幸せってなんだっけ。
どんな場所なら、どんな生活が送れたら、幸せを感じるだろう。
幸せの実感を高めるために、行政ができることは何なのか。
そんな問いを柱に仕事をする課が、富山県庁にあります。富山県成長戦略室ウェルビーイング推進課。2022年4月に発足しました。
「ウェルビーイングを基準にすれば、縦割り行政の壁も越えられる」と課長の牧山貴英さんは意気込みます。
でも、いったいどうやって? ウェルビーイングを推進するって、どんなこと?
ウェルビーイングを紐解き、現状を知る
──ウェルビーイング推進課は、何をしているのですか
幸せを感じられる、魅力的な場所に人は集まる。人の出入りが活発であれば、新たな知見や価値が生まれる。そんな「ウェルビーイング先進地域」を、富山県は目指しています。自分らしく生きられる、ひとりひとりが実感できる幸せを「ウェルビーイング」と捉え、その向上を目指している──といっても、なんだか抽象的ですよね。
実際、2022年の県政世論調査で「ウェルビーイングという言葉も意味も知っている」と答えた人の割合は、11.9%でした。
推進課では、ウェルビーイングを紐解くことから始めました。ウェルビーイングの研究は近年進んでいて、ウェルビーイングには共通した要素があり、それらが複合的にウェルビーイングを形づくることが知られています。推進課では、さまざまな文献にあたって、ウェルビーイングを構成する要素について仮説を立てました。県民の皆さんのウェルビーイングの現状を知るために、そうした要素と関わる質問をつくり、ウェルビーイング県民意識調査を行った。調査結果を分析し、学識者から助言を頂くなどして構成要素を捉え直し、10の要素からなる富山県ウェルビーイング指標を作成しました。
その人が感じる、過去・現在・未来のウェルビーイングなどを捉える「総合指標」、ウェルビーイングを7つの側面から捉える「なないろ指標」、周囲とのつながりを捉える「つながり指標」に分けて、それぞれを数値化。指標によってひとりひとりのウェルビーイングを「見える化」し、そこからわかる県民のニーズを施策に生かすのが目的です。
皆さんが親しみやすいよう花の形にして、実感を尋ねる47の質問を通して、ウェブ上でセルフチェックができるようにしています。
2回目のウェルビーイング県民意識調査を7〜8月にかけて行い、15歳以上2700人から回答を得て、10月2日に速報値を公表しました。
幸福度ランキング、4位と39位のギャップ
──どうやって施策に生かすのですか
2022年に発表された、民間の調査による2つの幸福度ランキングで、富山県は大きく評価が分かれる結果になりました。「一人当たり県民所得」や「持ち家比率」など、客観的な指標から導き出した幸福度は全国4位。各都道府県の住民500人ずつに「幸せですか」と尋ねたインターネット調査の結果は39位です。このギャップは何なのか。
行政側はこれまで思い込みで「こうであれば県民は幸せ」と考えていたのかもしれません。
ウェルビーイング指標によって、私たちはリアルな県民の実感に近づくことができました。
若い世代では「地域の中に前向きになれる場所がある」「地域の人が意見や価値観を尊重してくれる」という「つながり」の実感が相対的に低かった。このため来年度は「若者・子どもを取り巻くつながり実感の充実」を政策の柱として、若者がチャレンジできる場づくりや、年代間の相互理解を促す取り組みを行います。
地方では少子高齢化と人口減少が進み、就職や進学で若い世代が出ていきます。富山県では、女性の転出が多い。女性管理職の割合も、全国で44位と低い。
女性が働きやすい、魅力的な仕事場をつくるという点で、新たな産業の創出やスタートアップ支援などを計画していますが、大切なのは、富山県で暮らすことで、自分らしくウェルビーイングに生きられるのかということ。
性別や年代だけでなく、アンコンシャス・バイアスがある場所では生きづらいし、多様性を尊重されない場所で働きたいとは思わないでしょう。指標からしっかりと課題の種を見つけて、改善していきたいと思っています。
ウェルビーイングの視点で捉え直せば、従来の施策についても、これまでとは違うアプローチが可能です。
例えばスポーツ振興。ウェルビーイングの構成要素「自分時間の充実」「生きがい・希望」「つながり」の視点でみれば、健康増進を主眼としたスポーツ大会の開催ではもったいない。初心者が参加しやすいオープンなものにする、類似競技との横のつながりを作るなど、もっと広がりを持った形も考えられる。
教育委員会が行なっている読書会は、「つながり」の視点を加えれば、厚生部が担う孤独対策と連携できるかもしれない。
それぞれの担当職員が、県民のウェルビーイング向上を第一に考え、想像力をもって施策を実行していくことは、職員自身のやりがいにもつながるはずです。
県政のリソースである人材も財政も、これからは細っていくので、部をまたぐ横の連携はますます必要になってきます。
庁内の部局を出発点にすると、役所の理論で仕事が出来上がってしまいますが、政策を届ける相手は誰だっけ、何のためだっけ、と素直に考えたら、縦割り行政の壁を越えて、これまでと違うパッケージングができます。
人ごとではないウェルビーイング実感が、多様性のある社会をつくる
──まずはウェルビーイングの認知度を上げたいですね
県が何かやっているな、ではなくて、県民の皆さんに、ウェルビーイングを自分ごととして捉えてもらえるように、広げていきたい。
ウェルビーイング指標のような体系的なものをつくるにあたっては、外部のコンサルタントにお願いする方が一般的かもしれません。でも、富山県民の主観的なウェルビーイングを普及していくのに、借り物では伝わらない。私たち自身が自分ごととして考えよう、県庁職員のマインドセットから始めよう、と課のメンバーで積み上げました。これで完成だ、とは思っておらず、県民の皆さんのご意見を聞きながら、一緒により良い指標をつくっていければ、と考えています。
自分のウェルビーイングってなんだろう、と見つめることから翻って、目の前の人のウェルビーイングは何だろう、と考える。そんな人が増えれば、みんなにとって居心地のいい世の中になるんじゃないかな、という気がしています。
遠慮し合うんじゃなくて、お互いに寛容性を持って、違いを認め合いながら、多様性を尊重して生きることができる。富山県がそんな地域になっていけたら、とてもウェルビーイングですよね。
(取材・文=川村直子/ハフポスト日本版)