タイ・ラオス国境調査報告
様変わりしつつある脱北逃避行ルート 、タイ政府は人道的待遇を尊重 加藤 博
前編 タイ・ラオス国境調査報告
2017 年の単年度、韓国への脱北定住者が 1,127 人に達した。韓国統一院の統計でも 1948 年以降、 脱北し定住した人数が 31,000 人を越えた。また、日本に定住する脱北者は過去 4 年間皆無だったが、 8 月に日本を定住地とする脱北者の救援保護依頼が届いた。というのは、北朝鮮から中国への脱北者はほぼなくなり、外貨稼ぎのための出稼ぎ労働者や外交官、高位級の軍人、平壌に住む核心階層の人々が合法的な方法により出国、政治亡命する傾向が顕著になりつつあったからである。北朝鮮の安定的な状況が公式メディアから発信されている一方で、核心階層の脱北者の出現が注目されている。相矛盾する社会動向は、北朝鮮国内状況が相当不安定化していることを推測させる。そうであれば今後、脱北流出現象に影響を及ぼすことになりかねない。一方で日本海沿岸の山口県から北海道の松前沖まで、漂着船が'17 年単年度で 104 件と異常な高数値を記録したことに驚いている。北朝鮮のイカ釣り漁船の日本への漂着事件の続発は、海路による脱北ルートの可能性を暗示している。陸路、海路双方による脱出に、どのような影響が出てくるか関心が高まる。
タイ、ラオス国境地帯の脱北ルート調査
この調査報告書は 2018 年 1 月 14 日から 19 日までの間、調査団がタイとラオスの国境地帯の踏査記録の抜粋である。調査団はタイ、ラオス国境地帯の地方警察署を訪れ、北朝鮮からの「不法入国者」の拘束、保護状況の説明、対応などについて説明を受けた。駐ラオス日本大使館、駐タイ日本大使館、駐チェンマイ日本総領事館の担当者と意見交換した。 また、駐ラオス、駐タイ韓国大使館の担当官との情報交換、認識の共有のために面会を求めたが、 脱北支援 NGO 調査団の訪問は平昌冬季オリンピックを目前にして、南北関係に深刻な影響を与える口実になりかねないと「断り」の返答で、実現しなかった。
新しい脱北者の上陸地点・ナコンパノム
最初に訪れたのは、タイ東北部ラオス国境のナコンパノム警察署。最も新しい脱北者の上陸地点と知られる。思いがけず警察署の留置場にいる脱北者との面会が許された。ここは、数あるタイ・ラオス脱北ルートの中で、近年 3~4 年にわかに脚光を浴びている。これまでメディアに知られてきた脱北者のタイ側のメコン河沿いの上陸地点は、上流からゴールデントライアングル、チェンセン、チェンコ-ンであった。活発に活動する韓国系のNGO が半ば公然と脱北者をタイ側に送り込む振る舞いが目に余ると、以前から地元民の間でささやかれていた。そこで警察が韓国系 NGO の活動家を逮捕、取り締まりを強化したために、渡河地点が下流のナコンパノムに移ったと言われている。ナコンパノムはタイ東北部に位置するメコン河沿いにあるナコンパノム県の県庁所在地。対岸はラオスの国境のタケークでアジアハイウェイも近くを通る。
ナコンパノム警察署前を流れるメコン河
ナコンパノム警察署は脱北難民を人道的に扱っていた
警察の留置場の収容能力は 20 人収容能力越せばバンコクに移送
ナコンパノム警察は、100 キロ上流のバンペンと下流のあわせて 3 郡を管轄する警察で、郡の警察が保護、拘束した密入国者は、同警察に収容する。警察で逮捕された脱北者は、裁判所で略式起訴されて罰金支払い後に、移民局に身柄が移されるのが普通であるが、移民局は収容能力が限られている。ナコンパノムの場合は裁判所の判決後、再び警察の留置場に収容される。それでも警察の収容能力は 20 人と低いために、20 人に達すると直ちに移民局に移し、時間をおかずにバンコクの移民局収容センターに移送される。
脱北者用に医薬品、衛生材料を寄贈
調査団が訪れた時は、2 つの留置場に 9 人と 7人に分けられて女性たちが収容されており、2 人の女性は 1 歳の赤児と 10 カ月の赤児を抱く母親であった。別の房には 20 歳の青年が 1 人収容されていた。女性に抱かれた赤子は、脱北途中で首、手などが虫に刺されてはれていた。警察は必要な薬を常備していないが、必要な薬は国立病院に申請書を提出して入手、使用する決まりになっている。決まり通りに申請書を出し、薬が来るまでの時間を考えると、必要な時に必要な薬が使えない、という悩みを語っていた。調査団は脱北者が必要としている、皮膚病や、虫刺されに塗布する薬をはじめ、必要物資を出発前に聞き取りをしていた。それらの一覧を作成し、警察の同意を得て差し入れた。警察大佐の署長と警察大尉の担当官は、差し入れを歓迎した。
