アルメニア人「大虐殺」の闇:映画『THE PROMISE/君への誓い』監督インタビュー--フォーサイト編集部

監督に、今作の背景や意図について聞いた。

 ジェノサイドという言葉でまず思い出すのは、第2次世界大戦前から戦中にかけての、ナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺だろう。

 だが、第1次世界大戦中にもその犠牲者数が150万人という大虐殺が行われていたことはあまり広く知られていない。オスマン帝国(現・トルコ)によるアルメニア人虐殺である。

 このアルメニア人迫害を背景にした映画『THE PROMISE/君への誓い』(配給:ショウゲート)が2月3日から全国公開される(新宿バルト9ほか)。医師を目指して首都イスタンブールにやってきたアルメニア人の青年、パリ留学経験のあるアルメニア人女性とその恋人であるアメリカ人ジャーナリストが歴史に翻弄されるさまを描いた意欲作だ。

 監督は、イギリス・北アイルランド出身のテリー・ジョージ(64)。1996年に『Some Mother's Son』でデビューし、1994年にルワンダで発生した虐殺事件を描いた『ホテル・ルワンダ』(2004)は、アカデミー賞で3部門にノミネートされるなど高い評価を得ている。

 監督に、今作の背景や意図について聞いた。

史実を背景にした人間ドラマ

 最初にアルメニア人虐殺事件について知ったのは、『ホテル・ルワンダ』を撮るにあたってリサーチをしていた時でした。2017年1月までアメリカの国連大使を務めていたサマンサ・パワーが書いた『A Problem From Hell』(星野尚美訳『集団人間破壊の時代:平和維持活動の現実と市民の役割』ミネルヴァ書房)という本で知りました。

 また、キリスト教の一派であるアルメニア正教の司教で、大虐殺さなかの1915年4月24日の一斉検挙で逮捕されたものの逃亡して生き延びたグリゴリス・バラキアンの手記『Armenian Golgotha』という本とも出合いました。これは大虐殺の実態を克明に描いているのですが、そうした時にたまたまアルメニア人の出資者たちが、「大虐殺の話を映画化してくれないか」と声をかけてくれる機会があったのです。

 ならば本格的に調べてみようということで、アルメニアはもちろん、トルコやドイツで現地調査をしました。すると今度は、ロビン・スゥイコードという女性脚本家(本作の共同脚本としてクレジット)が、同様にアルメニア人虐殺を扱った『アナトリア』という脚本を書いて私に届けてきた。この脚本を私が修正・リライトしたものが、今作の『THE PROMISE』に結実したのです。

 最初のプロットは、医師を夢見るアルメニアの青年ミカエル(オスカー・アイザック)と、同じくアルメニアの女性アナ(シャルロット・ルボン)の物語でした。でもこの2人の話だけだと、現地の人の体験談にしかならない。どうしても外国人の視点が欲しい。そこで私は、アナの恋人としてアメリカ人ジャーナリストのクリス(クリスチャン・ベイル)というキャラクターを加えたのです。

 出資者の中には、20世紀の偉大な企業家であるアルメニア人のカーク・カーコリアン氏(編集部注:ラスベガスの開発にも携わったカジノ王として有名)も加わっていましたが、彼からは、「デビッド・リーン監督のような、例えば『ライアンの娘』だとか『ドクトル・ジバゴ』に匹敵する作品を作ってくれ」と注文されました。

 私自身もデビッド・リーンの作品は大好きですし、歴史上の壮大で悲劇的な出来事を背景に人間ドラマを描きたいという意識は常にあります。今回はアルメニア人大虐殺という歴史的な事件を背景に、3人のキャラクターの三角関係を描きましたが、そうすることによって、仮にアルメニア人の歴史に興味がなかったり、オスマン帝国のことを知らなくても、アナとクリスとミカエルの3人の人間模様で充分に楽しむことができる作品にしたかった。

 その意味では、人間ドラマの部分と政治的背景を描くという部分のバランスがかなり難しかった。でもこれだけの叙事詩的で壮大なスケールのストーリーで、かつ出資金が早々に集まって製作予算が全部整っている状態などめったにないことですし、ハリウッドではこういう話など絶対作らせてもらえない。いい機会なので、すぐに飛びつきました。

恐怖心を利用した支配

 この映画の背景を、イスラム教徒であるトルコ人によるキリスト教徒のアルメニア人迫害、という図式で見ることも出来るだろうと思います。それは現代社会においても、キリスト教社会とイスラム教社会が対立している、というように。

