性的な話題のネタにされ、“枕営業”断ると冷遇…。映画界の性被害の深刻な実態に「多くは違法行為」と専門家

685人が答えた映画界の労働実態調査。加害者は、監督、プロデューサー、先輩・同僚のスタッフなどで、地位や関係性を利用した行為も多くみられる。

「レッスン時に胸を触られ、胸の上までシャツをまくられた」

「大勢の男性スタッフがいる前で『お前は処女か?』などと質問されました」

「性暴力やセクハラや枕(営業)の誘いを断ると冷遇される」

これらは日本の映画界で働く人たちが実際に体験したハラスメントや性被害のほんの一例にすぎない。

労働事件などを扱う弁護士によると、映画業界で横行するハラスメントや性加害行為の多くは、違法行為として法的に損害賠償請求などができる案件だという。

しかしながら、実際には泣き寝入りせざるを得ないケースも少なくない。その背景にある構造的な問題とは何か。労働実態を把握するための調査及び専門家の分析・提言をもとに読み解く。

 

女性の回答者は「40歳以上」や「就業経験10年以上」が極端に少ない

映画界のジェンダーギャップや労働環境の改善に取り組む一般社団法人「Japanese Film Project」(以下、JFP)は3月13日、「日本映画業界における労働実態調査2022- 2023」のアンケート結果を公表した。

冒頭であげた訴えは、この調査の自由記述欄に寄せられた被害の一例だ。回答者685人から上がった事例の中には、性行為の強要や「殴る」などの暴力行為も含まれており、ハラスメント被害の深刻な実態が浮かび上がった。JFPがインターネット上で公表した資料では、弁護士や臨床心理士など専門家による見解や分析、被害を届け出られる相談窓口なども紹介されている。

回答者685人のうち、女性は38%、男性は57%、「回答しない」は5%だった。そのうち年齢や就業年数を見てみると、女性は「40歳以上」や「就業経験10年以上」が極端に少なく、それとは対照的に、男性は「40歳以上」や「就業経験10年以上」が多い結果となった。

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JFPの調査に回答を寄せた性別・年齢の傾向
Japanese Film Project提供

ジェンダーバランスに大きな偏りが見られるこの結果から推測できるのは、男性中心的であり、女性がキャリアを築くのが難しい映画界の現状だ。

アンケートでは、ハラスメントや性被害について「沢山ありすぎる」「多すぎて書けない」といった意見が複数あったこと、また、「学生の映画科にもレイプ文化がある」など学びの場でも性加害が起きているという声もあり、業界全体に深く根付いた問題であることが伺える。

 

被害を訴えたとしても対応や支援に繋がりづらい

本調査に寄せられた回答では、性行為の強要などを行った加害者は、監督、プロデューサー、先輩・同僚のスタッフなどで、地位や関係性を利用した行為も多くみられる。

被害の実例は次の通りだ(「」内は、同調査の回答から抜粋)。

▼性的な関係を強要された

「ロケハンと称し街を連れ回され、挙句電車が無くなりホテルに連れ込まれ性被害を受けた」

▼不必要な身体的接触等

「レッスン時に胸を触られ、胸の上までシャツをまくられた」

「酔っ払ったプロデューサー本人に、体を触られ、関係を迫られた。拒否しても強引に迫られた」

「飲み会に呼び出され年配のスタッフの隣に座らされ体をずっと触られる」

▼卑猥な画像・動画等をわざと見せたり聞かせたりされた

「AV動画を見せられた」

▼性的な発言、暴言

「大勢の男性スタッフがいる前で『お前は処女か?』などと質問されました」

「この仕事に女は要らない」「デブ」「ブス」「おばちゃん」などの性差別発言や暴言 

中には「上司が見ていたが笑って何もしなかった」「相談したが対応してもらえなかった」とのコメントもあり、被害を訴えたとしても対応や支援に繋がりづらい実態も浮かび上がった。

この調査の法的観点からの分析を担当した、労働事件に取り組む弁護士の新村響子さんと上田貴子さんは、上記のような行為は「いずれも悪質なセクハラ行為であり、社会的通念上許容される限度を超える違法行為」だと指摘する。

しかしながら実際には、行為者が監督やプロデューサーなどの権力者であり、仕事を得るため・続けるために拒否したり告発したりできなかった、といったケースも多いという。両弁護士は、「ハラスメント防止について学ぶ機会を業界全体で設ける工夫や、被害者が安心して相談できる救済機関の設立が求められる」との見解を示している。

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JFPの調査に寄せられた性被害に関するコメント
Japanese Film Project提供

