サイボウズ式:「過去の経験からは正解を見つけ出せない」―超一流のみが知る、優れたアイデアの実現方法

「過去の延長線上にはないイノベーションを起こすための原理と実践手法を明示する」U理論。日本におけるこの理論の第一人者である中土井遼氏と、サイボウズ・ラボで個人やチームの生産性をどう高めるかを研究している西尾泰和の対談の後編をお届けします。
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「過去の延長線上にはないイノベーションを起こすための原理と実践手法を明示する」U理論。日本におけるこの理論の第一人者である中土井遼氏と、サイボウズ・ラボで個人やチームの生産性をどう高めるかを研究している西尾泰和の対談の後編をお届けします。

前編では、U理論とは何かという話が中心でしたが、後編ではいよいよ「イノベーションが起きる際にはいったいどのようなことが起きているのか?」という、U理論の核心へ。さらには「U理論は科学か?」という話から、「再現性がない方法論には意味がないのか?」「"正しい"とはどういうことなのか?」といった、ある意味哲学的なところにまで議論が進んでいきます。知的刺激たっぷりのこの対談、じっくりお楽しみください!

どうすれば生み出したアイデアを実現できるのか?

西尾:これまでのお話で、"U"の左側の下っていくステップ、つまりダウンローディング(過去の経験によって培われた枠組みを再現する)→シーイング(観る=判断を保留し、現実を新鮮な目で観る)→センシング(感じ取る=場から感じ取る)→プレゼンシング(ソースにつながる)の流れについては、それがどういう状態であるのか、またそこでどういうことが起きるのか、ある程度理解できた気がします。

一方で、イノベーションを起こすためには、右側の上昇していくステップ、つまりプレゼンシングからクリスタライジング(結晶化=ビジョンや意図を明確化する)→プロトタイピング(実行、実験によって未来を探索する)→パフォーミング(実践=新しいやり方、仕組み、習慣として実体化する)へと至っていかなくてはならないわけですよね?

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中土井:左側のサイクルを経て、レベル4のプレゼンシングの状態まで行ったら、過去の延長線ではない状態に入るので、新しいことが必ず起こります。

先ほどの西尾さんのお話で、「あ、このプログラミング言語を作った人が言っている世界ってこういうものなんだ」ということが見えたら、新しく思いつくアルゴリズムやコードは変わっていきます。それがクリスタライジング(結晶化)の状態ですね。全く新しいインスピレーションやアイデアが生まれてくるわけです。

西尾:なるほど。

中土井:続いて起きるプロトタイピングは、新しく浮かんだインスピレーションやアイデアにまだ慣れ親しんでいないので、そこからしっくりくるまでとりあえずやってみる、試行錯誤してみる、という状態です。プロトタイピングの質を高くするために、U理論では、よく「頭で考える前に形を作ってみろ」と言います。

西尾:例えば、思いついたアイデアをいきなりプログラムにしようとして設計で悩むのではなく、どういうものを作ろうとしているか人に話してみる、といったことですね。

中土井:ええ。そこからは粘り強く、試行錯誤を続ければ様々な形を変えながらも、最終的に、最後の段階であるパフォーミング(実践)に到達すると思っています。なぜかというと、クリスタライジングの状態で浮かんだインスピレーショナルなアイデアは、ぼんやりしているけど本人は「完全に知っている」ものだからです。いわば、埋まっている化石を掘り出すようなもの。だから、しっくりくるまでプロトタイピングをやれば、必ずパフォーミングまで到達するんです。

例えば、マーク・ザッカーバーグがFacebookを作った時には、ハーバードの先輩からその元となるアイデアを聞いた瞬間、完全に今までとは違ったものが見えたんでしょう。そこからものすごい勢いでクリスタライジング、プロトタイピングが起こっていったのではないかと思います。

過去の経験から正解は見つけ出せない

西尾:クリスタライジングが起きた時、本人の頭の中には完成に近いイメージがあるということなんでしょうか?

