菅義偉官房長官が4月5日、沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事と那覇市内のホテルで会談し、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設問題をめぐり意見交換する。両氏の会談は、2014年12月に翁長氏が知事就任してから初めてという異例の事態だ。なぜ今、2人が会うことになったのか。沖縄基地問題をめぐり、今何が起こっているのか。
■なぜ今、両氏が会うことになったのか。
翁長氏は知事就任以来、菅氏や中谷防衛相、林芳正農林水産相などの閣僚に面会を要請していたが、これまで実現したのは、山口俊一沖縄担当相との会談のみ。菅氏は忙しい時期だったことを理由に、面会を断ってきた。翁長氏は普天間基地の辺野古への移設に反対する立場で知事に当選したため、政府側からは「対立が深まるのでは会っても意味がない」という考えもあったとみられる。
しかし、政府と沖縄県側の対立が深まる中、辺野古埋め立てに向けて粛々とボーリング調査などの作業を進める政府の動きは、県民の反対を押し切って移設を強行しようとしているように見えるとの意見も出ていた。自民党内部からも、「問答無用のようなやり方、態度でいいのか、非常に疑問だ」と述べ、丁寧に移設を進めるよう求める声も出ていたという。そのため、菅氏が、4日に行われたアメリカ軍施設の返還式典へ参加する機会に翁長知事と会うのは、政府が沖縄の負担軽減に取り組んでいる姿勢を伝えるいい機会だという判断があったのではないかとする見方もある。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐる県の作業停止指示に関し、効力を止めた林芳正農林水産相(2015年3月30日、参予算委で沖縄・辺野古について答弁する林氏)
一方で、面会は4月26日からの安倍晋三首相のアメリカ訪問を見据えた動きではないかとする意見もある。「訪米に向けて、辺野古移設計画の進展を鮮明にしたいのではないか」、「日米関係を悪化させたくないのでは」、さらには「沖縄側の意見は聞いたというアリバイにしようとしている」などの見方も出ている。
安倍氏の訪米では、日米両政府が戦後70年を踏まえ、日米同盟のさらなる強化などを盛り込んだ共同文書を発表する方向で調整している。安倍氏とオバマ大統領との日米首脳会談では、自衛隊とアメリカ軍の役割分担を決める「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)改定や、集団的自衛権の行使容認を踏まえた安全保障法制などについても意見を交わす予定で、沖縄基地の話題が出るのは必至だ。
2013年2月、ホワイトハウスでの日米首脳会談
■アメリカの有識者も懸念
日本国内ばかりではなくアメリカ内部でも、沖縄基地をめぐる政府と沖縄の対立の深まりを懸念する声も出ている。ハーバード大教授のジョセフ・ナイ氏は2日、琉球新報の取材に対し、辺野古移設について「沖縄の人々の支持が得られないなら、われわれ、米政府はおそらく再検討しなければならないだろう」と述べ、地元同意のない辺野古移設を再検討すべきだとの見解を示した。
ナイ氏はクリントン政権時代に普天間基地返還の日米合意を主導した元国防次官補。2014年10月からはケリー国務長官に助言する外交政策委員会のメンバーを務める。2014年12月に行われた朝日新聞の取材に対して、辺野古移設は「宜野湾市での航空事故などの危険を減らすことになる」として短期的な解決策としては有効だと指摘。そのうえで、「固定化された基地の脆弱性という問題の解決にならない」として、長期的には解決策にならないとの考えを示した。
この時、ナイ氏は辺野古移設に慎重な理由として「沖縄の人々が辺野古への移設を支持するなら私も支持するが、支持しないなら我々は再考しなければならない」と述べ、沖縄県民の反対が多いことも挙げていた。
