東京、軽井沢、福井に暮らしながら。 イラストレーター松尾たいこさんに聞く、新たな創作と挑戦

東京・軽井沢・福井の3つの家を行き来する、マルチハビテーション(多拠点生活)を始めたきっかけは?
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書籍の装丁から広告、CDジャケット、スイーツやファッションブランドとのコラボレーションまで。幅広いジャンルで多岐にわたって活躍し、海外にも多くのファンを持つイラストレーター/アーティストの松尾たいこさん。最近は作品だけでなく、彼女自身の先進的なライフスタイルにも注目が集まっている。

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32歳で大手自動車メーカーを辞めて広島から上京し、イラストレーターをになる夢を叶えるまでの歩みを聞いた前編に続いて、東京・軽井沢・福井の3つの家を行き来する、マルチハビテーション(多拠点生活)を始めたきっかけについて教えてもらった。

■始まりはリスク分散のための2拠点暮らし

――現在は東京、軽井沢、福井の3拠点を行き来する生活だそうですね。それぞれの家にどんな風に暮らしているんでしょうか。

3拠点になったのは今年の5月からです。今は1カ月のうち2週間が渋谷東京で、1週間弱が軽井沢、1週間強が福井ですね。福井は私のアトリエとしての意味合いがメインで、夫(ジャーナリスト・佐々木俊尚氏)は来ても月に3、4日くらいかな。

――夫婦で他拠点生活というライフスタイルを選ぶことになったきっかけは、東日本大震災だったと聞きました。

3月に震災が起きて、4月の終わりに家探しを始めて、1週間後には軽井沢の物件を決めて5月にはもう契約していました。うちの夫婦って思い立ったら動きが早いんですよ。私も早いほうだけど、彼のほうがもっと早くて。

――つまり軽井沢で借りた2軒目の家は、東京で震災が起きたときのリスク分散のため?

そうです。でも軽井沢の家は別荘でもセカンドハウスでもなくて、私たちにとってのセカンドオフィス、ですね。震災が起きてもすぐに仕事に戻れるための備えとして。だから避暑地でゆったり、という感覚じゃ全然ないんですよ。もちろんお金はかかるけれど、東京で自宅と、私のアトリエと、夫の事務所、3軒分の家賃を払うことに比べたら、東京と軽井沢で2軒分コスト的には何とかなるかなって。

当時は大型犬も飼っていたので、犬を置いて避難するのは絶対に嫌だったんです。でも軽井沢なら、車で数時間、新幹線で一時間だし、最悪でもなんとか東京から歩いていけるじゃないですか? はじめは飛行機で近いから北海道や仙台とかも考えたんですけど、やっぱり大型犬を移動させることも考えたら色々大変で。色々調べていくなかで、条件が合ったのが軽井沢でした。

――それから丸4年後の2015年5月からは、福井・越前町のアトリエも加えた3拠点生活に。生活や意識に変化はありましたか?

福井にも拠点を作ることを決めたので、今年は東京の家を縮小しました。7部屋くらいあった一軒家から、その半分くらいの3LDKに引っ越して。そのときに、家具や所有物も4分の1ほどは処分したと思います。

でも福井から東京へ戻ってくると、「モノが多いな」って感じてしまう。それで東京の家を片付けて軽井沢に行くと、こっちは収納が多いからまたモノがたくさんあってそれが鬱陶しい。だから今は東京と軽井沢のものをすっきり片付けて、ミニマルライフを目指している最中。とにかく、今はモノを減らすことに命を賭けています(笑)。一番最近借りた家だから、福井はまだものが少ない。そういうところにいるとすごく落ち着くんです。

――拠点が増えるほどモノも増えるのかと思いきや、逆なんですね。

移動が多いから、とにかくサッと動けるようにしておくことが大事。場所が増えたぶん、ものを減らして自分たちが管理できる分量だけにしておきたいんです。

もともと、断捨離が大好きなんですよ。いっときは洋服も全部処分してましたけど、最近はネットで簡単に査定できますよね。 だからダンボール箱にバーッと服を入れて送っちゃう。たいしたお金にはならないけど。こないだは二つある本棚一個分の本も断捨離したんです。本当に気に入っている画集以外はすべて処分したら、すごくすっきりして気持ちいい。自分が持っているものを、全部把握できてる感がいいんです。

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■3つ目の拠点は新プロジェクト「千年陶画」のため

——福井では、どんな創作活動をされているんですか?