人道的な待遇を尊重南北朝鮮への微妙な外交関係に留意
署長の説明によると、タイ警察は出頭してきた北朝鮮人は、「普通の犯罪者とは区別し、人道的な待遇をするよう指示を受けている」という。政府の人道的な立場から収容した北朝鮮人たちを送り返すことはないとの立場を改めて確認できた。同時にタイ政府は南北朝鮮と外交関係があり、微妙な関係の中で彼らを取り扱っている。問題が大きくならないように、メディアによる取材には特別に警戒している。特にここに来る北朝鮮人たちは、国外に逃れたことが北の当局に分かると北に残された家族が処罰されると聞いているので注意している、と北朝鮮の治安秩序の実情に対する理解もすすんでいるとの印象を受けた。収容者の 8~9 割は女性であるのが特徴。北朝鮮は男の管理が厳しく女性の管理が弱いために、女性の割合が多いとの判断を示した。
今年は 1,000 人の脱北者の流入を想定
今後の北朝鮮からの流入する脱北者に関して、「メコン河に面しているタイ領のあらゆる場所が流入ポイントであり、制限することは難しい」と語る。これまで警察署にやって来るのは、年間通して 1 グループが平均で 5~7 名規模。2017 年は約 400 人をナコンパノム警察が収容した。過去 2~3 年、北朝鮮からの流入者が増えた背景については、上流のチェンセン、チェンコーンでの取り締まりが厳しくなった結果と聞いていると、ナコンパノム警察は語る。今後の流入に対しては、ラオス側ではタイに流 入するため待機している人の数は 1,000 人に上るとの見通しを示す。
ラオスの首都ヴイエンチャンのメコン河沿いのナイトバザールの賑わい
後編 突出する中国の経済支援
2日目の訪問はラオスの首都ビエンチャンの日本大使館から始まった。
韓国大使館の南北首脳会談に関する対応について、脱北支援をするNGO団体との面談の申し入れには神経質で「拒絶された」と調査団の報告を披露した。これに関して日本大使館の担当官は「神経質になるのはもっともなこと」としつつ、北朝鮮大使館の動きを解説した。
中国人建設労働者2,000名が国境で働くラオスルートでの脱北者減少
1月4日付「ラオス新聞」によれば、ラオス政府に対して南朝鮮で行われるオリンピックに参加すると北側の立場を積極的に説明している。和解、融和の雰囲気が出ていることを積極的に説明し、国際的な制裁の動きに対する牽制を印象づけようとしているのだろう、と担当官は解説した。
ラオス政府は南北に対するバランス外交を基本としているので脱北者問題が表に出ることを嫌っている。
ラオスルートでの脱北者の減少については、中国からボーテン⇒ルアンナムタ⇒ルアンプラバーンへ中国雲南省昆明から南下する国際鉄道の建設工事で、中国人労働者2,000名が働いていることが大きく影響していると指摘した。
空路タイ・ラオス国境のウドムサイ県のメコン河沿いの町ホエサイに移動。ホエサイから対岸のタイ国チェンコーンにバスで移動。メコン河をまたぐ大陸橋は、中国の援助で中国の雲南省昆明からラオス領ルアンナムタ経由でホエサイを通過し、タイのチェンコーンからチェンマイ⇒バンコクとつなぐ大陸縦断国際道路の一部として設計されている。
中国、ラオス、タイの地域は、大きく変ぼうする様相を呈している。町はメコン河と並行して走っている道路沿いに外国人相手のゲストハウスが何軒も新築され、観光地化された一面もある。町はずれに船着き場があり、出入国管理事務所で手続きをしてラオスに渡れる。ここからラオスの古都ルアンプラバーン行の船もある。
チェンコーン警察訪問
日本に定住できた人は幸せ
チェンコーン警察の訪問では、警察大佐の署長が応対してくれた。ここの警察に収容された脱北者で、現在は日本に定住し、室内装飾の仕事が軌道に乗り、定着に成功している例を紹介した。「彼らが、ここでの人道的な対応に感謝している」と伝えた。
警察署長は、「日本に定住できた人は幸せだ。努力が報われる社会だという印象を受ける」と自身の日本を訪問した経験を語りながら、自分たちが関わった脱北者のその後についての情報を好意的に受け止めた。
警察署長の疑問
北朝鮮人がなぜ日本定住を選択する!?
