中国の中央テレビ『CCTV』が、「放射能汚染」された日本の食品が「不正輸入」されているという問題を、3月15日の放送で取り上げた。
その内容は衝撃的だった。
中国に輸入されている「無印良品」や「イオン」などの食品に、輸入禁止地域での生産品が含まれている、という内容だったからだ。
実態は事実に反した、今流行りのフェイク・ニュースに等しいものだったが、中国メディアの報道姿勢を批判するだけでは済まない部分があることも、この機会に考えておいたほうがいい。
特に重要なのは、日本における「原発問題」というアキレス腱を、中国政府が「計略」として攻撃することを狙っており、今回の食品問題に関する報道も、広い意味でその一環として捉えてみることだ。
「生産地」ではないのに
3月15日は世界消費者権利デーで、中国でも「消費者の日」。過去、中国ではこの日に合わせて消費者の権益を侵すような問題企業を告発する報道番組が放送され、槍玉に挙がった企業は大変な目に遭っている。
期限切れやニセの材料を使った不正食品が氾濫する昨今の中国社会に対する「世直し」として、中国の人々も高く評価してきた。
しかし、近年は政治的な理由とみられるような放送もあり、信頼性が揺らいでいるところであった。
今回、事前の予想では、ミサイル防衛システム「THAAD」の配備のため、中国から文字どおり「国を挙げて」叩かれている韓国関係の食品が槍玉に挙がるとも言われたが、蓋を開けてみると、番組で取り上げられた外国食品は日本のものだった。
東日本大震災の津波による東京電力福島第1原子力発電所事故を受けて、中国政府は現在でも輸入禁止対象の10都県(福島県、群馬県、栃木県、茨城県、宮城県、新潟県、長野県、埼玉県、東京都、千葉県)への規制を維持している。
無印良品やイオンの商品が東京や新潟で生産されている、との批判だったが、番組で取り上げられた商品に書かれていた「東京都」「新潟県」の表示は、あくまでも輸出企業の本社所在地であり、生産地ではなかった。
中国では製品表示において、原産国は表示しなくてはならないが、原産地までは表示しなくていい。もちろん通関の際にはチェックされるわけで、当然、これらの食品は中国の規制対象となる地方で生産されたものではなかった。
「あえて確認しなかった」という疑い
番組放送直後のリアクションはさすがに激しいもので、中国のネットでは日本批判が渦巻き、スーパーからは日本産の食品は一斉に取り除かれた。だが、すぐに企業側から反論が出された。
無印良品もイオンもそれぞれ、食品の原産地と本社所在地が混同されていることを指摘し、禁止対象の都県の生産地ではなく、中国側の規制に沿った正当な手続きを経て輸入された食品であることを強調した。
また、中国メディアも、上海市の出入境檢驗檢疫局(通関の防疫を担当する部門)に問い合わせ、日本企業の言い分が正確であることを確認している。
これに対しては、中国国内のメディアのみならず、日本在住の中国出身者からも批判の声が上がっている。誤報としての評価は定着しつつあり、その影響は限定的なものとなるだろう。
無印などの日本企業には、ぜひ中央テレビに対して、名誉棄損による損害賠償を求めてほしい。そうしないと、中央テレビや新華社など党中央に連なる官製メディアはいくら誤報を出しても罰せられないという暗黙の了解がまかり通ってしまうからだ。
これだけの影響力のある番組でこれほどいい加減な内容が流されるのは、中央テレビに、「政府も後押ししているし、日本たたきなら何をやっても許される」という「反日無罪」的なおごりがあったからだ。
放送の前に、無印良品や貿易局に事実関係を確認すれば済む話であり、それをやらないのは、「確認すると誤報であることがわかるので、あえて確認しなかった」という疑いを持たれても仕方がない。
共産党が無謬なら官製メディアも無謬
さらに、中央テレビや『新華社』などは中国の官製メディアのなかでもその中核にいるため、誤報があっても、誰もクレームをつけられない、という問題がある。
権力構造で言えば、「共産党指導部>官製メディアや国営大企業>地方政府や中小企業」という上下関係になっており、官製メディアに対する批判や問題提起は、指導部に対するチャレンジとみなされる傾向にある。
そのため、官製メディアの報道の責任が、政治的、社会的に問われることは極めて稀である。つまり、「共産党は無謬である」という暗黙の原則が支配している中国では、党指導部に直結したメディアにも無謬の原則が適用されるのである。
