日本の標準時を2時間早める――。5月に開催された政府の産業競争力会議で猪瀬直樹・東京都知事がぶち上げた提案が話題を呼んだ。
時間を早めるといえば、何年も前から検討されている「サマータイム」が思い浮かぶが、こちらは夏季の一定期間限定だ。標準時そのものを変更するとなれば、1年間ずっと2時間早まることになる。もし、導入されることになれば、冬場の通勤・通学のラッシュ時などは、まだ暗い時間となるだろう。
猪瀬知事の狙いの一つは、金融市場の活性化だという。標準時を2時間早めると、香港やシンガポールとの時差は3時間に広がり、東京の株式市場は東アジアで一番早く開かれることになる。これに対応するために、外資系の金融機関が日本に拠点を移すというのだ。また、夏場は午後9時半ごろまで明るくなるため、消費活動の促進も見込まれるという。
はたして、日本の標準時を2時間前倒しにすることは、制度的には可能なのか。日本の標準時を通報している情報通信研究機構広報部の廣田幸子さんに話を聞いた。
●日本の「標準時を定める法律」は明治時代に制定されたまま
「最初に、『標準時とは何か』から説明します。各国の標準時は、原子時計によって算出される『協定世界時(UTC)』が基準になっています。
UTCは経度0度(グリニッジを通る子午線)を起点としています。東経135度の前後にある日本は、それより9時間早い値(UTC+9)を標準時としており、一般の生活の中でもこの時刻が使われています」
ただ、これは日本の法律で決まった値ではないという。どういうことか。
「標準時は明治19年の勅令で、東経135度の時刻になりました。この当時は、世界的に『イギリスのグリニッジ天文台との経度差』によって時刻が決められていました。
この勅令は無効とはされていませんが、現在使われている「原子時」は、算出方法も根拠も全く違います。ところが新たな法律はできておらず、国際的な現状に対応していないと言えるかもしれません」
●自国の標準時変更に、国際制限はない
しかし、標準時を変更するためには、なんらかの手続きは必要そうだ。では、国際的にはどうなのだろうか。
「実は、自国内でどんな時刻を採用するのかはその国の自由です。国際協定で決めている協定世界時そのものを変えるのではありません。実際に変更した国もあります」
周囲を驚かせた猪瀬都知事の提案は、どうやら決して実現不可能というわけではないようだ。それでは、もし標準時変更が実現したら、混乱は生じないのだろうか。この点については、同機構時空標準研究室の花土ゆう子室長が答えてくれた。
「もし本当に標準時の前倒しが実現すれば、私どもが変更後の時刻の計算・通報を開始します。時報やテレビの時刻表示などはそれにあわせて変わります。
ただ、電波時計やPCなど自動同期で時刻を調整するツールを使っているひとは、その利用されている環境によっては、個別に設定する必要が生じる場合もありますので、注意が必要となります」
なるほど、時刻変更作業そのものや、その告知については、専門家がきっちり行う体制はあるようだ。ただ、それが社会全体に与える影響については、そう簡単に断言できるとは思えない。はたして標準時変更は、本当に経済やエネルギー、移動の効率化につながるのか。実際に検討するときは、ぜひあらゆる側面から多角的に、くれぐれも慎重に議論してほしい。いやいや、決して筆者が早起きしたくないというだけじゃないですよ。
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