「合格」だった台湾「蔡英文」の訪米

台湾・民進党の総統選候補者である蔡英文氏がこのほど訪米し、かつて台湾の総統候補では1度もなかったとされる国務省ビルに招き入れられるなど、当の民進党の予想を超える「歓待」をワシントンから受けた。
|

手のひらを返す、というのは、こういうことを言うのだろう。

 台湾・民進党の総統選候補者である蔡英文氏がこのほど訪米し、かつて台湾の総統候補では1度もなかったとされる国務省ビルに招き入れられるなど、当の民進党の予想を超える「歓待」をワシントンから受けた。

 4年前に同じく総統選候補として蔡氏が訪米したときの「冷遇」を思うと、同一人物に対する対応とは思えないほどだが、このドライすぎる超大国の対応の変化に一喜一憂させられるのは別に台湾に限ったことではない。

「陳水扁でも馬英九でもない」

 前回総統選前の2011年、蔡氏は「台湾コンセンサス」「和して同せず」などの政策を片手に訪米したが、米側から「曖昧さ」を指摘され、陳水扁総統時代から引きずった民進党への不信感を拭うことはできなかった。米側の匿名の「高官」からメディアを通して蔡氏への不満が表明され、投票直前にも米国が台湾へのビザ免除を発表するなど、米国の馬英九総統への肩入れはあからさま。馬英九総統とかなりいいところまで競り合っていた蔡氏が最後に失速してしまった理由の1つに「米国ファクター」があったのは、台湾社会の共通認識である。

 今回、蔡氏は直前の『ウォール・ストリート・ジャーナル』への寄稿【Taiwan Can Build on U.S. Ties,WSJ,June 1】やシンクタンクでの演説で、自らの両岸政策である「現状維持」について丁寧に説明していた。そのうえで、陳水扁政権のように予測不能で挑発的な政策は取らず、同時に馬英九政権のように過度に親中にならず、米国など民主主義国との協力関係を強化するという、「陳水扁でも馬英九でもない」というポジションを巧みにアピールした。総じて蔡氏の政策説明の表現力は明らかに4年前に比べて向上しており、学者くささ、官僚くささの「脱臭」は相当進んだと感じさせた。

米国の思惑

 こうした蔡氏側の努力が米国側の信頼を勝ち取るために役立ったことは間違いない。だが、米国の「厚遇」は蔡氏個人への信頼という以上に、民進党の政権復帰に対する米国の掛け金が低くないことを示すものである。その意味では、今回の訪米の成功はあらかじめ半ば確定していたとも言える。

 それは、台湾に対する米国の戦略的評価が、近年の国際情勢の変化、特に米中関係の悪化によって、2011年とは大きく変わっていることと関係している。

 2011年のころの米中は、オバマ大統領の中国への期待も強く、蜜月とも言える状態にあった。それから4年が経過し、今日の米国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)への加盟を見送り、南シナ海での埋め立てを厳しく批判するなど、次第に中国との対決姿勢を鮮明にしている。特に南シナ海については、台湾は南沙諸島最大の太平島を実行支配しているが、中国から台湾に「共同戦線」が呼びかけられていることもあって、台湾を米中で引っ張り合う状況が生まれつつあるようにも見える。

 2011年当時、台湾問題については米中間で「共同管理論」が持ち上がるほど、米国は「台湾海峡にトラブルを起こさない台湾」を第一に考えていた。しかし、いまの米国はこれ以上の中台接近は望ましいとは考えておらず、むしろ台湾を引きつけておきたいとの思いが見える。その意味で、必然的に中台関係の冷却化を招くと見られる民進党政権の誕生は、米国の台湾への戦略的要求に合致するわけで、その分、蔡氏への採点も甘くなるのだろう。

 いずれによせ、米国の「面接」をパスしたと誰もが受け取ったこの訪米。中国の駐米大使・崔天凱は「蔡英文はまず13億の中国人民の試験を通らないとならない」と皮肉いっぱいのコメントをしたが、これは、国務省への「進入」を許したことへの負け惜しみが多分に入っている。総統選挙まで残り半年あまりとなるなか、与党国民党の候補者選びが遅々として進まないのとは対照的に、蔡氏の総統への外堀がまた一つ埋められたのは間違いない

野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

【関連記事】

(2015年6月11日フォーサイトより転載)