福井にアトリエを借りた理由は、2014年から始めた「千年陶画」の制作のためです。以前は年に1度、必ず個展を開いてたのですが、どうせならそこで新しいものを見ていただきたいですよね。 最初の年は風景、次は動物をテーマに、その次は人物メインで、という感じで毎年新しいことをやっていたのですけど、ここ数年はそういう描きたいテーマが思い浮かばなくて。

そんなときに、せっかく日本に生まれ育ったのだから、日本的なことはどうだろうと思いついて。海外の人が日本的なものをやると、「ん、ちょっと違う?」ってなるときありますよね。逆に私がアンディ・ウォーホルとかを真似てもどうなんだ、という話で。もちろんそれが上手にできる人もいますけど、着物を着るようになったり、仕事を通じて神社を好きになったこともあって、日本の伝統的なものを自分の作品に取り入れたいと思うようになったんです。

——日本の伝統を、取り入れるように。

それでまずは以前から好きだった山種美術館や根津美術館によく通うようになって、いろんな作品を見つつ、同時期に水墨画も習い始めました。でも水墨画はピンとこなかったので3カ月でやめて、次は近所の陶芸教室に行ってみたんです。そしたらすごく楽しくて「あ、これだ!」って。私も手で触れる作品を作りたいな、と思ったんです。

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その話を友達にしたら、たまたま福井の友達が工房を開いたばかりだったんです。それで「作りに来ていいよ」と言われたので遊びに行って、そこで陶板に絵を描く「陶画」を教えてもらって。これなら今までの私の作品のテイストを活かしつつ新たな表現ができる、という予感があったので、そこから本格的に始めることになりました。

水墨画を習ったのが去年の1~3月、その後に4月から陶芸を始めて、福井に通うようになったのが夏前。それで12月には100人くらい友達を集めてお披露目会をして、今年の5月にはアトリエを借りて、ようやく新しい作品ができたので11月中にはサイトを作って販売する予定です。

――動きがスピーディーですね。

目標を立てるのが好きなんです。「いつかいいものを作ろう」じゃなくて、目標を決めてまずはそこに向かって動く。そのへんはちゃんとしたアーティストとは違うのかもしれない。もちろん100点満点はいつも目指しますけど、目標の期間内に、自分でOKと定めたラインにたどり着ければいいかな、って。

技術的にはまだ下手だし、陶芸家から見たら邪道なやり方をしてるかもしれない。先月まではそのことに悩んでたのですけど、ふっと気付いたんです。私、別に陶芸家になりたいわけじゃないんだって。私は陶芸で自分の表現をしたいだけ。だから「これ可愛いな。私だったら欲しいな」「ずっと触っていたいな」と自分で感じられる作品ができたらOKなんですよ。

まだ全然軌道に乗れていませんけど、私は千年陶画を「アーティストの趣味」みたいにするつもりは全然なくて、ちゃんと仕事にしたいんですね。この先3年くらいかけてそうしていくつもりです。

(取材 文 阿部花恵

松尾たいこ(まつお・たいこ)

イラストレーター/アーティスト。1963年広島県生まれ。32歳だった95年、上京しセツ・モードセミナーに入学。98年よりフリーのイラストレーターとして活動を始める。書籍、雑誌、広告、CDジャケットなど幅広い分野で活躍中。2014年から福井にて新プロジェクト「千年陶画」を始動。現在、東京・軽井沢・福井の3拠点を行き来して生活している。12/11(金)〜13(日)東京・谷中の「韋駄天」ギャラリーにて新作展示会を開催予定。

公式サイト:http://taikomatsuo.jimdo.com/

千年陶画:https://www.facebook.com/1000toga

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