 でも私は、こう考えています。これは宗教的対立というよりも、ある国家の支配層が、特定の宗教あるいは一定の経済力を持った人たちに対する恐怖感をうまく利用して、その国民を操作している状態なのだ、ということです。言い換えれば、人々が抱く恐怖感を利用して権力を掌握した支配層は、彼らが敵とみなす人々を排除する手段として、こうした対立をあおっているのです。それは北アイルランドでも、ルワンダでも同じ構造です。

 アルメニア人虐殺の場合、オスマン帝国は、キリスト教徒であるアルメニア人の存在がガンだ、ということを打ち出し、国内の国粋主義を熱狂させていきました。

 まったく同じことが、第2次世界大戦時のドイツでも、ユダヤ人に対して行われたわけですね。ユダヤ人はドイツ人とは違う宗教を信じている、そして彼らは銀行家であったり商人であったりして、中流階級を形成していた。これがドイツという国家の統合にとって脅威である、という恐怖感を利用して、ナチスはユダヤ人を迫害したわけです。

 そして現代でも、同じことが起きています。たとえばイラクでは、イスラム教にとっては異端とされるヤジディ教徒がすさまじい迫害を受けていますし、中央アフリカ共和国では逆にムスリムが迫害されている。そういうことが世界各地で繰り返し行われているわけです。

難民こそ立派な市民になれる

 そういう意味では、先進国におけるポピュリズムというものについても、同じような傾向があると思います。

『THE PROMISE』は最後、アメリカで医師となったミカエルのスピーチで終わるのですが、ここでミカエルは、「我が民族を消滅させようとしても、私たちはここに生きている」と語ります。

 アルメニア人は、第1次世界大戦で迫害された民族の中でもっとも大きい難民グループだったわけです。それでも彼らは欧州やアメリカに受け入れられ、「ここに生きている」。ところが現代では、こうした難民たちを欧州でもアメリカでも敵対視しています。

 私が上映会や講演会などで話す時に必ず言うのが、「難民は敵対視されているけれども、たとえばシリアの砂漠を渡って地中海を越えてギリシャへ流れ着き、さらにドイツやオランダ、オーストリアへ向かった人たちは、それだけ意志が強いのです。彼らは、家族により良い生活を与えたいという強い意志を持った人たちだから、経てきた軌跡そのものが、市民権を与えてもいい充分な材料じゃないか」ということです。

 つまり、難民は立派な市民になれるのです。ところが、今のいわゆるポピュリズム寄りのメディアは、彼らを「敵」あるいは「悪」と決めつけている。これをどう克服するかが、現代社会におけるチャレンジもしくは課題だと思っています。

「高潔な戦い」か「テロ」か

 映画の中では、迫害され追い立てられたアルメニア人はモーセ山に逃げ込みますが、彼らはそこで銃を取って戦う、という選択をします。これは「高潔なる戦い」です。

 私が関わった作品は、実はすべてこうしたレジスタンスを描いています。たとえば脚本で参加した『父の祈りを』では、ダニエル・デイ=ルイス演じるジェリー・コンロンというキャラクターを通して、あるいは『ホテル・ルワンダ』での主人公ポール・ルセサバギナ(ドン・チードル)の難民をかくまうという行動は、「パッシブ・レジスタンス」なのです。自分で武器を持って戦うのではなく、静かに抵抗することを描いている。

 今回は、モーセ山に逃げ込んだ4000人のアルメニア人たちが戦い、最後はフランス軍によって救出されたという歴史上の事実があり、それをそのまま描きました。彼らもやはり「高潔な戦い」を行った。この場合は、戦うか死ぬかという状況だったですから、彼らにはそれ以外の選択肢がなくて戦ったわけです。

 それは現代でも同じです。『ホテル・ルワンダ』で描いた虐殺もそうですが、それ以外にも、クルド人やヤジディ教徒といった人たちがイスラム国(IS)と戦っており、これらもまた「高潔なる戦い」だと思います。

 世界各国で独裁的な権力を掌握しているレジーム(体制)に対して蜂起したり、あるいは抵抗しようとしたりする勢力は必ずあります。ところがレジーム側は必ず、彼らに「テロリスト」という名前を付ける。シリアでもアサド政権がそうですし、エジプトでも、政権に対して蜂起しようとする人びとをテロリストという。あるいは最近のアメリカが特にそうですが、レジームに対して異を唱える言論に対して、「フェイクニュース」という簡単な一言で片づけようとする。私たちが一番注意しなければならないのは、世界には今こうした傾向がある、ということなのです。

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(2018年2月2日
より転載)