難民申請を取り消したい。スウェーデンに渡ったシリア難民の苦悩

スウェーデンには8万人のシリア難民が到着したが、彼らは今、考え直して中東に戻ることを検討している。なぜか。
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難民の男性は2015年10月15日、ストックホルム中心にあるモスクに着き、礼拝堂で携帯をチェックした。

ストックホルム ― スウェーデン政府は11月、難民の流入を「一時停止」し、亡命希望者を阻止するために検問を強化する方針を発表した。この発表が出る前の2カ月間で同国には8万人が到着したが、その難民たちは今、考え直して中東に戻ることを検討している。

難民は、厳格化された難民法のせいで不安を抱えている。ハフポストアラブ版からインタビューを受けた難民や移民の中には、言葉の壁や文化の違いもスウェーデン社会に溶け込むうえで重大な障害になっていると考える人もいる。

ナエル・ハマディさん(28)は、いくつかの小さな夢と将来に向けた大きな計画を抱いてトルコからスウェーデン南部のヨンショーピングにある難民キャンプの1つにやって来た。

「実際、ここで生活を始めるには7~8年かかってしまい、このような膨大な時間を無駄にしたくはありません」

ナエル・ハマディさん

ハマディさんはシリアにあるダマスカス大学の工学の学士号を有し、最近スウェーデンを出て中東に戻ることを決めた。「トルコか、レバノンに戻ってもいいかと思っている」。ハマディさんはハフポストアラブ版にこう述べた。「はっきりとはまだ分からないが、もっと自分に合う社会に戻りたい」。

ハマディさんは「ここでゼロから始めるというのは、私には耐えがたいこと」と言い、「これから何年も待たなければなりません」と述べた。居住権を与えられるのに1年、家族と一緒に暮らせるようになるまでさらに1年かかる。ハマディさんは妻と3カ月の娘をトルコに残してきた。

「そして、私が言語を覚えて、学位を認定してもらい、仕事を見つけるまでには何年もかかるでしょう」。ハマディさんはこう述べた。「実際、ここで生活を始めるには7~8年かかってしまい、そんなに膨大な時間を無駄にしたくない」

ハマディさんのスウェーデンまでの道のりは簡単なものではなかった。密航業者に数千ドルを払い、何カ月間も命の危険にさらされた。

ハマディさんは「トルコからギリシャのミティリーニ島までボートに乗って向かっていたのですが、転覆し、9時間以上も水の中を泳いで過ごしました」と言い、「スウェーデンが約束の地ではないことを知るために、一度ここに来る必要があったんです」と述べた。

さらに「私も家族も、生活をするなら、どこでもできます」と述べ、「待つ必要はないんです」と話した。

ハマディさんは難民申請の取り消しを申し入れているが、国を出る前にその申請が認められるのを待たなければならないと述べた。

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2015年10月15日、南部のマルメからの長距離バスでの移動後、ストックホルムの中央モスクのバスルームで顔を洗う難民男性。

サマルさん(32)はシリアのアレッポ出身で、難民申請の取り消しはまだ申し込んでいないが、近いうちにしようと考えている。「最近の政府の決定を受けて決めました」。サマルさんはこう述べた。「子供たちをここへ連れて来られる可能性は減っています。……ほとんどなくなってしまいました」。

スウェーデン政府の発表によると、ほとんどの難民は2016年4月からの一時的な滞在許可しか受け取っていない。同国のステファン・ロベーン首相は、家族をスウェーデンに連れてくる権利が厳しく制限されるだろうと話した。

「少しでもいい未来を子供たちに保証するために、世界を半周して違法な手段を使ってでもここに来ました」。サマルさんはこう述べた。「最近移民法が改正され、そのチャンスを失いました。子供たちがいないのなら、ここにいたくないし、違法な手段で子供を連れてきたくありません。そう考えることすらできません」。

サマルさんは「ここに来る途中何度も死にかけました」と言い、「マケドニアの森で4日間も食料なしで迷ってしまいました。子供たちをそんな危険な目に遭わせたくない。だから帰ろうと思います」と話した。

サマルさんはスウェーデンに5カ月滞在している。自分の時間はほとんどスカイプでの子供たちとの会話に使っている。ハヤムちゃん(8)、ハラちゃん(5)、そしてラベイちゃん(4)との会話だ。子供たちはトルコ南部のガズィアンテプという街で祖母と暮らしている。

「言葉を覚えて職を探すのは大変。ここになじめるという気がしません」

ハムザ・アガーンさん

アブアデルさん(48)もまた家族を連れてトルコに戻ろうと考えている。スウェーデンは合わない、とハフポストアラブ版に話した。アブアデルさんは3人の10代の娘と幼い息子1人の父親だ。

「ここでは子供たちを育てられません。大きな自由は混沌に近く、どこへ行っても付きまとう幽霊に変わりました」とアブアデルさんは話した。「子供たちが身に着けた独立心、勝手気ままにする自由、そして、故郷の習慣や伝統に従わせようとしたら子供を失うかもしれないという絶え間ない恐怖が、毎晩私を苦しめる悪夢となってきました」。

アブアデルさんは自らが育った「保守的な社会」に慣れていて「性的な自由が最も恐ろしい」と語った。

アブアデルさんは「子供たちを連れて、祖国へ帰ろうと思います」と話し、「娘の1人に友情の名の下に、若い男と関係を持たせたくありません。息子が酒を飲もうとした時、座って傍観している自分も想像できません。すべてはここで許されていますが、私にはそのようにはできません」。

ハムザ・アガーンさん(22)もまたヨーロッパのライフスタイルに合わないと感じている。「こんな風に生活できません」と言い、「この国の人は私たちとまったく違っている」と話した。

また出会った人々について「非社交的で、内向的で、コミュニケーションスキルが欠けている」と指摘、スウェーデンに来て7カ月、誰とも継続的な人間関係を築けないでいる。

アガーンさんもまた、スウェーデンでの生活になじめないという。「道路は午後6時を過ぎるとガランとしています。コーヒーショップもありません。バーは週末以外、営業していません」と話した。「単に退屈でみじめな場所です。言葉を覚えたり、仕事を探したりするのは難しいです。ここには、なじめそうな希望がありません」。

「移民として直面する困難は、街で家を探すところから始まり、最近難民に向けられる人種差別まで数多くあり、そのことが出て行く決心をさせました」。アガーンさんはこう続けて語った。「家族、友人の元に戻ります。そして私が理解でき、私を理解してくれる国で未来を築こうと思います。ここは完全に別の惑星で祖国とはまったく正反対の場所です」。

この記事はハフポストアラブ版に掲載されたものを翻訳しました。

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