中土井:そのイメージというのは、一般的なイメージとは違うものだと思うんです。直感的なもので、ものすごくぼんやりしているが、正解だという確信はある。

西尾:いわゆる「暗黙知」なんですね。ぼんやりとはしているけれども、正しい方向に進んでいるかどうかの価値判断は生まれている。

中土井:そのとおりですね。

西尾:なぜここで暗黙知の話を出したかというと、暗黙知の研究で有名なマイケル・ポランニーがかなり近いことを言っているからです。 プラトンは「正解が何かわかっていないのに、どうやって正解を探すことができるのか?」という問いを発しました。

中土井:「探求のパラドックス」ですよね。

西尾:これに対し、ポランニーは「何が正しいか、どこに答えがあるかはわからないが、自分がやっていることが正解に近づいているかどうかをジャッジする知が存在する」とし、それを暗黙知(タシット・ノウイング)と名付けたんです。それは言葉で人に伝えられないが、自分ではわかっているものだと。

中土井:本当にそんな感じだと思います。ただし、それが過去の枠組みからくる単なる違和感か、自分の中からインスピレーションとして湧き出てきたものなのかという違いはあります。 例えば、メガネを逆さまにかけてみたとします。そうすると当然、違和感がありますよね? それは自分の過去の経験とフィットしていないからしっくりこないだけです。

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西尾:それはイノベーションでもなんでもないですよね。

中土井:ええ。一方、「未来が出現する」クリスタライジングというのは、「何だかわからないけれども絶対間違いない」という状態です。これならいける、というのを、本人の中では知っている感じ。これを「プライマリー・ノウイング(第一の知)」というんですが。まさにこういう感覚に到れるかが、一流の人と、それを超えた超一流の人の違いだと思います。

西尾:一流の人は過去の経験の積み重ねからいい悪いを判断するけど、超一流の人はプライマリー・ノウイングによって判断するということですよね。プログラマーに例えていえば、今までの開発手法のパターンの積み重ねで考えている人と、「この問題ならこういう解決策がある」とポーンと思いつく人の違いというか。

先日、Linuxの開発をしている小崎資広さんにインタビューをしたんです。彼が以前、仕事で開発していたプログラムに何故か動作速度が遅くなるという問題が発生した。そこで上司から全員に、自分が書いたソースコードを見直すようにという指示が出た。しかし、彼はその指示を無視したんです。理由は、自分で書いたソースコードを自分で見直しても問題が見つかるはずがないと考えたからです。

中土井:なるほど。

西尾:コードを見直す代わりに、彼は、そもそもどこが遅いのか計測するツールがないのが問題だと考えたんです。そこで自分でそれを作って計測したら、問題は、自分たちが書いていたコードではなく、OSの側にあったことがわかった。これも、彼は「ソースコードを見直すという方法ではよくない。もっと違う解決策がある」と直感したんだと思います。

中土井:プライマリー・ノウイングがあったわけですね。

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U理論には、PDCAの"P"を作る答えがあった

西尾:僕は以前、京都大学のサマーデザインスクールでKJ法を教えていたことがありまして(講義資料)。KJ法というのは、アイデアを出すために、いったん判断は保留し、関係があると思われることを全て書き出すというもの。付箋に書き出してそれを並べたりくっつけたりするんですね。その時に絶対やってはいけないのが、トップダウンの枠組みを押し付けること。トップダウンで並べると、自分が今まで持っていた知識の枠組みに沿って付箋が並べられるだけで、新しい発想が生まれてこないからです。

そうではなく、ボトムアップでくっつけることで、関係性の断片から自分がこれまで思ってもいなかったような構図が浮かび上がってくる。 それがU理論の「U」を描く図に似ているなと思って、U理論に興味を持ったんです。

