ゲスの極み・トランプ氏それでも猛進 根強い人気の理由は

トランプ氏の女性暴行発言で有利と思えたクリントン氏だが、第2回の討論会で前回よりもポイントを落とした。在米ジャーナリスト津山恵子さんが語る、トランプ人気の本当の理由とは...。
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津山恵子

アメリカ大統領選で有権者の投票行動を大きく左右するのが、候補者が一対一で行うテレビ討論だ。「ゲス」な素顔が暴露され、テレビ討論でも追及を受けるドナルド・トランプ氏だが、10月9日に第2回の討論会が行われた後でもなお、一定の支持率を保っていると報じられている。

その根強い人気の理由について、在米ジャーナリスト・津山恵子さんが解説する。

   ◇

「最も安っぽい」「最も見苦しい」(米メディア)という大統領候補討論会が10月9日、終わった。

見苦しくなった状況は、共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏が作った。

討論会3日前にワシントン・ポストが、トランプ氏が既婚女性に性的関係を迫り、暴行に及んだことを自慢していた音声ビデオをスクープ。これに対し、42人の共和党幹部が「トランプ氏を支持しない」と表明した(10月10日現在、米紙ニューヨーク・タイムズ)。この中には、元大統領候補のジョン・マケイン上院議員(「他の人に投票する」)、コンドリーザ・ライス元国務長官(「トランプ氏は、選挙戦から撤退すべき」)など党の重鎮も含まれる。

さらに討論会寸前、トランプ氏は、民主党候補ヒラリー・クリントン氏の夫、ビル・クリントン元大統領が、レイプなど暴行をふるったという女性4人を揃えて記者会見。女性らに、なぜトランプ氏を支持するのか、発言させた。女性4人は、討論会会場でトランプ氏の招待席の一番前に座り、ものすごい形相で、舞台を見つめていた。

ここまで来ると、民主的にテレビの生放送において、候補者の政策争点と資質を見極めるという討論会の目的が、討論会が始まる前にかすんだ。フツーの人たちには、ヒラリー氏がどうやって女性問題でトランプ氏を攻撃し、トランプ氏がビル氏の女性問題を使い、どう反撃するかというのが、関心の的となっても致し方ない。しかし、あくまでも、選挙の本筋の議論ではない。

ところが、討論会後のCNNの視聴者調査の結果には、驚かされた。クリントン氏が討論に勝利したと答えた人が57%、トランプ氏は34%。トランプ氏の女性暴行発言で有利と思えたクリントン氏は第1回討論会後の62%よりも5ポイント落としている。さらに、「トランプ氏は思っていたよりも良かったか、悪かったか」という質問に対し、「良かった」が63%と「悪かった」の21%を大きく上回った。

なぜトランプ氏が、ここまで猛進してこられたのか。そして、今も猛進しているのか。

実は、トランプ氏には、クリントン氏にはない膨大な「露出の蓄積」がある。これが、彼の根強い人気につながっている。

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プレス席から離れて取材する地元メディアを監視するトランプ陣営のボディガード(同、撮影・筆者)

最大の貢献をしたのが、2004年から12シーズン放送された「ジ・アプレンティス(見習い)」というリアリティ・ショーだ。トランプ氏が、複数のチームに課題を出し、1エピソードごとに「お前はクビだ」と言って、敗者を選んでいく。

この番組が12シーズンも続いたという事実は、重要だ。米国の新番組が、1シーズン(米国では9月〜5月)生き残るのは大変なことだ。新ドラマの半分は、全エピソード放送されることなく、「打ち切り」になる。その中で、トランプ氏の番組は12シーズンを生き残った。

トランプ氏の集会に行って話を聞くと、「番組から学んだことを実践したら、自分のビジネスもうまくいった」という人によく出会う。身近に思えるタレントの健康法や成功の秘訣を、テレビで見て真似てみるというのは、日本でもよくある。

これに対し、クリントン氏は、ファーストレディ、上院議員、国務長官と政治家として最高の経歴を持ちながらも、テレビでの露出は極めて少ない。選挙戦が始まるまで、声すら聞いたことがない人が多いだろう。

さらに、トランプ氏は、「アプレンティス」のホストとして、他のコメディ番組などにも多数出演。同氏の財団が、「ミス・ユニバース」の運営団体に出資しているため、コンテストにも彼が顔を出す。ビジネスについての著書も複数あり、ベストセラーも含まれる。さらに、中間階級が貯金をして休暇に訪れるカジノホテルを経営し、そこには、「トランプ・ステーキ」「トランプ・ワイン」「トランプ・チョコ」などが溢れている。クリントン氏にはない「ブランド浸透力」がある。

さらに、トランプ氏のコアの支持者は、米メディアが調査報道で暴いてきた、ビジネスにおける人種差別問題や、合法的に「税金逃れ」をしていたという報道には、ほとんどと言っていいほど接していない。彼らが接しているニュースは、「オルタナティブ・ライト」と呼ばれる極右系のサイトや、ラジオパーソナリティが発信しているものだ。

例えば、共和党のトップであるポール・ライアン下院議長が討論会の直前、ウィスコンシン州で開いた党のイベントで、トランプ氏の参加をキャンセルした。これについて、トランプ氏を支持する「ブライトバート」というサイトは、「キャンセル」ではなく、「ライアン議長、トランプ支持者にブーイングで迎えられる」と報じた。筆者は、ライアン議長の7分間の演説ビデオを見たが、ブーイングよりは、参加者の拍手の方が優っていた。

トランプ氏は、ブライトバート会長だったスティーブ・バーノン氏を選挙対策本部のチーフに抜擢している。

討論会後のブライトバートも、以下のような見出しで溢れ、クリントン氏への反感を煽るのに必死だ。

「ヒラリー支持者、ビルのレイプ被害者を小突く」

「ヒラリー支持者、ビルの被害者の容姿に言及」

「トランプ、賭けに出る、当選したら、ヒラリーを投獄」

トランプ支持者像は、年収が5万ドル以下の中間階級で、地方に住んでいる人が多く、移民やテロリストに「偉大なアメリカ」は痛めつけられたと思っている。こうした人々は、トランプ氏の過去の問題を掘り起こして報道しているニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストも読んだことがない。保守強硬派のラジオパーソナリティのトランプを讃える番組に耳を傾け、ブライトバートを読んで溜飲を下げている人々だ。

こうした支持者が、トランプ氏を強気にさせている。

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英語の悪態言葉が書かれたTシャツを売る露天商(ニューヨーク州ポーキプシー、撮影・筆者)

共和党内では、トランプ氏が撤退し、マイク・ペンス副大統領候補を大統領候補にという声が上がっている。しかし、党則では、大統領候補が死亡するか、自ら撤退を表明しない限り、候補者を交代させることはできない。

トランプ氏の猛進は続く。政策論争は伴わず、「ポリティカル・コレクトネス」(政治的に正しい事)、つまり、人種、性別、宗教によって差別せず、社会全体に貢献していく姿勢、という米国の「常識」ですら、揺さぶられている。こんな大統領選挙は、過去になかった。それはアメリカだけでなく、世界にとっての脅威となりうる。

筆者・津山恵子

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ニューヨーク在住。ハイテクやメディアを中心に、米国や世界での動きを幅広く執筆。「アエラ」にて、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOを単独インタビュー。元共同通信社記者。

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