第99回東京箱根間往復大学駅伝競走(通称:箱根駅伝)は2023年1月3日、復路のレースを迎える。青山学院大学は大会連覇を目指し、往路3位から逆転での総合優勝へ向けて東京・大手町を目指す。
青山学院の駅伝チームは2015年から18年まで箱根駅伝4連覇を成し遂げた経験のある名門。チームを率いる原晋監督は2004年4月から監督に就任し、今年で就任20年目を迎える。
今年のレースは「ピース大作戦」で戦っている。すっかり毎年恒例となったこの「◯◯大作戦」からも見て取れるように、原監督は自身が「言葉」を持つことを大切にし、また学生にも「言葉」を持たせることを強く意識しているという。
2022年11月に『「挫折」というチカラ 人は折れたら折れただけ強くなる』 を上梓した。原監督はなぜ「言葉」にこだわり、大切にするのか。その意図を聞いた。
そもそも「◯◯大作戦」いつから?
青山学院の“名物”と言っても過言ではない、「◯◯大作戦」。そもそも、いつから始まったのかご存じだろうか。作戦を始めた経緯について、原監督は次のように話す。
箱根駅伝は毎年12月10日に大きな記者会見があります。そのときに、日本の学生スポーツ界最高峰の大会にふさわしいメディアの皆さんが大勢集まってくれるわけです。
それにもかかわらず、取材を受ける大学側の監督や学生から大会を盛り上げようとするような言葉を聞くことがほとんどなかった。箱根路という大きな舞台でレースができて、注目されてニュースとして報道されるのに「なんでかな?」って思ったんですよ。
恵まれた環境にいるのに、私たちに注目をしてもらうための「言葉」を誰も持っていないなと。そこで、博打かもしれないけど「これは一発、おもろいことやらんといけんな」と勝手に思ったのが始まりでした。
2015年の箱根駅伝でチームは初優勝。2014年末に発表した「ワクワク大作戦」は、優勝を掴んだことでお茶の間にも広がり、「青山学院=駅伝」のイメージをより強くした。原監督は当時についてこう語る。
大々的に広がったのは、やはり2015年に初めて優勝した時。当時を振り返ると、本当にもう“ワクワク”していましたから。「早くレースの日が来てほしい。これ...優勝するぞ」と。2014年11月ぐらいから思っていました。世間に知られるようになったのは、明らかにこの時の「ワクワク大作戦」からですね。
実は、チームとしてあんまり有名じゃなくて、まだ弱かった頃は記者発表の場では言ってなかったんです。囲み取材の時に「今年はマジンガーZ大作戦で行く」とか言ってましたけど、注目されていなかったんですよね(笑)そのことを考えると、今はありがたいです。
学生駅伝全体を盛り上げたい、チームに注目してほしい──。そのためにまず、チームを率いる監督として、自分が「言葉」を持つこと。それを大切にする姿勢が「◯◯大作戦」にも込められているに違いない。
「スポーツマンシップにのっとり〜」はNG。学生に言葉を持たせる意味
箱根駅伝では総合優勝したチームのメンバーが翌日のテレビ番組に出演するのが恒例だ。
2015年以降、6回の優勝を経験した青山学院。テレビ出演した選手たちを見ていると、放送の中で「自分の好きなもの」や自身のパーソナリティについて、自分の言葉で上手く伝えられているという印象を抱く。監督はそんな学生たちをどうみてるのだろうか。
そういう「文化」がチームに浸透してるなと思いますよね。台本が無くても、みんなが自由に話せますから。やはりそれは、日頃から監督が学生に言葉を持たせることに否定的だったら、そうならないはずです。
どんな時も、考えや意思を「自分の言葉」で発信するようにと伝えています。例えば、先日の出雲駅伝の開会式の選手宣誓も、あえて「おもろいことを言ってくれよ」と送り出しました。「スポーツマンシップにのっとり〜」みたいな、当たり障りのない話や“テンプレ”はやめようと。
