「イクメン」という言葉がない国フィンランド―ミッコ・コイヴマー駐日フィンランド大使館参事官に聞く"世界一幸せな子育て"

2年半前、駐日フィンランド大使館の参事官として日本へ赴任してきたミッコ・コイヴマーさん。育児を積極的に手伝う父親を意味する「イクメン」という言葉を聞いて、驚いた。「フィンランドには、そういう特別な言葉はありませんでした。男性も育児をすることは普通なことなのです」。待機児童問題を抱え、仕事と育児の両立が難しい日本にとって、フィンランドで実践されている子育ては何かのヒントになるかもしれない。ミッコさんにインタビューした。
|
Open Image Modal
大河内禎

2年半前、駐日フィンランド大使館の参事官として日本へ赴任してきたミッコ・コイヴマーさん。育児を積極的に手伝う父親を意味する「イクメン」という言葉を聞いて、驚いた。「フィンランドには、そういう特別な言葉はありませんでした。男性も育児をすることは普通なことなのです」。待機児童問題を抱え、仕事と育児の両立が難しい日本にとって、フィンランドで実践されている子育ては何かのヒントになるかもしれない。ミッコさんにインタビューした。

■男女平等の歴史を持つフィンランド

ミッコさんは4歳の男の子と2歳の女の子、2人の父親。その1日はこんなふうだ。午前7時前に起床、食事の準備と子供たちの着替えを妻のエリサさんと手分けする。子供たちが保育園へ行く日は、お弁当も作る。子供たちが通う保育園では、保護者だけが見られるフェイスブックのページがあり、子供たちの様子が紹介されているので、仕事が山積みの日でもちょっとのぞく。仕事を終えて、午後5時には職場を出て帰宅。家族4人そろって夕食のテーブルを囲み、その日何があったかを話しあう。夕食後は、エリサさんが家事をしている間に子供と遊ぶ。この時間が一番の楽しみだそうだ。

Open Image Modal

フィンランドではミッコさんのように妻と協力して育児をする男性がとても多い。日本でもイクメンが注目を集める中、ミッコさんはフィンランドや育児に関するイベントに招待され、フィンランドの育児について講演する機会が増えていったという。昨年夏には、ミッコさんの子育てを本にしたいという出版社からのオファーがあり、5月に「フィンランド流 イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て」(かまくら春秋社)を出版した。

フィンランドではどうしてイクメンが多いのか。本書からミッコさんの考察を引用してみる。

1、父親は子どもと一緒にいたいと思っているから。今日のフィンランド社会はその考えを受け入れ、奨励さえしている。

2、国からの子育てに関する各種の手当を法律で保証された短い労働時間が、イクメンの存在を経済的および実質的に可能なものにしているから。

3、フィンランド人男性は男女は平等であると考えており、子育ての権利や責任についても公平に分かち合うべきだと考えているため。

フィンランドと日本にはさまざまな制度の違いがあるが、その根底にあるのは、まず男女平等に対する意識差のようだ。「フィンランドにおける男女平等の歴史は長いです。世界で3番目に女性が参政権を得た国であり、世界で最初の女性議員が誕生した国です。これまでに女性の首相が2人いましたし、2000年から2012年まで2期を務め上げたタルヤ・ハロネン元大統領も女性です。現在、国会議員も5割近くが女性。ただ、経済界はもう少し改善の余地がありますね。昨年、世界経済フォーラムによるジェンダーギャップが少ない国の調査で、フィンランドはEU圏内で1位になりましたが、そこで満足してはいません。いまだ経営陣に男性が多いですから、もっと男女平等を進めていくべきだと思っています」

■「待機児童」がいないのはなぜ?

