「ここから北朝鮮まで、高速道路が出来れば30分くらいで着くと思います。とっても近いんですよ」
白く柔らかい砂浜にどこまでも広がる青い海。韓国の東海岸は、曇り空の下でもきれいに見えた。平日で水温も低いが、日本海の波に挑むサーファーの姿もある。
ここは南北非武装地帯(DMZ: Demilitarised Zone)の近くに位置する海岸だ。
「時どき、韓国では見たこともないようなゴミが流れ着くこともあるんです」と話すのはイ・ヒョンジュ(李衡周)さん。江原道(カンウォンド)襄陽郡(ヤンヤングン)でサーファーズビーチを運営している。
ゴミにはハングル表記があり、よく見ると北朝鮮のタバコやお菓子の袋だったそうだ。
朝鮮半島を南北に分ける「38度線」。実際の国境はジグザクしていて、韓国領で北緯38度より北に位置する町もある。襄陽郡はその典型だ。
サーファーズビーチから車で南下すれば、すぐに38度線を示す休憩所がある。
イ・ヒョンジュさんはサーフィンが好きだ。サーフィンを語るときの表情はどこまでも生き生きとしている。
韓国には2007年までサーフィン文化がなかったという。イ・ヒョンジュさんは語る。
外国でサーフィンを知り、韓国でもやりたいと思いました。ふるさとに来てみたら意外と波が良いことに気づいたんです。サーフィン専用のビーチを造ることを思いつきました。
「襄陽はサーフィンで有名な場所ですよ」と話すのは、ウェットスーツを身につけたキム・ソンギュン(金成均)さんだ。
「実は初心者なんです。ちょっと人が少ないときにと思って、今日来てみました」と恥ずかしげに笑いながら話してくれた。
確かによく見ると、キム・ソンギュンさんの友人は海を不安そうに見つめているようにみえる。
韓国の海岸は大部分が軍事保護区域だという。浜辺と陸の間には有刺鉄線が張り巡らされている。
イ・ヒョンジュさんによると、サーファーズビーチは2015年に、朝鮮戦争以来40年ぶりに民間人の入域が許された場所だという。
今も毎日、周辺に配置された軍人らが銃を持ち、安全確認のためにビーチを行き来する様子がみられる。
「外国人が見ると異様な感じを受けるかもしれません。でも韓国人、特に男性は皆兵役に行ってますから、有刺鉄線や軍人を見ても何も驚きませんよ」とイ・ヒョンジュさんは笑いながら話した。
むしろ嫌な意味で懐かしくらいの感じですよ、とでも言いたげな意味深な表情だった。
韓国の夏はもう少し先だ。平日ということもあり、ビーチに人影はまばらだった。
夏が来るとサーファーズビーチを訪れる人は急増する。多いときは、1日に約1000人がサーフィンのレッスンを受けに来るという。
サーフィン以外で遊びに訪れる観光客も含めば1日に1万人を越えることもある。
イ・ヒョンジュさんは「韓国の海辺文化をもう少しだけ先進化させたい」と力を込めて語る。
「ここ3、40年、海といえばパラソルにゴザを敷いてチキンを食べる。浮き輪で遊ぶ。そんな感じで韓国の海水浴場は画一的だったんです」
インスタグラムでサーファーズビーチのことを知って遊びに訪れたという家族連れに話を聞いてみた。
「職場がある関係で、ここよりもさらに北朝鮮に近い町に住んでいます。このビーチに遊びに来たのは、きれいだと思ったから。北朝鮮について別に特別な気持ちはありません。若い世代はそういう人がほとんどですよ」
一方、サーファーのキム・ソンギュンさんはこう話した。
北朝鮮については「神秘的だな」と思うことがあります。行ったことがないので。行ってみたいと思っている人も多いと思います。もしも開放されて行けるようにさえなれば、皆行くんじゃないかな。
イ・ヒョンジュさんもこう話す。
以前から仲間と、波に乗りに北に行ってみたいという話をするんです。波というのは地形によって少しずつ違います。北朝鮮にはもっと南向きのビーチがって、良い波に恵まれてるのではと想像しています。
「統一」が出来るのかどうかは分かりませんが、行き来さえ出来るようになれば、サーファーとして行ってきたいという気持ちが強いです。
私はヒョンジュさんの顔にもう一度、意味深な表情を見た気がした。