W杯でサッカー日本代表がコロンビアに勝利した6月19日。私はファクトリエのメンバーやお客様と一緒にバーで観戦したのですが、その直前にお会いしていた菊池武夫さんも応援も加わっていただきました。
菊池武夫ではなく、「TAKEO KIKUCHI」と表記した方が馴染み深いかもしれません。日本のメンズファッション界の第一人者である菊地さんは、今年で79歳になります。私の倍近い年齢なのですが、とてもそうは思えないくらいの若さとエネルギーがあり、サッカーに関しても私たち以上に詳しい知識をお持ちでした。
■8年のブランクを経て、73歳で復帰
菊地さんは65歳を迎えたとき、「TAKEO KIKUCHI」を若い世代に引き継ぐために第一線を退きます。しかし、73歳でクリエイティブ・ディレクターに復帰。身を引いている8年の中で、会社やブランドに対する成熟、そして成熟に起因する閉塞を感じ、今一度ブランドにエネルギーを注ぐために現場復帰を決めました。
リタイヤして悠々と余生を過ごすという生き方もあったはずです。あれだけの成功を収めたのですから、「もうハングリー精神は残っていないのでは」と考える向きもあるでしょう。しかし、菊地さんの話を聞いていると、人を突き動かす原動力はハングリー精神だけではないと感じます。
もともと由緒ある家柄に生まれた菊地さんは、逆境を跳ね返す形でアクションを起こしてきたわけではありません。私はこれまで、欲深い人は自分の境遇にコンプレックスを持っているというイメージをなんとなく持っていました。W杯に絡めて言うと、貧しい家庭に生まれた少年が自分の未来を変えたいと強く願い、飢えたようにサッカーに打ち込む。こういった反骨心が成功につながるケースもありますが、人の欲は必ずしもハングリー精神だけから生まれるわけではないようです。
■好奇心が感性を育てる
菊地さんの原動力となっているものーー。それは好奇心です。ファッションに限ることなく、色々な方面にアンテナを張っていらっしゃることが会話の端々から伺えます。サッカーの情報に関しても、アンテナが敏感にキャッチしているのでしょう。
フィルターをかけずに様々な情報を取り入れようと、自宅から会社までは歩いて通勤されているそう。まだ見ぬ景色と出会うために、片道15kmのルートは毎回変えているとのことです。
「自分をワクワクさせるものと出会いたい」という好奇心を持ち、能動的にアンテナを張り、心が揺さぶられることを楽しむ。こうして感性を育て続けているからこそ、今も現役のデザイナーとして多くの人たちに刺さる洋服を生み出せるのです。
年齢とともに感性は衰えていくという声も耳にしますが、それはきっと自分の過去やスタイルに捉われているから。人間であることの不確実性や余白を大切にし、いいと思ったものを柔軟に取り込んでいけば、いくつになっても感性は育てられるのだと感じました。