性的な撮影や「枕営業」の強要も

俳優からあがった被害の中には、ベッドシーンなど性的な撮影の強制や、いわゆる「枕営業」を強要されたというケースもあった。

▼性的な場面の強要

「撮影日当日聞いていない危険撮影を行い、ベットシーンについてもフルヌードを了承したんだからと前貼り等用意されず、説明もなく無防備な状態で撮影が強制的に行われた」

「台本のト書には具体的な動きが書かれておらず、想像したより過激なシーンで、当時24歳の私は震えてしまいました。若い助監督が一人気を遣ってくれましたが、あとのスタッフは誰もケアする様子はありませんでした。その現場は、ノーギャラでした」

▼枕営業の強要

「地方ロケでセックス強制があり、事務所のマネージャーにSOSを出したら、すぐ現場に来て目を光らせてくれたが、『でもそういうことをやってのし上がるチャンスを掴むことも否定はしない』などと言われ『私は嫌です』と答えて以降事務所からは冷遇中」(※)

命の危険を感じるような撮影や、事前に同意していないベッドシーンについては、本来は応じる義務はなく、強要された場合には不法行為や契約違反(債務不履行)により損害賠償を請求できる可能性があるという。

しかし、俳優が撮影現場で制作側に対し「NO」と言うのは立場的に困難な場合もあることから、新村さんと上田さんは「ヌードシーンやセックスシーンを撮影する場合には、事前に詳細を明示・合意する契約書を作成すべきであろう」と提言する。

また、「枕営業」の強要も不法行為であり損害賠償請求の対象となる。さらに、上記の(※)のケースでは、事務所側が枕営業を肯定するような対応をとったり、断った俳優を冷遇したりすることも問題であると、新村さんと上田さんは指摘。フリーランスや業務委託契約の俳優が性被害に遭っている場合をふまえ、「個人事業主のハラスメント被害に対する規制や保護を規定した立法が必要」だとした。 

そのほかにも、「殴るといった行為」「無視する」「辞めろといった暴言」「個人に対するいじめのような指摘・ダメ出し」などのパワハラ被害の実例も寄せられた。

 

「男性から問題が見えにくい」傾向

本調査で寄せられた性被害やハラスメントの実態を分析した臨床心理士の斎藤梓さん(目白大学心理学部准教授)は、性別や年代によってその内容が異なる傾向があったと結論づけている。

女性は、自分、あるいは近しい友人・同僚の被害に関して、具体的かつ詳細な記述が多かった。特に10〜30代女性の回答では、「プロデューサーは監督と同様にセクハラをする存在、あるいは相談したけれど助けてくれなかった存在」「男性スタッフは、直接加害に加わっていないものの、 女性スタッフが性的言動に晒されている場で加害者の側に立つ、ハラスメントを強化する傍観者」として語られる傾向にあった。

一方で、男性は自身の体験ではなく、見聞きした話の記述が目立った。自分ごとだと捉える人がいる一方で、中には、被害を疑う記述や、40代以上になると「今は行われていない」といった記述が見られ、他人事、 あるいは「昔のことだという感覚」が垣間見えたという。

これらのことから、斎藤さんは「男性の多い業界であるために男性から問題が見えにくくなっていること、年齢が上がると地位が上がり、やはり問題が見えにくくなることなども関わる可能性がある」と分析している。

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JFPの調査から見えてきたこと
Japanese Film Project提供

ガイドラインは4月から施行予定。しかし懸念も

アンケートでは、ハラスメントや性加害のほかにも、過酷かつ不当な労働条件や低賃金、多くの制作現場で契約書・発注書が交わされていない現状の改善を求める声も多く、これらの問題は繋がっているとの意見もあった。

日本映画製作者連盟(映連)ら業界団体は、映画製作者(製作委員会)・制作会社・フリーランスの3者間で対等な関係を築き、労働環境を改善するために、経済産業省と連携し、映画制作適正化機構(映適)を設立。労働時間やハラスメント対策、契約内容、予算などに関するガイドラインを検討しており、JFPによると3月末の公表、4月の施行を予定している。

JFPも映適に賛同する一方で、今回の調査からは映適自体の認知度が低いことが浮き彫りとなった。また、映適に関わる業界団体に加入している女性や若手のスタッフが少ないことから、そうした立場の人の声が十分に反映されないまま制度設計や運用が進むことに、JFPは懸念の姿勢を示している。

今回の調査は、これまで不透明だった現場の人々の声を可視化し、改善に向けた提言に繋げることを目的に行われた。回答では、今後も「インボイス制度による変化」「女性スタッフの働き方」「現場スタッフの働き方の視察」などの他の調査を求める声も多かったという。JFPは今後も専門家の分析を交えながら調査活動を続けていく考えだ。