企業に生産を完全に支配されていた。

日本の企業側の景気が悪くなったら一斉に数百人もが解雇された。

また、ある国では政情不安に伴って、発注元のバイヤーが突然オーダーストップ、すぐ廃業に陥った。

工場は単なる生産の場ではない。

そこでの仕事を頼りに生きている現地の社員とその家族たちがいる。

人が解雇されれば、家族だけでなく地域全体が傷つく。

そんなシーンを私は数多く見てきた。

海外頼みの輸出戦略は、一気にビジネスを広げるチャンスであると同時に、大きなリスクでもある。

 「まずは国内」という考え方は正しいのか

「自国にまだ需要があるのなら、安定的に国内向けに生産を続けることが理想なのかもしれない」

私はそんな保護主義的な思想をもっていたこともある。

海外の大手の会社やグローバルな競争にさらされてきた現地の工場の様子を見るたびに、思いを強くしていた。

でも、自分たちの国向けだけにつくっていると、成長の機会を逃すということもある。

自国内のニーズが十分でなかったり、自国自体が政治的にも非常に不安定だったりすると、観光に依存してしまったりする。

さらには、自国の消費者の目が成熟していなかったりすると、品質をアップさせるチャンスを逃してしまうなどの問題も多い。

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マザーハウスの集合写真
マザーハウス提供

ローカルの力でグローバルに生きる

いろいろな途上国の工場を見てきたが、「自国向けの工場の商品」と「海外向けの商品」の品質における差は大きいのが事実だ。

「グローバルの市場」を相手にしていると、国内で勝負しているとき以上に、絶対に不良品を出しちゃいけないという切迫感が生まれ、納期もビジネス感覚もすべてにおいて国際市場を意識した改善が行われる。 

ミャンマーのある工場では、「KAIZEN」と書かれた看板が掲げられ、マネジメントは毎日グローバルな視点で工場運営の進化を見せていた。

一方、ネパールのある会社の自国向け工場。視察に行ったその現場では、カシミヤに似た安価なアクリルをカシミアと偽って生産し、販売をしていた。

「ネパールでは誰も調べないよ!」と笑うが、海外向けでは許されない。

グローバルに生きるか、国内に留まるのか。

とても難しい「分かれ道」だし、進む方向によってとても異なる成長をたどることになる。

そんな中、私のサードウェイ的な思考は、「ローカルの力で、グローバルに生きる」だ。

大事なことは、”ローカルの力”を存分に活かしているかどうかだ。

 私が考える「現地生産」

私が見てきた輸出向け工場の中には、素材も生産設備も、またひどいときには職人さえも海外から連れてきた人に頼り切っている場合がほとんどだった。

場所は自国だけど、機械も、それをつくる人も、全部海外から持ってきているのだ。

中国から素材を仕入れ、中国でつくられた中古の機械で、働く人だけ、安価であるという理由で自国の人により生産が行われているケースもある。

もちろん地理的には、その国でつくっているのだけれど、そこで生産することの理由は、「価格」以外には見つからないときが多い。

そうなってくると、そこで目指す「グローバル」は「ネクストチャイナになる戦い」とほぼイコールだと私の目には映る。

私がこれまで立ち上げてきたすべての国でこだわってきたこと。それは─。

現地の素材と、現地の職人と、現地工場をつくり、現地人によるマネージメントのもと、現地検品をして出荷すること。

それが私の定義する「現地生産」。

言葉で言うのは簡単だが、実際に貫き通すことは難しい。でも、自社の発展の先に、その国の発展を思うと、遠回りでも貫きたい私のポリシーだ。

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インドネシアの職人さん
マザーハウス提供

 「ベストオブカントリー」を探して

ローカルの力でグローバルに戦うと決めたとき、一つの言葉をつくった。 

「ベストオブカントリー」。

すべての国が、自国内のベストを尽くすという発想だ。

マザーハウスがものづくりをしている国だけを見ても、その個性はバラバラだ。

バングラデシュは1億6千万人以上が住んでいる。

経済成長率も7%もあり、かつての「最貧国」の姿はだんだんと見られなくなってきた。

訪れるたびに街が発展している印象がある。

一方、ネパールの人口は3千万にも満たない。

バングラデシュの人と比べて、のんびりしている人も多い。

ミャンマーは、5千万人台。それぞれが違う。それぞれの国でできることは当然異なる。

オリンピックがそうであるように、ものづくりもそれぞれの代表作を「せーの」で出してみたら、一体どんなものが出るだろう?

という感覚を私はマザーハウスを経営してから、もつようになった。

バングラデシュでは最高のジュートや革を使って。

スリランカは世界でもっとも多くの天然石が採れるからジュエリーを。

インドは世界最大の手織り人口を抱える綿の最大生産地、だからこそ素敵な服を。

全世界で似通ったものをつくり競い合うのではなく、自分たちの「ベスト」を考えてみる。

その思考こそが、グローバルとローカルの間を積極的に模索するサードウェイであり、国の将来像を見据えるうえで大切だと私は思っている。

そのほうが、おかしな摩擦や、価格競争からの人件費圧迫、ストライキなどといった負のスパイラルを生まないのではないか。

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ジュートロール
マザーハウス提供

埋もれていた「黄金の糸」

バングラデシュは、ジュート(麻)の主要輸出国だが、そこで生地の加工をしていたとき、よく現地の人から「ジュートなんて斜陽産業だよ。今はみんなビニールだし、そんなものにお金も時間もかけるっていうのは間違っている」と言われた。

当時25歳だった私は「あなたたちのゴールデンファイバー(黄金の糸)は、もっともっと輝くべきだ」と言い張っていた。

(10年以上経った現在では、バングラデシュではジュートの価値が再認識されてバッグがとても人気を博し、ジュートの値段は高騰している)

このように、その国の人自身が、グローバルに通用するローカルの魅力に気づいていないことが多い。

バングラデシュは人口が多い分、どんどん自国に進出してくる先進国の工場に対して安い労働力を提供できてしまう。

ある意味、そこを売りにして「ネクストチャイナ」を目指すことは可能だし、実際になろうとしている。

でもそれでいいのだろうか。

商品を届ける先が「グローバル」であっても、個性を捨てて「国際市場」に合わせてしまってはもったいない。

私が言う「ベストオブカントリー」は、たとえグローバルなマーケットを相手にしても、自国でしかつくれないオリジナリティにこだわるということから始まる。

自分たちの得意分野や付加価値の高い素材、技術の力を掘り起こし、グローバルな品質基準やデザインをかけ算していく。

こうなってくると、最初の問いである「海外向け」なのか「自国内向け」なのか、という問いはあまり関係なくなる。

海外に輸出する前提でも、自国内の消費者に届ける場合でも、ベストオブカントリーの先には必ずオリジナリティがあるはず。

海外という広い舞台に立ったとしても、何も同化する必要はないのだ。

それはネパールにもあるし、ミャンマーにもある。

インドにもあるし、スリランカにも、インドネシアにもあるのだ。

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山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。

これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。

ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。