「発達障害の当事者と打ち合わせをする」というので取材させてもらったら、むっちゃ勉強になった話

「発達障害者は、情報過多なところにおかれると、明らかな障害者になってしまう。車椅子利用者に『立っててください』と言うようなもの」(片岡聡さん)
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NHKが1年かけて、発達障害を特集するという。

発達障害は、ハフポスト日本版でも継続して取り上げてきた話題だ。僕の編集者としての主戦場であるブログや翻訳記事でもよく伝えている(たとえばこんな記事とか、こんな記事)。ただ、実際に発達障害と診断を受けた人を取材した経験はなかった。発達障害を持つ人がどんな人なのか、世間一般に語られる「変わった人」「たまに困った行動をする人」以上のイメージがなかったのだ。

当事者と一度会ってみたい。どんな人で、どんなことを感じ、どんなことに困っているのかを、自分の目と耳を通じて知りたい。そんな思いで、NHKと発達障害当事者の許可を得て、打ち合わせを取材させてもらった。そして、——僕の固定観念は、あっさり覆された。

打ち合わせの中で僕が驚かされた、発達障害をめぐる5つの発見を共有したい。

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取材させてもらった打ち合わせは2回。片岡聡さんとの打ち合わせと、別日に行われた綾屋紗月さんとの打ち合わせだ。2人とも、発達障害のうち「自閉スペクトラム症」と呼ばれる特性を持つ。

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綾屋紗月さん(左)と片岡聡さん

打ち合わせはもちろん、番組の内容に関する話題が大半を占めた。それでも、担当スタッフの質問に答える2人の言葉から、これまで知り得なかった発達障害の実態の一端が浮かんできた。

発見1:発達障害は、単なるコミュニケーションや社会性の障害ではない

発達障害を、うまく人と意思疎通ができない、コミュニケーション能力に関する障害だと捉えている人も多いのではないだろうか。しかし、2人の話を聞いていると、発達障害がある人には、コミュニケーションをうまく行えなくする「身体的理由」があることが多いようだ。

その理由のひとつが「感覚過敏」だ。五感が過剰に働いたり制御不能になったりしてしまう特性が、十全なコミュニケーションを妨げる。

どの感覚がどのように過敏になるのかは人によって異なるが、いわゆる「健常者」と言われる人にとって一般的なコミュニケーション方法である「話す・聞く」というやりとりを例に挙げると、片岡さんの聴覚は、「自分が話している相手の声以外にも、他のテーブルの会話や環境音などがすべて混ざって聞こえてきてしまう」。対話相手以外が発する音を遮断できないので、たとえば騒がしい居酒屋での飲み会では、目の前にいる人が何を話しているのかもうまく聞き取れなくなる。

また、綾屋さんの聴覚は、自分の声のちょっとした変化や、部屋ごとに生じる自分の声の反響音を無意識のうちに察知しやすい。発声器官の状態が安定しており、反響の少ない環境であれば、比較的スムーズに話すことができるが、うまく発声できなくなることもある。その結果、まったく話せない状態から人並みに話せる状態まで、突然コロコロと発声具合が変化するため、毎回、自分自身に驚くことになるという。

綾屋さんは、自ら把握できない発声の不安定さに大きな負担を抱え、人前で話すことをあきらめてきた。

このような個々に抱えるさまざまな身体的理由が、一部の発達障害者のコミュニケーションを難しくしている。

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発達障害のひとつ「自閉スペクトラム症」の視覚世界を再現するシミュレーターが開発されたという。試してみたい

発見2:感覚過敏で発達障害の当事者は「情報おおすぎ(Too Much Information)」状態になる

僕を含む「健常者」は、思ったより適当に世界をみているらしい。集中してみようとしている対象以外のものはみえないし、対象でさえも大つかみにしかみていない。綾屋さんは渋谷を歩くと、「看板のネオン、道路の角度、歩いている女子高生のヘアゴムの色、飲食店のメニュー、すべてが網膜に焼き付くように目に入ってくる」と話してくれた。

感覚が過敏になるということは、周囲から入ってくる情報がとてつもない量になるということだ。だから一部の発達障害の当事者は、その情報の波にどう対処していいかわからなくなったり、激しく疲労したりする。

「情報過多(Too Much Information)」は、最近では世界的に発達障害の当事者や支援者のキーワードになっているそうだ。片岡さんが「イギリスの自閉症協会が作成したビデオが、なかなかよく出来てるんです。わたしたちが普段みている世界に近い。僕はもっと症状がキツいですけどね(笑)」と教えてくれた。

