「電力がなかった17世紀とかの視点で今の時代を見るべきだと思う。こんなに小さな光でも嬉しく感じます」
電源のない「オフグリッド」な環境で電気を生み出す研究をしているのがトライポッド・デザイン株式会社の中川聰さんだ。7億人以上いるとみられている世界で電気がない生活をしている人々に電気を届けようと、あらゆるものから電気を生み出す技術「超小集電」の研究を進めている。「超小集電」が生み出す微小な電気で、世界の大きな社会課題解決に挑む。
パン、ワイン、コンポスト、あらゆるものから生まれるエコ電気
2023年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大規模のテクノロジー見本市CESの会場では、「超小集電」の技術が注目を集めていた。パンに電極が刺さり、その先のLEDライトが光っている。確かにパンから電気が発生しているようだ。
中川さんは、ワインや消臭剤のほか、ラスベガスで調達したコンポスト(生ごみを堆肥に変えたもの)からも、電気を生み出すことを披露した。「超小集電」技術は食べ物や水だけでなく、食物残渣や産業廃棄物なども媒体として電気を集めることができ、二酸化炭素を発生させないので、環境負荷軽減やカーボンニュートラルの実現にもつながるエコなテクノロジーだ。また、天候や時間帯に左右されず継続的に得ることができるため、サステナブルなエネルギーとしても、国内外の企業や大学、研究機関からも注目を集めている。
実験マニアが見つけた小さな希望の灯り
ニューヨークとアジアを中心に、デザイン・コンサルタントとして企業の製品企画やデザイン開発に携わり、東京大学院の特任教授などを歴任した中川さん。小さな頃から実験好きだった。特に環境系に興味があり、釣りをしていても、川はなぜ水を浄化しているのか、という疑問が浮かび、生態系全体を見直していく。海洋プラスチックが問題になったときは自ら海に行って調査をした。
「不安なところ、不確実なところを放置できない性格。不確実なところが面白い。不確実を追いかけていくと新しいものに出会う可能性があります」
自他共に認める実験マニアの中川さんは、2016年から、身近な暮らしの中でIOT技術を支援できる電力源として微生物燃料電池に注目し、発電技術について研究を進めていた。2019年に、海洋中の微生物を研究する中で、海水も電力源となっていることを偶然発見した。
「電気工学をやっている人達は、電極を水に入れようとしない。ショートするイメージがあるから。でも、普通の水道水からでも電気が取れます」
実験マニアにセオリーはない。ただ貪欲に疑問に向き合い実験を繰り返す中で、海水から電気が取れていることを発見できたが、原因はわからない。「なぜ、電気が集められたのか」偶然現れた現象の原因究明に没頭している中川さんは、周りから止められることもあった。それでも「自分だけは味方になろう」と思い、何度も海や川で実験を繰り返した。世界中のどこでも電気を集めることができる「超小集電」技術は、偶然出会った小さな灯りへの希望を捨てなかった中川さんの執念とも言える好奇心から生まれたものだった。
「ある一つのことにこだわってコツコツやっているとたまに天使が微笑む。微笑んでくれたのを見逃さないのが大事。僕はそれだけは見逃さないんです」
超小集電は暮らしへも
超小集電はボルタ電池の発想を基盤としており、2つの異なる種類の材料の電極を使用し、マイナス局で発生する電気が電解質を介してプラス局に移動することで、微小な電気を発生させている。この電気を集電回路で集めることで使える電気に変えている。
スキンセンサーやウェアラブルデバイスの研究をしている東京大学工学部の横田知之准教授は、従来ならかなり水分がある状況での発電が一般的だったが、「超小集電」は、微小な水分量で発電できるのが新しい、と話す。
「目の付け所がいい。畑などの土は広大な面積がありますし、少しずつでも電力を集めれば非常に大きくなります。建物のコンクリートや周りにあるものから電気を取るのは画期的な技術になるかもしれない」
一方で、「超小集電」は太陽光発電などよりも効率が悪く、発電量が少ないため、どの程度の発電量が安定して取れるのか証明する必要がある、とも指摘する。「超小集電」で得られた微小な電気が、使える電気になるには、より大きな電流を得るための昇圧技術や蓄電技術の進化も必要になってくる。
2022年、「超小集電」で得られた電力を生活でも使おうと、中川さんは生活の中でのエネルギー供給の基準電圧である100Vを出す実験を行った。また、その後、茨城県で行なった実証実験では、建物の光の常時点灯にも成功した。
社会問題解決に挑む未来のエネルギー
中川さんが今進めているのは「超小集電」技術を使った社会問題解決だ。最近ではコンポストから電気を集めることにも成功しており、大きさは2.5cm角、厚さ0.6mmほどの絆創膏サイズに小型化することもできている。これによって、より大量の電気を集めることが期待できるうえ、社会問題になっている食物残渣などの廃棄物の有効活用にも繋がる。
また、電源がない自然界でも、電力自立型のセンサーを使えることで、防災での活用の可能性もある。早期発見が重要と言われている水害では、源流や上流の増水などをリアルタイムで収集することができる。また、気候変動で世界中で多発している森林火災においても電力自立型の火災センサーを山中に点在させておくことで、火災の早期発見や消火対策に貢献できるという。さまざまな社会問題への解決に挑む「超小集電」。実験マニアが真摯に向かい続けた小さな電力は、人々の生活に大きく貢献する未来のエネルギーとなるかもしれない。
「こんなことできるんだというところを見せることで、何かを頑張って新しいことやってみようって次の世代の人が感じると面白いです」