シリア難民はなぜドイツを目指すのか?

商社マンの友人から教えてもらったことは「レバシリとのネゴは手強いぞ」ということです。
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GEVGELIJA, MACEDONIA - SEPTEMBER 5: Refugees cross the border between Macedonia and Greece, near the town of Gevgelija, Macedonia on September 5, 2015. The Gevgelija-Presevo journey is just a part of the journey that the refugees are forced to make which takes them from Turkey, across Greece, Macedonia and Serbia to Hungary. (Photo by Thomas Campean /Anadolu Agency/Getty Images)
Anadolu Agency via Getty Images

1980年代にプラントの仕事をしていたときはクウェートをベースに中東を飛び回ったのですが、そのときに商社マンの友人から教えてもらったことは「レバシリとのネゴは手強いぞ」ということです。

レバシリというのは商社マンやプラント屋などの海外組日本人ビジネスマン・コミュニティーだけで通用する言葉ですが、レバノン、シリアという意味です。つまりこれらの国々の商売人は、とっても商売がうまく、手強いということ。

(そういえば、フェニキア人とかも、あのへんだったよなぁ)

そう思いながら、その話を聞いた記憶があります。

つまりあの辺は、シルクロードが地中海に出て終わる終点であり、昔から貿易が盛んだったということ。

レバノンのベイルートは、その昔は中東のパリと言われたこともあり、人々は都会的で、洗練されており、コスモポリタンな雰囲気がありました。まあ僕的には(レバノンの酒場には、ごっつい綺麗なねえちゃんがいるぞ)という伝承を耳にしていたので(是非、行きたい!)と思っていたのですけど、ちょうどその頃を境に内戦がはじまり、グチャグチャに崩れていったのです。

一方、お隣のシリアではアサド政権(お父さんの方)が圧政を敷き、マイノリティーを虐殺するなど、身の毛もよだつような話が風の噂で伝わってくる、、、まあそんな塩梅だったわけです。

なぜそんな個人的な話をするかといえば、シリアにも優秀な人は沢山居るし、脈々と流れる、高度な文明や文化があったということを言いたかったからです。

実際、スティーブ・ジョブズはシリア系アメリカ人だし、金融クラスタの人のために言えば、昔モルガン・スタンレーを仕切っていたジョン・マックなんかも、ルーツはあの辺です。

さて、シリアは長い内戦の後、無政府状態になっているところへIS(イスラム国=テロリスト集団)が巣食っており、ゆすりやレイプをビジネスにしています。つまり国が自分の安全の保証や最低限の基本的権利を擁護してくれるというようなことは、もう望めないわけです。

だから裕福な家庭ほど、家やクルマなど、あらゆる財産を売り払い、難民としてドイツを目指すわけです。

ここで大事なポイントは、運び屋に高いカネを払わないといけないので、貧乏人は難民にすらなれないという点です。もともとバンカー、弁護士、医者、大学教授などをやっていた上位5分の1くらいの裕福層が、ドイツを目指すわけです。

彼らはスマホを持っており、最新の耳寄り情報を交換し合い、最も希望の持てるルートを常に選択します。またどの国で指紋を取ってもらうのがベストか? というような交渉術にも長けています。

自分の生存、家族の幸せが、ひとつひとつの決断にかかっているため、彼らは情報収集に余念がありません。

彼らの選択は「目指すなら、ドイツだ」ということです。

その理由は2つあります。まずドイツには職があるということ。次にドイツは「法のフレームワーク」の中で、きちんと難民に対処する国だということです。

現在のドイツは、東西ドイツが統合されて以来、最低の失業率です。つまり人手不足だということ。ドイツは、輸出で潤っています。

ドイツの人口は世界の1%に過ぎませんが、輸出額は世界の輸出額の10%を占めています。つまりドイツほど自由貿易の恩恵をこうむっている国は世界広しといえども、そう多くないわけです。そのドイツが門戸を閉ざせば、失うもののほうが遙かに大きいです。

そのドイツの輸出産業を支えているのは中小企業です。彼らは高度にエンジニアリングされた付加価値の高いニッチ製品を、高度に熟練した職人によって作り出しています。このためドイツには徒弟制度のようなものがあり、中学3年生くらいの若者からトレーニーとしてそれらの職場でみっちり仕事を叩き込まれます。大学へ進む場合も、それらの家族経営の会社がスポンサーとなって進学支援する場合があります。

つまりそれらの企業は、本当の意味での終身雇用を目指しており、不況が来たら、社員全員が給与カットに喜んで応じ、時短勤務します。つまり売上不振をリストラで乗り切るのではなく、全員が働く時間を減らすことで、折角長年、手塩にかけて育てた熟練工を、手放す羽目に陥らないようにするわけです。暇な時間を利用して、次の新製品開発のためR&Dにいそしむ社員も居ます。

どうせすべてを会社が教えるのだから、経営者が欲しいのは、勤労意欲が強く、一生会社に忠誠を誓うような若い労働力です。経営者は、そんなハングリーな若者を獲得するのが困難であることを知っているので、シリアの難民の中からも「金の卵」のような人材が居ないか試用してみることにやぶさかではありません。

次にドイツでは「法のフレームワーク」がきちんと認識されています。ドイツの中小企業の経営者にとって、ビジネスの生死を決める最重要な要件は、未来永劫に渡って、滞りなく輸出できることに尽きます。

欧州では、国境を越えたヒト・モノ・カネの動きが自由になっています。これはドイツの中小企業の経営者にとって素材の調達や最終製品の出荷などの際に計り知れない利便性、競争優位をもたらしています。それを可能にしたのはEUであり、ドイツはコモン・マーケット(自由市場)のもたらす恩恵の最大の享受者なのです。

またドイツは共通通貨ユーロを使用しています。これは旧ドイツ・マルクに比べて弱い通貨なのでドイツの輸出競争力にとって有利であるばかりでなく、資材の調達や近隣諸国への製品出荷の際、煩雑な為替計算に悩まされることから解放されることを意味します。

以上の全てのことから、こんにちのドイツには、日本でよく問題になっている「産業の空洞化」という議論は存在しません

ドイツの中小企業の経営者にとって最大の懸念は、日本と同じ少子高齢化です。難民の到着は、払底しつつある若くて意欲溢れる労働力というバッテリーを充電する絶好の機会なのです。

(2015年9月6日「Market Hack」より転載)