働き始めて一番辛かったのは仕事じゃなかった。満員電車だった。
毎朝笹塚で京王線に乗って、混みすぎてほぼ息が出来ないぐらい地獄の通勤を我慢して、新宿駅でさらなる地獄の乗り換えをした。新宿駅は世界一番乗降客数が多い駅だ。他の人間とこんな狭いスペースに詰められるとどうしてこんなに疲れるのか。仕事が始まる前からどっと疲れてる。
毎日満員電車に乗って新宿駅で乗り換える私は、電車の混み具合を示す「混雑率」という数字が気になっていた。
毎朝走る電車の乗客数なんていちいち数えられるわけがない。なので、国土交通省が、「混雑率を推定するための目安」を発表してる。「混雑率100%」は、「座席につくか、吊革につかまるか、ドア付近の柱につかまることができる」くらいの混み方だと示している。
私が一番気に入っているのは、「混雑率200%」の説明だ。
混雑率200%ー「体が触れ合い、相当な圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」
国土交通省がこの指標を作ったとき、調査のために週刊誌をもってぎっしり詰まってる電車に乗った若い官僚が頭に浮かぶ。
役所に戻って、この官僚は上司に報告する。
(なぜかエヴァンゲリオンの碇ゲンドウみたいにメガネが光ってて手を顔の前で組んでる感じの)課長:週刊誌は?
部下:はい。週刊誌はなんとか、なんとか、読めました。
課長:そうか。じゃ、○○線の平日の朝の混雑率は200%とする。
今や満員電車で週刊誌や新聞のような読み物を読もうとしてる人はいない。 みんなスマホだ。みんなスマホの画面を強く叩いて自分の不幸をぶつけてる。
混雑率マックスの250%は、「電車が揺れるたびに体が斜めになって身動きできない。手も動かせない」状態だそうだ。
だとすると、「週刊誌がなんとか読める200%」と「手も動かせない250%」の間に、「スマホがみられなくなる混雑率」があるはずだ。さて何%なんだろう?
テクノロジーは進化し、通勤する人間がより高い混雑率でもモノを読む、つまり情報を入手することができるようになった。
10年経つと、スマホを持ち歩いてる人間はいないかもしれない。みんなグーグルグラスみたいなメガネをかけてそこでメールとネットを見てるかもしれない。
そうすると、混雑率が250%、300%になってもみんななんとか情報を詰め込もうとしている。
毎朝毎晩電車に乗ってる人たちの顔を見て思う。 東京で働いてる人たちの多くは、混雑率が上がるとともに、放射線のようにネガティブなオーラを出してる。スマホを見てる目が死んでる。周りの人を気にする元気もない。
日増しに東京で働いてる人のストレスが高まってる気がする。子供の貧困、高齢者の貧困、労働市場の二極化、男性サラリーマンたちが電車のなかで週刊誌を読んでいた20年前、 30年前には存在しなかった社会問題も増えたし、複雑化もした...。
週刊誌がなんとか読める混雑率200%の社会に、私たちはもう戻れない。
◇◇◇
私の本当の名前は鈴木綾ではない。
かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。
22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。
もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。
ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。