米ハーバード大学ケネディスクールのジョセフ・ナイ氏(元米国防次官補・アメリカ・ニューヨークで2004年05月撮影)
しかし、日本政府と沖縄との間を取り持って調整するような役割を担う人材は見られなかった。3月31日、BS日テレの「深層ニュース」に出演した自民党の山本一太前沖縄・北方相は、翁長知事に代わってから、仲井真前知事の時のような日本政府が翁長知事にコンタクトできるような関係はないと述べていた。
■沖縄は国を飛ばしてアメリカと直接交渉の動き
一方、翁長氏は、日本政府を通じてではなく、アメリカ政府と直接交渉を行うことも視野に入れている。翁長氏は選挙公約で、辺野古移設に反対する翁長知事の考えを、日本政府を通じてではなくアメリカ政府に直接伝えることが目的の、沖縄県駐在職員を配置することをうたっていた。4月1日には、2014年9月まで在沖アメリカ総領事館の政治担当特別補佐官を務めた平安山英雄(へんざん・ひでお)氏に辞令が交付されている。
平安山氏は、約30年にわたって経済や政治担当として歴代の総領事を支えた。これまでアメリカ国務省職員として辺野古移設を推進する立場にあったことについて、平安山氏は記者団に対し、「知事の命を受け誠心誠意頑張るしかない」としており、「まず国務省、国防総省の方々と会って、知事の考え、県民の考えを伝える」と語った。
■引き抜きで関係悪化?
この動きに対して、政府側は4月1日、元沖縄県職員の又吉進(またよしすすむ)氏を外務省参与に起用した。県職員OBが外務省参与に就くのは極めて異例。菅官房長官ら官邸主導で登用したという。
毎日新聞によると、又吉氏は県職員として長くアメリカ軍基地問題を担当しており、仲井真前知事時代の2010年4月に、県基地対策課長から知事公室長に抜てきされた。約5年間にわたって政府や沖縄県の調整、対米交渉などを担い、2013年12月の辺野古埋め立て承認にも携わったとされる。翁長知事が就任したのに伴い2015年1月に知事公室参事監に異動となり、3月31日付で早期退職した。県幹部によると、又吉氏は「基地問題のエキスパート」でアメリカ軍の装備や運用にも精通。アメリカ政府に人脈もあるとされており、翁長知事も又吉氏の慰留を検討していたという。
又吉氏は琉球新報の取材に対し、「アメリカ軍基地をはじめとする沖縄の諸課題に対し、県民として、できるだけのことをするとの思いで引き受けた」と述べたが、政府方針である辺野古移設推進の立場で助言するのかとの質問には「自分がそもそもどういう役割か分からない。今の時点では言えない」と言及を避けたとされる。
日米で合意した沖縄県内の米軍施設・区域の返還計画について、関係する県内11市町村の担当者を集めた会議であいさつする又吉進知事公室長(中央)=2013年04月17日午後、沖縄県庁
作家で元外務相主任分析官の佐藤優(まさる)氏は4月3日、文化放送の「くにまるジャパン」に出演した際に、沖縄県のワシントン駐在員事務所と又吉氏の関係について、「(ワシントン駐在員が)アメリカとの交渉でどう動くかというのを、又吉さんはよく知っている。これまで沖縄とアメリカとの交渉は、又吉さんがやっていたんですから。又吉さんが沖縄県にいれば、翁長さんを手伝う。それなら政府側に持ってこいと、知恵のある人が考えたのではないか」と分析。民間会社における「人の引き抜き」にたとえ、「(人事交渉を)こそこそやっていたら、現場レベルでもしこりが残る。信頼関係がないただでさえ悪い関係が、一層悪化する」と政府側の水面下の動きに懸念を示した。
佐藤氏は、菅氏が「一回会っただけで解決するとは思っていない」として翁長氏との会談を信頼関係を築くスタートに位置付けるとの考えを示したことについても、又吉氏の参与就任を例にあげ、「信頼関係の構築は難しい」とコメント。さらに「なぜ公舎や知事公邸ではなく、民間施設で会うのか」として、政府の態度は「なにか怯えている感じがする」と述べた。
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