英ガーディアン、194年で初の女性編集長、そのちょっとした「番狂わせ」

英ガーディアン紙の次期編集長に、ガーディアン米国版編集長のキャサリン・バイナーさんが就任する、と20日に発表があった。
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英ガーディアン紙の次期編集長に、ガーディアン米国版編集長のキャサリン・バイナーさんが就任する、と20日に発表があった

20年にわたって編集長を務めたガーディアンの〝顔〟、アラン・ラスブリッジャーさんが昨年12月、一線を退き、同紙のオーナーであるスコットトラストの理事長に就任することを発表

今夏の交代に向けて、次期編集長の選考が進められていた。

ラスブリッジャーさんが率いたガーディアンは、ウィキリークスやスノーデン事件などの国際的スクープ、デジタルへの移行を重視した「デジタルファースト」の取り組みなど、メディア激変時代の先端を切り開く存在として、注目を集めてきた。

ただ、バイナー新編集長の選出までには、ちょっとした番狂わせもあったようで、「スノーデン事件」に対する揺り戻し、といううがった見立てまで出てきている。

●大人になったハリー・ポッター

現編集長のラスブリッジャーさんが編集長に就任したのは1995年。

前任のピーター・プレストンさんは1975年就任、その前のアラスター・ヘザーリントンさんが1956年就任だから、20年というのが、同紙編集長の任期の目安のようだ。

ラスブリッジャーさんは、ハリー・ポッターがそのまま大人になったような、学者肌の風貌で広く知られる。

その在任期間の業績で、まず記憶に残るのはウィキリークスと連携した一連のスクープだ

アフガニスタン戦争(2010年7月)、イラク戦争(同10月)、米外交公電(同11月)などに関する機密文書を元に、内幕を暴いていった。

さらに、米国家安全保障局(NSA)などによる情報監視の実態を立て続けに明らかにした「スノーデン事件」では、ワシントン・ポストとともに、2014年のピュリツァー賞を受賞している

また、2011年6月には「デジタルファースト」の方針を打ち出し、ニュースのプロセスに読者を呼び込む「オープンジャーナリズム」などにも、積極的に取り組んだ。

ラスブリッジャーさん自身も、ツイッターなどで積極的に発信。

スノーデン事件に絡んで2013年8月、英政府からデータの入ったパソコンの破壊を命じられた際には、その残骸の写真をツイッターで公開し、抗議の意思表示をした。

●194年の歴史で初の女性

ガーディアン第12代編集長のバイナーさんは、同紙194年の歴史で初の女性編集長になるようだ。

ただ、これまでの経緯を見ると、いずれにしろ「初の女性編集長」就任はあらかじめ決まっていたことのようだ。

ガーディアンは伝統的に、編集長候補は組合主催の投票によって選ばれ、最終的に運営母体であるスコットトラストが指名する、との手続きを経るという。

この選挙に立ったのは、バイナーさんの他には、ガーディアン電子版の編集長、ジャニン・ギブソンさん、コロンビア大学デジタルジャーナリズムセンター所長でスコットトラストの非業務執行理事のエミリー・ベルさん、ガーディアンの運営主体、ガーディアン・ニュース・アンド・メディアのデジタル担当取締役であるウォルフガング・ブラウさんの3人だ。

ギブソンさんは、ガーディアン米国版の前編集長で、バイナーさんの前任者。スノーデン事件報道で中心的役割を担ったことで知られる。

ピュリツァー賞の受賞式に出席したのも、ラスブリッジャーさんとギブソンさんだ。

一時は、ニューヨーク・タイムズ編集主幹(当時)のジル・エイブラムソンさんから引き抜きの話があり、現編集主幹のディーン・バケーさんと同格の「共同編集局長」に就任する構想だったという。

この構想をめぐるエイブラムソンさんとバケーさんの確執が、昨年5月、エイブラムソンさんが突如更迭される一つの要因になったようだ

エミリー・ベルさんも、ガーディアン電子版編集長や、デジタルコンテンツ担当取締役などを歴任。デジタルメディアの論客として広く知られている。

バイナーさんは、土曜別刷り版の編集長などを経て、ガーディアンのオーストラリア版立ち上げの成功が、業績とされているようだ。

スノーデン事件のギブソンさんと、オーストラリア版成功のバイナーさんに高い評価をつける下馬評もあったが、ベルさんを加えた有力3候補は、すべて女性だったということになる。

●「番狂わせ」

投票権があったのは、ガーディアンなどの記者や常駐のフリーランスら964人で、投票率は87%。

ふたを開けてみると、ピュリツァー賞受賞に貢献したギブソンさん優位の見立ては完全に外れ、1位は過半数の53%、438票を獲得したバイナーさんだった

ギブソンさんが獲得したのは175票と、現役ですらないベルさん(188票)の後塵を拝することになった。

当初から番外扱いだった唯一の男性候補ブラウさんの獲得は、29票だった。

この「番狂わせ」について、以前からガーディアンにも寄稿しているコラムニストのマイケル・ウォルフさんは、「スノーデン効果」が影響しているのでは、との見立てを「USAトゥデー」で披露している

ウォルフさんによると、ガーディアンは「スノーデン事件」チームが脚光を浴びる一方で、編集局のその他のチームには疎外感が漂っていた、という。また、収入面ではスクープの恩恵はほとんどなく、むしろコストのみが積み重なっていったのだと。

そして「スノーデン事件」は、ガーディアン内部では不満の象徴となり、それが今回の結果の背景にあった、と。

ただ、この見立てには、うがちすぎ、との見方も出ている。うるさ型で知られるニューヨーク市立大教授のジェフ・ジャービスさんは、ウォルフさんに対して「やり過ぎだ」とツイッターで苦言を呈している

●オープン戦略の行方

フィナンシャル・タイムズによると、ガーディアンの昨年度の営業赤字は3000万ポンド(55億円)。

ガーディアン・メディア・グループ全体では8億ポンド(1400億円)の資産があり、これを年率4%で運用できれば、持続的な運営は可能、と言う。

また、バイナーさんの2013年のスピーチを見る限り、ラスブリッジャーさんのオープン戦略は継続するように見える。

このスピーチ自体、メディアとテクノロジーの変化を見晴らしよくまとめていて、これがなかなかいい内容だ

ギブソンさんも、メディアとテクノロジーについての論客として知られていた。

いずれ、今の時代のメディアのリーダーには、このレベルの見識が求められるということだろう。

(2015年3月21日「新聞紙学的」より転載)