アパートで出産、消えた父親… 予期せぬ妊娠に苦しむ女性外国人実習生たちの実情

外国人技能実習生の相談を受け、性教育に取り組む元難民・ベトナム人シスターに聞いた。
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カトリック川口教会のシスター マリア・レ・ティ・ランさん
井手野下 貴弘 / Idenoshita Takahiro

日本で働く外国人技能実習生の若者は、現在約28万5000人。半数近くの12万人は女性(2018年6月末、法務省調べ)だ。

カトリック川口教会(埼玉県川口市)のシスター、マリア・レ・ティ・ランさん(55)は、教会で実習生らを対象にした性教育の講座を開いている。その理由は、予期せぬ妊娠や出産に翻弄される女性からの深刻な相談が相次いだからだという。

今春施行される、外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法。1月23日には衆院法務委員会で閉会中審査が開かれ、基本方針などが議論される見込みだ。

日本で働く外国人に必要な労働環境の整備などに加え、マリアさんの活動からは、特に女性外国人労働者の命や健康に関わる深刻な問題とサポート体制の必要性が見えてくる。

アパートでひとり、出産した女性実習生

2009年、教会で働き始めたマリアさんはベトナム出身、日本語教室や旧正月など母国のイベントなどを開催し、多くのベトナム人が集まるようになった。在留外国人のうち、ベトナム人は約29万人で、中国、韓国に続いて3番目に多い。当初は永住者らが中心だったが、2013年ごろになると技能実習生や留学生が急に増え始めたという。

マリアさんは、16年から教会で月に1~2度の相談会を始めた。賃金や労働環境、雇用主による暴力やハラスメントの相談が多かったが、最近特に増えているのは、妊娠した女性たちの問題なのだという。

「30代の技能実習生が会社に報告できないまま、アパートで一人、出産してしまったケースもありました。父親は同じ技能実習生で、認めずに逃げてしまった」

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カトリック川口教会のシスター マリア・レ・ティ・ランさん
井手野下 貴弘 / Idenoshita Takahiro

出産から1カ月近く経って女性の友人から連絡を受けたマリアさんは、生まれた赤ちゃんを病院に連れて行った。しかし、女性は強制帰国を迫られた。マリアさんらの尽力で、入院した赤ちゃんは後からベトナムに連れて行くことができ、親子は2カ月後に無事再会を果たすことができたという。

マリアさんが相談を受けたケースのほとんどは、恋人との間の妊娠。しかし相談を受けたうちの半分以上の事例で、男性側がそれを認めなかった。

「みんな、妊娠がわかったら産みたい。日本で稼ぎたいけれど(受け入れ先企業などからは)強制帰国を迫られる。だから逃げてしまう。でも、オーバーステイ(不法滞在)では健康保険もない、生まれた赤ちゃんのビザもない。病気になったらどうする?赤ちゃんはどうなってしまう?」

マリアさんは、ベトナム・ホーチミンのとあるカトリック修道会の施設と連携して、彼女たちがベトナムに帰国し、安全に出産できる環境を整えた。産んですぐに育てられない場合は、引きとれる環境が整うまで子どもを預けることもできるそうだ。

2018年末にも、マリアさんの元へは、妊娠4カ月の実習生の女性が相談に訪れた。

女性はベトナム北部の出身で、「実習先の日本で妊娠したことが知られたら恥ずかしくて故郷には帰れない」と話したため、マリアさんはホーチミンの施設に連絡を取り、出産の受け入れを手配したという。彼女は入管に出頭後、施設に移る予定だ。

また、オーバーステイ状態で妊娠7カ月になり、病院に緊急搬送された別の妊婦の相談も受けた。病院が入管に報告したため、女性は強制退去となったが、危険な状態での出産は免れた。

マリアさんは「彼女にとってはラッキーだとも言えるかもしれません」と話す。

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カトリック川口教会のシスター マリア・レ・ティ・ランさん
井手野下 貴弘 / Idenoshita Takahiro

「やっぱりベトナムへ帰って出産したほうがいいと思うのです。お母さんがずっと不安定な精神状態では胎児にも影響が出かねないし、弁護士や医者にも相談して、彼女たちには早く帰ることを勧めます。でも、本人が判断しなければ助けることは難しい」

一方で、実習生たちは多くが入国前に現地のブローカーに手配金を支払い、借金を抱えている。実習期間の途中で切り上げてしまえば、莫大な額の返済が滞ってしまう問題もある。

結婚すれば日本の永住権を取得できると考え、日本人男性に騙される女性たちもいる。

「2カ月前に帰国した22歳の実習生だった女性は、結婚を約束した日本人の男性と暮らしていました。しかし、結局、彼女は全財産を奪われ、男性は姿を消してしまいました。彼女は帰国の時、『日本に来る時は夢がいっぱいあった。でも、今は地獄のようです。日本には2度と来たくない』と言っていました。もちろん、いい雇用先に恵まれる実習生もいます。でも、ここへやってくるのは問題がある人たちです。幸せならここへは来ませんから」