中土井:なるほど、確かに近い気がしますね。

西尾:そこで、U理論の本を買ってみたんですが、その中にPDCAとU理論の図を並べて書いてあったページがあったんです。僕は当時、「エンジニアの学び方」というテーマでPDCAを回して学ぶことの大事さを雑誌の記事に書いたりしていたんですが、じゃあ最初の「P」はどうやって作るんだ? という疑問に自分自身が答えられなかった。U理論の本を読んで「ここにその答えが書いてあるじゃないか!」と思ったんです。

中土井:うれしいですね。著名なクリエイターの方とU理論についてお話しすると、「ああ、とてもよくわかります。逆にこれじゃなかったらみんなどうやっているんですか?」と言う方が非常に多いんですよ。

スティーブ・ジョブズが「マーケティングなんて必要ない」と言っていましたよね。市場調査を行って、今みんなが欲しいものを分析しても、全く新しいものは出てこない。最強のマーケティングとは、未来の人が欲しいものがわかることなんですよ。U理論を使うことでそれが可能になります。

再現性がない方法論には意味がない?

西尾:ただですね...。特に理系の人って、「この方法論で100%実現できるのか?」ということを気にすると思うんです。

中土井:再現性の問題ですよね。科学的ではないという。それはよく指摘されますが、ある意味仕方ないことだと割り切っています。

西尾:そもそもイノベーションを100%起こすなんて不可能ですよね。ただし、少なくともU理論を使うことで、どちらの方向に進めばイノベーションが起きやすくなるのかを示せれば、それは意味のあることだと思います。

中土井:おっしゃるとおりですね。

西尾:「再現性がないと科学的じゃない」という人もいるかもしれませんが、じゃあ、私たちの社会の中で、実験を繰り返して正しい、誤っていると答えを出せることがどのくらいあるんだ? という話なんです。我々も生活の中で、様々な意志決定をしていますが、例えば子供を作ったら幸せになるかならないかは、実験室で比べることはできない。となると全ての意志決定は非科学的、となってしまう。

そう考えると、ある意味、「科学的ではないといけない」という囚われが、イノベーションの妨げになるおそれもあります。科学的に正しいこと、再現性のあるやり方で解決しようとすると、過去に前例があるものを選ぼうというバイアスがかかり、新しいことをやるマインドを冷え込ませてしまうのではないかと思いますね。

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中土井:U理論はもちろん科学的なものを否定しているわけではなく、「取り入れた上でいったん保留しろ」と言っているんです。サンタフェ研究所の経済学プログラムを創設し、率いていたブライアン・アーサーという研究者が、オットー博士との対談の中で、「優秀ではあるが、しかし第一級とはいえない研究者は対象に既存の枠組みをあてはめることはできる。しかし最高レベルの研究者は、一歩下がってふさわしい構造が湧き上がるのを待つ」と語っています。

西尾:「ある知識が正しいかどうか」については、大きく2つの定義の仕方があります。1つは何度も実験で確認されて、しかも他人も実験で再現・検証できるものであるという定義。いわば科学的な定義です。もう1つは、ある知識によって何かを実現できたり、誰かの役に立ったりしたのであれば、それは正しいものだとする定義。プラグマティズム的な考え方ですね。我々の社会の中では実験によって正誤を判断できない問題で溢れています。だから、「その知識から有益なものが生まれたらそれは正しいとしよう」というわけですね。

例えば、KPTの枠組みを使って物事を考えるエンジニアは多いですが、それを使うことでいいことが起きるという科学的な証明はないですよね? でも実際に使ってロジックがうまく回ると実感できるなら、それは正しいし有益なものだと考えていい。U理論もそれと同じだと考えています。

中土井:全く同感ですね。

西尾:今日のお話で、自分の中でU理論についての知識に、かなり肉付けができたと考えています。そうだったんだ、と目からウロコが落ちる、まさに「レベル3」の状態に入ったエンジニアもいると思いますね(笑)。ありがとうございました!

中土井:エンジニアの方が新たなイノベーションを起こす上で、今回お話したことが少しでも役に立てばうれしいです。こちらこそとても楽しかったです。ありがとうございました!

文:荒濱一/撮影:橋本直己/編集:安藤陽介