成功した企業の経営をコピーできない理由

経営を学ぶこと、優れた経営を行うことはきわめて難しい。「MBAを取っただけでは役に立たない」と言われるわけです。

日経テクノロジーOnlineに「東芝はなぜ勝ち組になれたのか」という特集が掲載されています。

日本の電機メーカーから半導体事業の撤退が相次ぐ中、東芝の半導体はフラッシュメモリで大成功をおさめています。

特集記事では東芝が半導体事業で成功した理由を業界の5人の専門家が説明されています。

私が東芝でフラッシュメモリの開発に携わり、退職してもう7年余りになります。ずいぶん昔のことのような気もしますが、懐かしく読ませて頂きました。

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読んだ感想を一言で言うと、当たっているところも、的外れの部分もある。

例えば、「DRAM撤退した時に、フラッシュメモリという新製品が生まれたのは単に運がよかっただけ」というのは単純化し過ぎでしょう。

なぜ、フラッシュメモリという発明を製品に繋げられたのか、製品化に成功した後に事業としては不採算が10年近くも続いたのに、なぜ潰されなかったのか。

これは単に運が良かったわけではないでしょう。

事業に携わった当事者の頑張りはもちろんのこと、ぶっ飛んだ人を大切にする、少々の赤字でもやらせる、という会社のポリシー・文化にも助けられたと思います。

その一方、買いかぶり過ぎると思われる部分もありました。「東芝独特の応用技術部門がスペックの決定やシステム化に大活躍」・・・は過分に褒められすぎかな、と感じました。

実際は技術者、応用技術が一体となって進め、システム化で(日本企業にありがちな)不得意な部分は外部の企業との連携で補ったように感じています。

とはいえ、外部で評価して記事を書いて下さる方に、かつての当事者の一人の私が「けち」をつけるのはアンフェアで、むしろ、記事を書いて下さった方々にとても感謝しています。

他人にケチをつけるならば、自分で書け、と言われそうですね。

しかし、当事者であるほど、経営に近い話ほど(たとえ退職したとしても)書けないのです。

現役で東芝で事業を推進している方ならば、なおさら書けないでしょう。成功モデルを開示することは、現在の競争相手に企業秘密を教えることになりますから。

また、もし成功した事業の当事者が成功した理由を振り返るとしても、今度は自分のことはわかっても、負けた側、他の企業のことがわからない。

自分が成功した要因は当たり前に感じるもの。

逆に、なぜ他社がそれができなかったかがわからない。負けた企業の分析は、勝った側の人間には難しいのです。

ここに経営のベストプラクティスを学ぶ難しさがあります。だから、成功企業の経営を理解すること、コピーすることは難しい。

情報は必ずしも明らかにされない、関係するプレーヤーを客観的に評価できる人がそもそも居ない。

この非常に困難な課題に取り組む学問が経営学です。私もスタンフォード大学のビジネススクールに留学し、MBAコースで経営学を学びました。

MBAでは、膨大なケーススタディを読んで、古今東西の様々な企業の成功事例、失敗事例から、「成功の本質、失敗の本質は何か?」を導き出します。

先ほどの東芝の記事のように、業界の専門家が書いた事例でも「当たらずと言えども遠からず」になります。MBAの教材のケーススタディは必ずしも専門家が書いていませんので、この記事ほどの高い質も期待できないでしょう。

このように経営を学ぶこと、優れた経営を行うことはきわめて難しい。

「MBAを取っただけでは役に立たない」と言われるわけです。

では、MBAのような教育が意味が無いかというと、そうは思いません。むしろ、経営学はまだ発展途上で、これからどう発展させるか、試行錯誤が必要な分野だと思います。私も今後の研究・教育の課題として取り組んで行きたいと考えています。

あくまでも個人的な経験ですが、MBAで膨大なケーススタディを読んで、10年後の今でも頭に残っているのは、企業が失敗した事例ばかりです。

成功した理由など、先ほど述べたように本当のところはわかりませんし、下手すると「後付けの美談」になってしまいます。

それよりも、失敗するには必ず理由がある。そして、時代・国・業種が違っても、失敗した事例をたくさん読むと、どこか共通した失敗の理由があることに気付きます。

例えば、

・一度成功したモデルに固執してしまう

・過去の成功が大きいほど、成功したモデルに組織が最適化され変化できなくなる

・必要な人材が変わってもかつての功労者を切れない

・自分より優秀な人間を嫉妬して抜擢することができない

・・・など。多くの場合、人間の弱さに起因して失敗するわけです。心理学も駆使して失敗の原因を探るMBAの講義には、即効力はなくても、普遍的な価値はあると感じました。

結局、経営学・MBAが提供してくれるのは、「成功した企業のコピー」という即効性のある処方箋ではなく、経営者が自分の事業を行う時に失敗しやすいポイントを抽象的ないわばメタのレベルで理解することではないかと思います。

(2015年3月20日「竹内研究室の日記」より転載)