警察署長は、「北朝鮮人がなぜ日本に定住することを選択するのか」という質問を調査団に対して発した。調査団は、日本が朝鮮半島を植民地として支配した過去の歴史、朝鮮戦争で日本に避難してきた「難民」の定住、そして1960年代に行われた「北朝鮮は地上の楽園」のキャンペーンで「北朝鮮に渡った9万3,000人の在日朝鮮人と子孫が日本に戻ってきている」と説明する。
チェンコーン警察に対し、「脱北者の収容に関し、必要とする物資があるか」と訊ねたところ、チェンコーン警察は「十分に足りている」との答えが返ってきた。
チェンコーン郡管区の状況は以下のようなものだ。
脱北者は若い女性が多い
最大1,000人、2017年およそ300人
2017年は脱北者で日本行を希望した人は1人もいなかった。2015年までは、年間およそ1,000人の北朝鮮人不法入国者を法に則り収容してきた。2016年に収容した人数はおよそ700人、2017年はおよそ300人。7年前の2000年のころは1,200人ほどの最大数を記録していた。
特徴的なことは若い女性が多く、中には子供や、赤児を連れてきた例もあったことです。全体の中に占める男性の割合は3割程度。男女に限らずほとんどが韓国行きを希望する。
2018年1月の収容者数は2人であった。今年の収容者数は100人に満たないのではないかと見通しを語る。減ってきた理由は、チェンコーン郡のあるチェンラーイ県が麻薬の取り締まりを厳しくしている影響があるのかもしれない。
しかし北朝鮮人が麻薬に関わったという話は聞かない。事実上脱北者ルートの途中の検問が厳しいことも人数の減少に関係するのだろうと推測していた。
日本大使館での意見交換
タイ警察による脱北者の取り扱いと現況
北朝鮮国内状況の不安定化に伴う脱北者の増加の可能性については、予想されるものの予見するまでの根拠はない。また現状では、陸路による脱北難民の数は減少傾向にあること、人身売買による犠牲者の中国脱出が顕著であるが、「今後どのように変遷するかは予想できない」との見解を披露。
その理由の一つとして、国境のタイ、ラオス警察の協議のなかで、ラオス側にはタイへの入国の機会をうかがう北朝鮮人が約1,000人いるとのラオス警察の意見を紹介した。
海路の脱北が陸路の脱北を刺激する!?
タイ政府は人道的な立場
さらに2017年に北朝鮮の漂流船が日本に漂着している件数が104件と激増しているとの関係から、日本への脱出ルートを暗示したことになった。海路による生命の安全の危機はあるが、陸路もまた同様に危険があるわけで、いずれにしても脱北の固い決意を持った人たちの新たな選択肢になる可能性がある。それに刺激を受けて陸路による脱北が増加することも考えられ、予断を許さない状況である。それゆえ「タイルートを選択する人が増えたとしても十分に対応する態勢を準備しておくことは必要である」との見解を伝えた。
また「タイ政府が、北朝鮮、韓国両国と外交関係があることから両者のバランスを注意深くとっている印象だ」とも付け加えた。それでも、タイ政府が人道的な立場から韓国政府の脱北者救援には協力的である、との印象を受けている。
これまでタイルートでの脱北者ルートを円滑に維持するための韓国政府の努力を日本のNGOとしても認めており、この点については評価している。日本政府としてもこの点については「敬意を表してもよい」と思う。日本のNGOとしては、タイ警察が必要としている物品の援助を行い、タイ警察が受け入れるのであれば、「脱北者とタイ警察のコミュニケーションに役立つボランティア通訳を派遣し、両者の円滑な合法化の手続きを支援したい」との考えを表明した。(了)
(文/北朝鮮難民救援基金理事長 加藤博/北朝鮮難民救援基金 NEWS Apr 2018 № 108より転載)
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