1998年のデビューから現在まで、クラブミュージックやジャズ、クラシックなどを取り入れた独自の音楽性を持ちながら、サウンド・プロデューサー、DJなど幅広い音楽活動を通して、多方面から高い人気を誇るJazztronik野崎良太氏。そんな彼が現在不況にある音楽業界に一石を投じる、「新たな音楽のビジネスモデル」を作り出すべく事業の立ち上げに動き出している。
Jazztronik野崎良太氏
BtoB向けのプロミュージシャンによるオリジナル楽曲提供サービス「MUSIC BANK(仮)」は、昨年3月に開催したサザビーリーグ主催のピッチイベント「リアンプロジェクト」に野崎氏自ら応募。事業化前のビジネスプランにも関わらず、事業にかける熱意と音楽業界に生み出す新たなビジネスの形が評価され、255件もの応募があったビジネスプランから見事ファイナリストに選ばれた。
アーティスト活動を通して成功を収めながらも、彼がこのサービスを通して目指す新たな音楽ビジネスの形とは一体何なのか。そしてその事業がリアンプロジェクトを通し、どのような進展を迎えたのかを野崎氏ご本人に伺った。
ミュージシャン自らの手で、新しい音楽ビジネスのモデルを作りたかった
事業については2014年の秋ぐらいから漠然と考えていました。周知のとおり音楽業界は不況で、自分の周りでもミュージシャンの仕事は以前より減っていると感じていました。将来に不安を感じている人も当然多くて。音楽業界は録音物を売るかコンサートに来てもらう事がビジネスの基本です。でも、YouTubeや違法ダウンロードなどが身近に溢れ、録音物を売るための従来のビジネスモデルはすでに崩壊しています。それなのに、今までと同じアプローチで音楽制作をしていても仕事が増えないのは当然で、音楽というジャンルにおいて、新しいビジネスモデルを生みだすことが必要なんです。そこから、新しい音楽を販売する形をミュージシャンの立場から何か作れないかと考え始めました。
「商品」が存在しない状態で始まる、音楽制作ビジネスの問題
僕は映画やドラマなどの音楽制作にも携わる事がありますが、今は一般企業でもWebでCMを作る時代になったことで裾野が広がり、オリジナルの音楽を必要としている人が実は増えている気がします。現在の音楽制作はクライアントがミュージシャンに依頼する時点では「商品」が存在しません。それゆえ、定価も金額もない不明瞭な中でなんとなくビジネスが成り立っている事があります。納品したらイメージと全然違う、なんていう事もしばしば起きてしまいます。そもそも誰にどうやって発注したら良いのかわからないという声も多くて、ビジネスのチャンスがあるにも関わらず非常に課題が多いのです。
僕自身、ドラマの音楽や舞台音楽をやった際、締切までの限られた時間の中で音楽業界ではない方達と意思疎通を図りながら進めていくことに苦労をした事があります。結果、その時には満足できるものが作れたのですが、振り返るともっとこうしてあげれば良かった、もう少し時間があればより良いものができたのに、という後悔が僕の中に残りました。
ではこのようなBtoBの音楽ビジネスにある問題を解決するにはどうすれば良いのだろうと考えた時に、様々なジャンルの高品質な音楽を沢山ストックしておき、すぐに欲しい音楽が見つけられる環境を作れば良いと思ったのです。そうすればクライアントが求めるクオリティの高い音楽が簡単に手に入れられ、音楽家側も自分の持つ音楽という資産を運用できる、両者にとって価値のあるものになるという確信が出てきました。
事業モデルは制作段階で費用がかさんでしまうと難しいかなと思ったので、音楽家同士がまずは協力し合い音楽を制作しそれをストックしていく形をとりたいと思いました。まず自分たちの作品を作って残していくイメージです。
そこから、プロとして活躍する様々な音楽家の高品質な未発表音源をライブラリーとして貯蓄し、音楽を必要としている全ての方に提供するサービス、MUSIC BANK(仮)の事業構想が生まれました。
リアンプロジェクトでのたくさんの出会いが、事業立ち上げを後押ししてくれた
そんな事業立ち上げに思いを強めていた折に、リアンプロジェクトの存在を知りました。締め切り3日前くらいだったので、急いで応募しました。今までこのようなビジネス経験は全くなかったので、プレゼンなどは新卒社員のような気持ちで挑んでいたと思います(笑)。ファイナリストに残れるとは思っていなかったので驚きましたね。
このプロジェクトをきっかけに、沢山の出会いがありました。広告代理店や音楽教室の経営層、コンサルティング会社などの方々と知り合い、皆さんそれぞれの事業の視点からMUSIC BANK (仮)に共感をしてもらえました。皆さんからのアドバイスをいただきながら、事業の立ち上げに向けてドライブをかけることができたと思います。
その後、ミュージシャンを数十人集めた説明会を何度か行い、非公式ですが事業を始動しました。MUSIC BANK (仮)に共感してくれた音楽家たちの協力でかなりの曲数が集まり、テストとして自分の周りで営業をかけてみたところ、ぜひ使いたい!という声を多くいただき手ごたえも感じています。また、事業拠点となるオフィスも借り、現在登記に向けて準備を進めているので、本格的に動き出していきたいと思っています。
音楽で生きる人たちにとってのひとつの選択肢に。MUSIC BANK (仮)が目指す事業のかたち
この事業にはもうひとつ目的があります。僕は音楽で食べているプロのミュージシャンには、本当に自分のやりたい音楽を形として残してもらいたいと思っています。音楽で仕事をしていく上では自分の志向とは違う様々なタイプの音楽をやらないと仕事にならないという現実はよくあります。でもMUSIC BANK (仮)があれば、そんな境遇にある音楽家や、普段バックバンドでプレイヤーとして活躍する人でも自由に表現ができる場になる。そして、それが音楽を必要としてくれる人の耳に届くことにより多少でもその音楽家達への価値を生むことができる。そういう場としてもMUSIC BANK (仮)を機能させていきたいと思っています。
また、将来的にはMUSIC BANK (仮)の楽曲を作るための大きなスタジオを持ちたいです。そこではプロが楽曲を作る過程を一般見学できたり、音楽業界を目指す人がプロのサポートを受けながら音楽制作をしてMUSIC BANK (仮)で販売できる。そんな音楽学校の機能を持った音楽複合施設を作りたいですね。
音楽家達が自分のやりたい音楽を表現し、その作られた音楽が必要な人の手にわたる新たな音楽ビジネスのモデルを確立し、音楽業界で生きる人の選択肢をひとつでも増やせたらと思っています。そして音楽複合施設を通して音楽をもっと身近に感じてもらえたらと思っています。
それを全部叶えるには、ひょっとしたら20年ぐらいかかるのかもしれないけど(笑)、まずは5年で皆さんにMUSIC BANK (仮)の存在を知ってもらえるようにはしていきたいですね。興味があり協力してくれる有志は常に募集中です。