発見3:発達障害の人は、自分の何が人と違うか、なかなか気づけない

だって、その感覚が先天的なものだから。

生まれたときから発達障害の人は、世界が「その見え方」をしている。たくさんの情報が入ってくる。「健常者」がどんな感覚を持っているのか、どのように感じているかを知ることができない。実際、検査を受けても異常はみられない。

結果、当事者が感じるのは「なんでこんな見え方・聞こえ方をしてるのに、他の人は平気なんだろう」(綾屋さん)という疑問だ。そして「人と同じようにできない自分が悪いのではないか」(同)と落ち込む。

発見4:障害だけじゃない。「過剰適応」の苦しみ

発達障害は外から見えにくい障害で、部分的には「健常者」と変わらぬ生活を送れる発達障害者も多い。一例として、片岡さんも綾屋さんも、一般の大学を卒業している。

ただ、その裏には、「普通」に近づこうとする障害当事者の努力と苦しみがある。片岡さんは「働き方から会話まで、職場で評価が高い人の真似をしようとしていました。でも、うまくもいかないし、疲労もすぐに限界がきてしまった」と経験を語った。

僕もクラスの人気者に憧れて真似をしたことがあるけれど、どうしたって同じようには振る舞えなかったし、無理を感じて長く続かなかった。感覚の違いがあれば、なおさらだろう。

属するコミュニティの「普通」に、無理をして近づこうとする発達障害者は多い。うまくいかなければそれまでだし、心身ともに負担をかけて「普通」にできてしまう人もいる。後者を「過剰適応」というそうだ。ただ、適応できたからといって楽になるわけではない。無理がたたって職場や学校などを離れざるを得なくなるケースも多い。

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片岡さんが持っていたネイビーのウエストポーチ。ヘルプマークをつけている。

「会社勤めをしていたころ、自分が思う『普通』になろうと、服装を決めていました。ネイビーのスーツに、ベルトも靴もブラウン、鞄もブラウン。それが私の考える『普通』でした。その影響か、身の回りにはネイビーやブラウンのものが多いんです。いまでは普通に好きな色ですけどね」

発見5:少しの配慮があれば、ぐっと生きやすくなる

確かに発達障害者は、「健常者」と違う特性をもっている。ただ、その特性の中には、少しの配慮があれば乗り越えられるものもある。

取材を重ねてきたNHKスタッフの対応に、学ぶところが多かった。周りが騒がしくない部屋を打ち合わせに使う。蛍光灯を背にできる席をさりげなく勧める。飲んで問題ない飲み物を尋ね、それを用意する。打ち合わせ自体も、情報過多にさせないよう、途中で話に割り込むことは絶対にせず、相手が話し終わるのを待つ。小さなことだが、そのわずかな気配りで、きっとずっと楽になるのだろう。

これを「環境調整」というらしい。環境が調整さえできれば、能力を発揮できる障害当事者はたくさんいるのだ。事実、打ち合わせ中に違和感を感じるところはほとんどなかった。むしろ、取材協力者へのスタッフの気配り、そして片岡さんと綾屋さんが発する、聞く人に発達障害の感覚をわかりやすく伝える言葉の明瞭さは、編集者として大いに勉強になった。

「発達障害者は、情報過多なところにおかれると、明らかな障害者になってしまう。車椅子利用者に『立っててください』と言うようなもの」(片岡さん)

「子どもの頃、試供品の香水の匂いを嗅いで、『鼻に匂いが貼りついて取れない!』と一週間くらい大騒ぎし続けたことがある」(綾屋さん)

もちろんこの言葉のわかりやすさは、2人の聡明さだけに由来するのではなくて、長いあいだ必死で自分の状況を説明すべく言葉を探してきた努力の積み重ねも大きいのだろう。それはもちろん、発達障害のある人以外にもできることだ。

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NHKの上松圭ディレクターは、打ち合わせで「発達障害者は『困った人』ではなく、『困っている人』なのだ、ということをわかりやすく伝えたい」と語っていた。片岡さんと綾屋さんも「当事者の言葉が伝わる番組になるのが楽しみ」だという。

『発達障害プロジェクト』は、2018年4月まで続く。この1年で、発達障害をめぐる景色はどれぐらい変わるだろうか。

■NHK『発達障害プロジェクト』とは

発達障害について、NHKが当事者や家族の声を継続して発信する。誤解を受けることが多い発達障害の実像を多面的に伝えるのが狙いだ。

期間は2017年5月から2018年4月までの1年間。現時点で『NHKスペシャル』『あさイチ』『ハートネットTV』『ETV特集』『おはよう日本』『ニュースシブ5時』『クローズアップ現代+』『ウワサの保護者会』『すくすく子育て』『バリバラ』の10番組で特集が予定されている。放送予定はプロジェクトウェブサイトに随時公開される。

プロジェクトウェブサイト:http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/