一方、同じ調査で日本は101位と男女平等社会“後進国”だったが、その育児政策にも両国に大きな違いがある。フィンランドにはまず、日本で今、社会問題となっている待機児童が存在しない。

フィンランドでは第二次世界大戦後、日本同様、ベビーブームを迎えている。しかし、女性の社会進出の影で、ベビーブームが終わった1950年以降、急速に出生率が落ち込んだ。そこで、政府が打ち出したのは育児しながら働く女性への支援、特に未就学児の保育の整備だった。1973年に制定された保育法で、全国すみずみに行き渡る保育園のネットワークが構築されたという。

「職場に復帰するために、子供を預けようと思ったら、たとえ最寄りの保育園が満杯でも、近場の保育園には入れます。地方自治体だけでなく、民間企業による保育園もありますが、政府からの支援があるので、保育料に違いはありません。保育の質も同じだと思います」

政府の子育て支援はこれだけではない。赤ちゃんを持つ父親と母親を支えているのが、1986年からスタートした「家庭保育給付金」だ。

「フィンランドでは、保育園に通い始める年齢は2、3歳です。それまでは家庭で育てたいという両親が多く、満3歳までは平均で月800ユーロ(約10万円)が支払われる家庭保育給付金制度を利用しています。国にとっては決して安くありませんが、こういうオプションがあったら、子供も増えてゆくかもしれません」

日本でも安倍内閣が少子化対策として「育休3年」を打ち出しているが、「3年も休んで職場復帰できるのか」という不安の声も寄せられている。しかし、フィンランドでは、1985年の労働契約法により、母親は子供が3歳になるまで産前の職が保証されているほか、給料の7割程度が支払われる両親休暇や父親休暇など、父親も積極的に育児休暇が取りやすい制度が用意されている。イクメンが特殊ではない理由は、父親に対するサポートの手厚さにあるようだ。

■経済的な理由は子育ての問題にならない

日本では、少子化の原因に晩婚化があるといわれている。平均初婚年齢は、夫が30.5歳、妻が28.8歳(2010年「子ども・子育て白書」)だが、実はフィンランドの平均初婚年齢は男性32.6歳と女性30.3歳(2010年)とさらに高い。

「フィンランドでも初婚年齢や最初の出産年齢は以前より上がっています。その理由として、今の若い人たちは子供が欲しいと思っても、仕事やキャリアを積むのに忙しいのです。子育てできる環境を整えるために晩婚化が進んでいるといわれています」

しかし、出生率は日本の1.39に比べて、フィンランドは1.83と上回っている。晩婚化でも出生率が上向く背景はどこにあるのだろうか。

「フィンランドの場合、子供を産んで育てる上で経済的な問題は妨げになりません。日本では2人目の子供を育てる費用をどうしたらいいのだろうかと考えてしまう人が多いようですが、フィンランドでは医療や教育の手厚い支援があります。小学校から大学まで教育費は無料で、誰でも平等に教育を受けられるよう保証されています。フィンランドは日本と同じく、資源の少ない国なので、自分たちの脳こそ最大の資源と考えます。だからこそ、子供の教育に力を入れているのです」

■大阪でタクシーを飛ばしてオムツを探す

ミッコさんは学生の時に日本へ留学した経験があり、15年にわたり勉強や仕事で日本と関わってきた。子連れで日本を歩いていて、驚くことが時々ある。

「大阪出張中、家族を同伴していたのですが、オムツがなくなっていることに気づきました。あわてて街で買おうと思ったのですが、なかなかお店が見つからない。仕方なく、タクシーを飛ばして赤ちゃんグッズの売っている専門店に行きました」と笑う。

「フィンランドでは、住宅があまりないビジネス街でも、10分も歩けば売店でオムツが売られています。渋谷の交差点に行くと、ベビーカーがまったく見られないことに驚きます。人口密度の違いなのか、考え方の違いなのかわかりませんが、フィンランドでは赤ちゃんはどこにでもいます。どこに連れて行っても大丈夫なのです」

日本では、ベビーカー連れの親が交通機関を使ったり、公共の場に出かけたりすることに対し、議論がよく起きている。しかし、フィンランドでは、ベビーカーで地下鉄やトラム、バスなどを利用することにストレスはないという。「もちろん、子供がいるだけでうるさいと考える人もいますが、多くのフィンランド人は気にしません。子供は社会の一員です。子供がいなければ、その社会もなくなってしまいますから」

日本でも、すぐにでも参考にできそうな国フィンランドの政策やサービス。最後に、イクメン参事官に「子育ては楽しいですか?」とたずねてみた。

「とても大変です。自分の自由時間は、ほどんどないです。でもその代わりに日々、成長して学んでゆく子供を愛することは、とても楽しいです。子育ては大変な仕事ですが、代わりはありません。最高です」