足りないところに足さないで、足りてるところに足そうとしている。〜杉並区の保育園問題(3)

なぜずさんなプランになってしまったのか。理由ははっきりしていると思う。

杉並区の「公園を保育園に転用する計画」についてこのブログで2回記事を書いてきた。お盆も明けたので続きを書こうと思う。過去2回の記事はこちらだ。

天国だった公園が、無残な姿になってしまった

さて8月に入り公園の一部が閉鎖されて工事が始まったことはすでに伝えてきた。今週はついに、木の伐採がはじまったと聞いて行ってみた。こういう状態だ。

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成長した木が切られている姿は無残な気持ちにさせられる。久我山東原公園はさほど大きな面積ではないが、木が生い茂っていることで十分な憩いを人びとに与えていた。実際反対側を見ると、茂った木がこの猛暑でも木陰を提供してくれ、水の流れで幼い子どもたちが楽しげに遊んでいる。

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樹木がどれだけ大切な存在か、一目瞭然だ。同じ公園が、中央の区切りで、憩いの水辺空間と無残に木が切られて黙々と工事が進む空間とに分かれている。

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まるで、天国と地獄だ。ボールで遊んだり駆け回ったりする小学生たちの姿はもうない。彼らは遊ぶ場所を失ってしまった。代替地にも行ってみたが誰一人遊んでいない。「遊び場」とは名ばかりで、一本の木もなく子どもたちを迎えてくれる空間ではないのだ。

問題が多い、杉並区の緊急対策

さてこれまでの2回の記事で、このプランの問題点を指摘してきた。公園の保育園への転用は、代替地の確保が条件だったのに、代替地が子どもたちが遊ぶ場所としてあまりにも不適格である点。

また都市公園法には公園の廃止は基本的にしてはならないとあること、さらに杉並区議会でこの計画が議決される際には住民の理解が欠かせないと各会派が条件を付けていたことを指摘した。

杉並区長は、民主主義のルールに沿って進んでいることに反対するのはおかしいと強く言っていたが、本当にルールにのっとっていると言えるかあやしいと言わざるをえない。

そして今回は、杉並区のプランが本当に待機児童に悩む区民のニーズに対応できるのかを考えたい。

その前に、今回の「緊急事態宣言」をおさらいしておこう。詳しくは、杉並区の該当ページを読めば書いてある。(→杉並区の「待機児童解消緊急対策」)

緊急対策は2回に渡って出されている。1回目の対策を行っても、さらに560名の待機児童が来年4月に出てくることがわかった。そこで緊急対策第二弾を出したのだが、その中に久我山東原公園(久我山地区)、向井公園(下井草地区)も入っていたのだ。この案の発表が5月13日で、5月18日の区議会で計画が承認された。緊急対策なので急いで決めたわけだが、急ぎすぎて不備が見受けられるのだ。

緊急対策は、地区別にみるとバラバラ

それを指摘しているのは、住民たちの活動グループ「久我山の子どもと地域を守る会」だ。その会のブログで以下のような問題点をあぶり出している。杉並区が発表しているデータから、実に丁寧に数字を出しわかりやすい地図を描いてくれているのだ。

まずこの図を見てもらいたい。

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これは、計画の中で来年4月に開園することになっている保育園を示したものだ。認可保育園は色が付いた◯印で示している。紫が当初からの整備計画にあったもの。オレンジが緊急対策第一弾の保育園。そして赤が今回問題となる緊急対策第二弾で予定されている保育園だ。また△は、小規模保育を示している。

各地区に入っている数字は、緊急対策第二弾が必要になった560名の内訳だ。

これを見ると一目瞭然なのが、地区によって保育園が急増するところと、増えないところがあることだ。久我山・高井戸地区は、来年300名規模で保育園が新設される。井草地区に至っては500名弱分の保育園ができる。一方、中央線沿線は新設保育園はほとんどない。

さらに、各地区の数字は緊急対策第二弾で必要になった数なので、赤い丸の保育園の数字と照らし合わせる必要がある。すると、久我山・高井戸地区は70名の待機児童に対し200名分の保育園ができる。井草地区は40名の不足に対し320名分が新設される。

一方、永福・下高井戸地区は60名分不足するのに対策第二弾はなし。方南・和泉地区も同様だ。中央線沿いも南北西荻地区、荻窪南、阿佐ケ谷、高円寺の各地区は緊急対策第二弾でそれぞれたくさんの不足が出るのに、新設保育園はゼロだ。荻窪北に100名分できるだけ。

これも「守る会」のブログにわかりやすい図がある。合計560名の不足に対し、緊急対策第二弾で新設される保育園はどれだけ補えるのかを地区ごとに示している。

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ひと目でわかる通り、赤い地区と青い地区の差が極端だ。極端すぎると言っていいだろう。0%だらけなのだ。そして久我山・高井戸地区は193%、井草地区はなんと530%。どう見ても増やしすぎだ。これで「対策」と言えるのだろうか。

地区によっては新設保育園に通えない

これについて杉並区は、自分が住むのと違う地区の保育園も希望リストに入れてくれていい、と言っているらしい。だがこの地図を見ると、そんなこと言われても、と誰しも感じるだろう。荻窪に住む人が、井草地区の保育園に預けて西武新宿線で通勤するだろうか?高円寺の人なんか、どこに預けろと言うのかと、途方に暮れるだろう。