官製メディアの報道の過ちが公に批判されるのは、「政治路線」が間違っていたと党指導部に認定されたときだけだ。報道の内容は、評価の基準にはならない。
ただ、現在、大いに盛り上がっている日本からの「越境EC(電子商取引)」による商品の輸入については、中国政府の規制のルールにかまわず商品が流通している部分があることは、業界ではよく知られた事実だ。
10の都県に対する輸入制限がいくら非合理的なものであったとしても、輸入する当事国がそう定めているのであれば、現時点では従わざるを得ない。その意味では、日本の食品輸出全体に警鐘を鳴らす意義はあっただろう。
日本の弱点を狙い撃ち
いずれにせよ、今回の中央テレビの問題から私たちが考えるべきことは、日本における原発問題という「弱点」を中国政府が狙っている現実である。
中央テレビの報道があった翌日の中国外交部の記者会見で、報道官は記者の質問に対してこう語っている。
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「我々は一貫して日本の福島の放射能漏れとその後の影響を注視している。福島の原発事故から6周年の際、全体として日本のメディアもたくさん報道していたが、日本政府は汚染水や汚染土壌、放射性廃棄物の処理において、総じて有効な手段を欠いており、海洋への汚染水の排出によって海洋環境や民衆への健康被害なども心配されている。対策の遅れや情報公開の不透明さ、食品安全のデータの不足による説得力の欠如などが見られる」
「これらの問題は日本国内の民衆の安全だけではなく、中国を含めた地域の隣国にも影響するものだ。(中略)我々は改めて日本政府に、国際共通利益への責任ある態度によって、国際ルールにのっとった正確な情報の提供と国際義務の履行を求めていく」
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食品の問題を借りて、日本の原発問題への非難の論陣を張っているように見える。これはいまに始まったことではなく、2015年には国連で「日本は大量のプルトニウムを保有しており、核兵器の開発が可能である」と非難している。
中国に言われるのは面白くないところもあるが、高速増殖炉「もんじゅ」が廃炉になるなど、日本の核燃料サイクルにめどが立っておらず、大量の余剰プルトニウムの行く先についてまだ明確な答えが出せていないのは事実である。
「日本に行くと危ない」というデマ
また、福島第1原発の事故後の安全確保について、いまもメルトダウンした燃料棒の実態がわかっておらず、日本国民ですら、十分な信頼をおけていないのも本当のことだ。
最近では、原発内で高線量の放射線が検出されたことをもって、中国内では「日本に行くと危ない」というデマが流れて大騒ぎになった。その際も、中国政府は情報をあえて打ち消して国民を安心させるような行動はとっておらず、日本側の正確な情報発信がもとめられる事態になっている。
日本の福島第1原発の問題について、中国政府は明らかに国際的なネガティブキャンペーンを図ろうという狙いを持っているように感じる。
それは、外交的に安定感を見せる安倍政権にとって数少ないウィークポイントであるからだ。今後、原発をどのように使っていくのか、あるいは脱原発に舵を切るのか、日本のなかにはまだまだコンセンサスがなく、厳しく見解が対立している。
安倍政権は原発再稼働を推進している。しかし、福島第1原発の処理問題についてはまだメドが立っておらず、日本人の間にも不安は強い。
原発再稼働についても世論が割れている。日本の国内世論を2つに分断し、安倍政権を揺さぶる材料としては、原発問題はもってこいの材料である。
原発問題で中国は深刻な事故を起こしたことがなく、アジアには韓国や台湾など、福島の原発事故へ厳しい見方をする国も少なくない。
原子力政策や福島第1原発については、今後、中国の対応にケアしながら、隙を見せない対応が求められることになる。一朝一夕で解決しない問題も多いが、国際広報による適宜な反論や情報の開示などは、積極的に取り組める分野であろう。
野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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(2017年4月4日フォーサイトより転載)