「ハードルが高い」と思われてしまいそうですが、本当の意味での“面白い話”というのは求めていないんですよ。例えば、今はまだコロナ禍が続いている。だからこそ、「時代のキーワード」を何か1つ入れてみるのでもいい。陸上部員も陸上だけやっていればいいわけじゃないし、立派な「社会の構成員」ですから。だからこそ、しっかりと考えた上で、自分の言葉で宣誓をしてきなさいとアドバイスをしています。
青学の駅伝チームでは、ミーティングなどで原監督が選手に社会問題に対する意見や考えを問うことも少なくないという。「ウクライナ侵攻についてどう思う?」「北朝鮮がミサイルを日本に向けて打つことの狙いはなんだと思う?」といった具合にだ。
学生に「問い」を投げかける意図について、原監督はこのように話す。
言われたことを素直に「はい、はい」と聞く子(聞ける子)は「悪い子」とは言わないけども、決して「良い子」とはもう言わないんじゃないかと、個人的には思っています。私は自分の中での“良い子の定義”を変えましたし、今後も変えていきたいんです。
今までは、大人や指導者に言われたことを素直に聞くのが「良い子」で、自分の意見を伝えたり、主義・主張を並べ立てたり反論したりする子は「理屈っぽい子」とか「生意気な子」とか、そういう様な見方をされがちでした。でも、そうじゃない。
「自分はこう思う、こうしたい」と自分の言葉を持って相手に伝えられる、そういう人が「良い子」なのではないかなと思っています。青学の駅伝チームに入りたいと思っている学生も増えてきたと思いますが、ぜひ、自分の言葉で人に考えをきちんと伝えられる人に入ってきてほしいと思います。
原監督が考える「体罰」がなくならない理由
自らが言葉を持ち、学生にも積極的に言葉を持たせることにこだわる原監督。部活動などの学生スポーツでは「体罰」の問題が度々報じられるが、体罰が横行してしまう理由にも言葉の影響があると考えているという。
指導者が「言葉」を持っていない。また、学生にも「言葉」を持たせてない。その中で、次なる“武器”といえば「暴力」なんですよ。せっかく言葉を持ってる人間なんだから、人に物事を伝える時に言葉で伝えていけば相手も理解してくれるんだと思うんですけど、「言葉で伝える」ということは時間もかかるしエネルギーもいる。当たり前ですが、自分自身でも言葉を勉強しなきゃいけないんです。
でも、その重要なプロセスを省略しているから暴力をふるう。暴力をふるう人は自分自身の感情を抑えられないという面もあるけれど、言葉をきちんと持ってないんだと思うんですよね。手っ取り早く“指導ができる術”の1つが「体罰」になってしまうわけです。だから、体罰がなくならないと思うんです。
指導者と学生が「支配する側」と「支配される側」という関係になってはダメ。だからこそ、学生に「言葉」を持たせることがとても重要なんです。学生が自身の考えや言葉を持たなくなってしまうと、それは最悪です。
話が飛躍しますけれど、「戦争がなんで起こるか」って言ったら、最初は双方で話し合いが行われる。だけども、利害関係などが絡み合って折り合いがつかない場合に、次に相手の「力」を見るわけですよね。相手が弱かったら、暴力で押さえつけてしまうわけです。
今回のロシアによるウクライナ侵攻を見ても、言葉を持つことや対話することの大切さを改めて感じています。指導者が言葉を持つことで、体罰は減っていくと思います。
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原監督は言う。「学生駅伝を終えたら、プロランナーになる選手以外は皆、就職して社会に出ていきます。その時に、駅伝のことしか分からないと苦労する。社会で自分の意思を持って生きていくためには言葉で伝えることが大事なんです」。
今年で就任20年目を迎える原監督。この言葉に、選手への「親心」を垣間見た。
(取材/文:小笠原 遥)
【書籍内容】
『「挫折」というチカラ 人は折れたら折れただけ強くなる(マガジンハウス新書)』
著書:原晋(青山学院大学陸上部監督)
発売日:2022年11月24日
価格:1,100円(税込)
出版社:株式会社マガジンハウス