マリアさんは相談会のことを「分かち合い」と呼んでいる。弁護士や行政書士とともに1人あたり30分から45分ほど話を聞く。時には2時間近くかかる場合もあるという。

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相談会の様子
写真提供:マリア・レ・ティ・ランさん

「来る方は、カトリック信者とは限りません。母国語で話せるという安心感もあってか、口コミで広がって、今は全国から相談がきます。遠方に住んでいてここまで来ることができない場合は、スカイプを使って話します」。

相談会の後、希望者は神父のカウンセリングを受けることもできる。

「カウンセリングでは精神的なケアをしています。分かち合いを通して、彼女たちの明るい道を切り開いていけたらと思っています」

ボートピープルとしてやってきた日本で見つけた幸せ

マリアさん自身は、1989年にベトナムを脱出し、かつてボートピープルとして日本に逃れてきた難民だった。精神疾患を抱え、日本社会に馴染めない同胞へのボランティアがきっかけで、社会奉仕活動をするようになったという。

出身はベトナム南部の都市ダラット。マリアさんはベトナム戦争の真っ只中で幼少期を過ごした。終戦後、南ベトナムの政府軍関係者であった父や兄たちは捕まり、教師だった二番目の姉は職を失ったという。

マリアさんは二番目の姉と共に82年から89年までの間、一番上の姉が暮らしていたアメリカへ行くことを目指して10数回の脱出を試み、そのうち2回は捕まり刑務所にも入った。

ついに脱出に成功したのは大学卒業後の25歳ころ。

「小さな船に110人ほどの人々が乗っていました。渡航中、突然台風に襲われて私たちの命が危なくなったとき、東京からマニラに向かう途中の日本の貨物船に救われたんです」。

この壮絶な経験は、今もマリアさんの心に暗い影を落とす。「心の中にしまっておきたいこと。海を見れば思い出しますし、夜の海は怖いです」。

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カトリック川口教会のシスター マリア・レ・ティ・ランさん
井手野下 貴弘 / Idenoshita Takahiro

フィリピンの難民キャンプで1年過ごし、その間にカトリックの洗礼を受けた。1990年、日本に渡り、長崎の大村難民収容所に3カ月間滞在した後、東京・品川の「国際救援センター」へ移った。センターでは、語学や日本社会について学び、紹介を受けた蒲田の電気会社で7年間勤めた。

会社を退職し、当初はアメリカへ留学をしたいと考えていたマリアさんだったが、2000年から2年間携わった、群馬県「あかつきの村」でのボランティアがきっかけで、日本にいることを決めた。長年の夢を捨てたマリアさんに家族は驚き、理解を示さなかったという。

「『あかつきの村』には、精神疾患を抱え、日本社会に出られないベトナム人の難民たちが生活しています。彼らの食事を作ったり、人々の話し相手になったりすることがとても幸せだった。自分の人生ですから、自分の幸せを選んだのです。今も月に1、2回はボランティアに行っています」

「妊娠しやすい」環境にある、女性実習生の実情

2011年の参議院法務委員会で、政府は「実習生の意思に反して、妊娠や出産を理由に帰国を強制する行為は違法」と答弁している。

妊娠した実習生に強制帰国を迫るのは、受け入れ企業側の違法行為だ。しかし、加えてマリアさんは実習生に対する性教育の必要性も感じているという。

ベトナム社会では一般的に、個人の自由が制限される部分もあり、結婚前の男女が一緒に暮らすことは許されないとマリアさん。十分な教育、中でも性教育を受けられなかった貧しい人々が、日本に働きにやってくることも、実習生が妊娠などの問題を抱えやすい状態にある一因だと話す。

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カトリック川口教会のシスター マリア・レ・ティ・ランさん
井手野下 貴弘 / Idenoshita Takahiro

「日本にやってきた留学生や技能実習生の若者たちは、突然、自由になります。そして小さな部屋を5、6人で借りて共同で暮らしをすることなどもあり、男女関係が生まれやすい。当然妊娠もしやすい環境なのです。でも、妊娠して逃げる前に、まずは私たちに相談してほしい。逃げてしまって、アパートで一人出産してしまえば、赤ちゃんたちはどうなるのでしょう。そこまでは私にもわかりません」

実習生や留学生などの女性たちのため、カトリック川口教会では、マリアさんの働きかけで3カ月に1回、医師による性教育の会などを開くようになった。

出入国管理法の改正で、今後さらに増えることが予想される外国人労働者。妊娠・出産や中絶・流産となれば女性の身体への負担は大きい。マリアさんはこうした女性たちへのサポートがもっと必要だと指摘している。

(取材・文:秦レンナ 編集:泉谷由梨子)