永福・下高井戸地区や、方南・和泉地区の人は井の頭線で久我山駅か富士見丘駅まで行って子どもを預けて、また富士見丘駅から会社に行くのだろうか。それは現実的ではない。最低でも30分余計に通勤時間が増える。

会社に少しでも近い杉並区なら、送り迎えの時間を考えても育児と会社を両立できると考えていたのに。だったらもっと遠いところに住めばよかった。そう感じるのではないだろうか。

私は杉並区長に取材して、区の職員の方たちとも話をした。決していい加減な人たちではない。この対策案も、一生懸命みんなで考えただろうと信じてはいる。だがこの計画は、ずさんと言わざるをえないと私は思う。来年4月に待機児童をゼロにしたい。その気持ちは真面目なものだっただろう。

だが結果としては、住民のためになる案だとは言えないと思う。このプランを元に、待機児童をなくすためにこんなに保育園を増やしたと言われても、自分の地区にできないなら意味がない、と区民は考えるのではないか。560名を数字上埋めただけで、現実的に"対策"になっているとは到底思えない。

慌てた結果、出てきた不備

なぜずさんなプランになってしまったのか。理由ははっきりしていると思う。急ぎすぎたからだ。

取材してわかったのは、杉並区の行政の人びとも区議会議員たちも、そもそも今年、待機児童がゼロになるつもりだったことだ。みんなそう信じていた。待機児童問題が解決すればやっとあの問題にもこの課題にも取り組める。そんな空気だったようだ。ところが、年明けからまず今年もゼロにならないことがわかってきて、さらに来年グンと増えることもわかってきた。

しかも実際の人数は4月にならないとはっきりしない。ようやく見えた数字が、ゼロどころか560名とこれまで減らしたはずがまた大きく増えてしまう。

なんとかしなきゃ!来年こそゼロにしたい!その思いが先走ったのではないか。

とにかく待機児童をゼロにする、来年4月にはする。そのためにはどんなことでもする。そんな焦りが、苛立ちが、今回の計画になった。公園だって保育園同様だいじな施設だ。その視点が、(おそらくわかってはいたが)吹き飛んでしまった。

見ないようにしてしまった。公園を入れてしまっただけでなく、地区による偏りも気づかなかった。気づかなかったと思うことにした。そうやって一度決めてしまったので、行政も議会も意地になっているように思える。

行政も議会も、現場を見て考え直すべき

私は杉並区の行政の皆さんも、議員の皆さんも、そして田中区長にも、あらためて言いたい。いま、止める勇気を持ってください。来年4月、きっと後悔してしまうから。待機児童を抱える区民も、もちろん助かる人もいるだろうが、そんな遠い保育園に入れと言われても、という人が続出する。

若い夫婦の皆さんが喜んでくれると思ったプランのはずが、がっかりする人がたくさん出てしまう。そのうえに、東原公園と向井公園それぞれの地域の人びとに大きな禍根を残してしまう。

せめて、いま工事中の公園を見に行ってほしい。立派に育った樹木をいま切り倒す意味は何だろう。その木陰があるおかげで子どもたちは汗を拭いて身体の火照りを冷まし、それを見守るお年寄りたちに微笑みをもたらし、幼い子どもたちは蝉の抜け殻の不思議と出会うことができた。子育て中のお母さんたちも公園の樹木があるからこそ、安心して子どもたちを送り出すことができた。

そんなやさしさを静かにたたえていた樹木を、切り倒すことにどんな意味があるのだろう。考えてみてほしいのだ。

無残に伐採した樹木の跡に、立派な保育園を建てたはずなのに、結局は待機児童が解消できないとしたら。同じ地区にたくさん作るより、こちらの地区につくってほしかった。そんな風にがっかりされたら、いったい何をやっていたんだ、と来年思わないだろうか。これはセンチメンタリズムで言っているのではない。公園の都市における機能を、樹木が住宅地を潤す効果を、もう一度考えてほしい。

AERAでも取り上げられた杉並区の問題

ところで、今週号のAERAに掲載されているジャーナリスト小林美希氏の記事で、この問題を扱っている。6月以来、孤軍奮闘しているような気分だったので、メジャーなメディアに東原公園が登場したことは大いに励みになる。

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この問題はテレビでよく報道されてきたが、活字メディアできちんと取材した記事は初めてだと思う。もちろん、荒れた説明会だけを取材して書かれた記事はあったが、そこだけ興味本位で記事にしても本質は見えてこない。小林氏の記事はこれまでのプロセスをきちんと調べて住民の声にも耳を傾けていた。

この問題はちゃんと調べるといろいろ疑問が湧いてくる。テレビで報じられる際も、きちんと取材した局は杉並区側に疑問を投げかけている。ただ、どうしても説明会で強く主張する住民の姿が映像で流れると、"エゴ"として受け取られがちなのだ。読者の皆さんも、ぜひ他の記事も読んで、イメージに流されずに受けとめてください。似た問題は、あなたの近くでも起こるかもしれない。別の大義が押し寄せることで、あなたが大事にしてきたことが奪われる可能性は誰にでも起こる。この例を知るとそう感じてしまうのだ。

この問題は、まだまだ追っていきたい。

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コピーライター/メディアコンサルタント

境 治

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