「パレスチナ人を一つにした」 ガザのスター実話を映画化『歌声にのった少年』アサド監督に聞く

パレスチナ自治区ガザを脱出した青年が、中東の人気歌番組で勝ち抜く姿を描いた映画「歌声にのった少年」が24日から公開される。ハニ・アブ・アサド監督に話を聞いた。
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© 2015 Idol Film Production Ltd/MBC FZ LLC KeyFilm

紛争の絶えないパレスチナ自治区ガザを脱出した青年が、中東の人気歌番組で勝ち抜く姿を描いた映画『歌声にのった少年』が、9月24日から新宿ピカデリーほかで公開される。パレスチナ人を熱狂させたスター歌手ムハンマド・アッサーフ(27)の実話に基づく作品で、閉塞感に覆われたガザに生きる人々の希望の物語だ。

映画化したのは、イスラエル生まれで、『パラダイス・ナウ』『オマールの壁』でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたハニ・アブ・アサド監督(54)。アサド監督はハフポスト日本版の取材に応じ、「彼の歌声はすべてのパレスチナ人の心を一つにすることができた。この映画は希望の物語」と語る。

本作のモデルになったのは、全米の人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」の中東版「アラブ・アイドル」に出場し、2013年の“アラブ・アイドル”に輝いたムハンマド・アッサーフ。勝ち抜くたびにパレスチナ国民の期待を一身に背負う存在となり、アラブで知らない人はいないスーパースターとなった。現在も歌手を続けながら国連パレスチナ難民救済事業機関青年大使を務めるなど平和への活動を続けている。

撮影は主にパレスチナ自治区ヨルダン川西岸やヨルダンで行ったが、イスラエル当局とも交渉し、ガザでのロケも実現させた。

あらすじ 紛争の絶えないパレスチナ自治区ガザで暮らすムハンマド少年。彼の夢は“スター歌手になって世界を変える”こと。仲良しの姉ヌールと二人の友だちとバンドを組み、拾ったガラクタで楽器を作り、街中で歌っていた。だが、ムハンマドの声が“最高”だと信じるヌールは、「カイロのオペラハウスに出る」というとんでもない目標を立てる。

資金稼ぎと練習を兼ねて結婚パーティで歌い、聴く者に言葉を失わせる美しい声で人々を魅了していくムハンマド。だが計画は予想もしない形で終わりを告げる。ヌールが重い病に倒れ、両親が治療費を用意できないまま亡くなってしまったのだ。姉との約束を守るため、ムハンマドはガザの壁を越えて、人気オーディション番組「アラブ・アイドル」に出場することを決意する──。

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インタビューに答えるハニ・アブ・アサド監督=東京・銀座

ハニ・アブ・アサド 1961年、イスラエル北部ナザレ生まれのアラブ(パレスチナ)系イスラエル人。19歳のときにオランダに移住し、飛行機技師として数年働く。その後、1998年に映画監督としてデビュー。作品に『パラダイス・ナウ』、『クーリエ 過去を運ぶ男』、『オマールの壁』など。

――この作品を手がけたきっかけは何ですか。

ムハンマド・アッサーフの歌声は、人々の心を一つにまとめることができるものでした。しかしそれに対して政治家は、国や地域を分裂・分断させようとしています。ガザは境界が取り囲まれ、いまだに封鎖状態にあります。ガザの人々の心は美しいですが、状況は醜いのです。そんな場所から生まれてきたムハンマドの声が、老若男女を問わず、いさかいもあるアラブの人々を一つにすることができました。アートは過酷な状況で生きる人に希望を与えます。だから、住民のため、そしてアートの力の祝福として、映画をつくりたいと思いました。

――オーディション番組「アラブ・アイドル」を見て、映画を作りたいと思いついたのですか。

そうではありません。テレビはあまり好きではなくて、普段はあまり見ないのです。番組については妹が教えてくれました。才能ある人たちが、名声を得ることを目標として、ハングリー精神を持って競争します。優勝しても、その後は放って置かれて人々に忘れられてしまうかもしれません。

でもムハンマドは抑圧のなか、希望とインスピレーションを人々に与えてくれます。彼が優勝する回は、私は(イスラエル北部)ナザレの広場で多くの人々と見ました。信じられないような実話だと思いました。そしてなによりも、声が信じられないくらいに素晴らしかったのです。その時、映画にしたいと思いました。 ムハンマドは地元で選挙に出たら勝つくらいの人気があり、多くの子供たちも支持していました。

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テレビ番組「アラブ・アイドル」で熱唱するムハンマド・アッサーフ(2013年6月22日)

――ムハンマドに会ったときの印象はどうでしたか。

本人には作品中で本人の役を演じてもらおうと思っていたのですが、役者としてはいま一つだったので断念しました。ただ、エネルギーに溢れ、ユーモアがあります。アカペラで歌ってと頼むと応じてくれたのですが、その声がまさに魔法のようでした。

――ガザの人たちにとって、ムハンマドはどのくらいすごい存在ですか。

簡単に言うと「ホープ」、希望です。これはホープの物語です。才能があり、聡明で、パレスチナ人にとっては希望そのものです。これからがもっと楽しみですね。パレスチナ人にとっては一番の歌手でしょう。

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ムハンマド・アッサーフが「アラブ・アイドル」で優勝したことを喜ぶガザの人たち(2013年6月22日)

――作品ではガザでの撮影も実現させたとのことですが、難しかったのですか。

ええ、とても難しかったです。月に行く方が楽なくらいでしょう。多くの許可が必要でした。でも撮影に費やしたのは3日だけ。出演した子供たちとは事前にスカイプでやり取りをしました。撮影は、何千人も死んだ瓦礫の場所でカメラを回したりもしたので、罪悪感を抱くこともありました。

ムハンマドの子供時代や姉、友人を演じる子役4人はガザからオーディッションで選びました。ガザは毎晩、爆撃の恐怖がある場所で、それを体験していなければ、ガザで生きているということを演じるのは難しいです。

――日本人へのアピールは。

映画とはジャーニー、旅です。映画を見ることは楽しいことで、なおかつ考える題材を与えてくれます。ポエムであり、美しいものです。それを日本の方と分かち合えればいい。エンターテイメント、コンテント(内容)、そしてビューティー、その三つを調和しているものを作りたいといつも思っています。

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9月24日(土)新宿ピカデリーヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開

(C) 2015 Idol Film Production Ltd/MBC FZ LLC KeyFilm/September Film

監督・脚本:ハニ・アブ・アサド『パラダイス・ナウ』『オマールの壁』  

CAST:タウフィーク・バルホーム、ナーディーン・ラバキ、ムハンマド・アッサーフ

2015年/パレスチナ映画/アラビア語/98分/シネスコ/デジタル5.1ch/英題:The Idol 

提供:ニューセレクト 

配給:アルバトロス・フィルム

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