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携帯の画面に書かれた、「そのほくろ、がんかもしれません」というメッセージ。
アイスホッケーファンの機転を利かせた行動が、チームスタッフの命を救い、話題になっている。
ガラス越しに「がんの可能性があります」
客席から「がんかも」というメッセージを送られたのは、北米アイスホッケーリーグ(NHL)バンクーバー・カナックスでアシスタント備品マネージャーをしているブライアン・“レッド”・ハミルトンさん。
NHLによると、ハミルトンさんは10月23日に開催されたシアトル・クラーケンとの試合で、カナックスのベンチ裏に座っていたクラーケンのファンの1人が、携帯でメッセージを伝えようとしているのに気がついた。
ガラス越しに見せられた携帯の画面に書かれていたのは「あなたの首の後ろにあるほくろは、がんの可能性があります。病院で診てもらってください!」という文章。読みやすいように、大きな文字で書かれていた。
ハミルトンさんはメッセージを見たものの、深刻に受け止めず、肩をすくめてそのまま歩き去ったという。その時のことを「注意を向けるべきだと思わなかった」と振り返る。
それでも、翌日自宅に戻って妻にほくろを見てもらうと、妻は「変な形をしている」と答えた。
さらにチームの医師にも診てもらい、数日後に手術で取り除いてもらうことに。そして切除したほくろを調べた結果、悪性黒色腫(メラノーマ)だったことがわかった。
幸いにもメラノーマはステージ2で転移していなかったが、医師から「あと数年放置していたら危険だった」と言われたという。
チームのSNSで命の恩人探し
あの時、クラーケンのファンがほくろに気づいてくれなかったら、自分の命は助からなかった。なんとか感謝を伝えたい――。
そう思ったハミルトンさんはクラーケンとの試合が予定されていた1月1日、カナックスのSNSを使って、命の恩人探しを手伝って欲しいと呼びかけた。
投稿の中で、ハミルトンさんは「10月23日に、あなたが携帯電話で見せてくれたメッセージは、私と私の家族の心に永遠に刻み込まれるでしょう。あなたの直感は正しかった。私の首の後ろにあったほくろはメラノーマで、あなたの粘り強さと医師たちの迅速な対応のおかげで、取り除くことができました」と感謝をつづっている。
このメッセージを、チームが「ホッケーファンの皆さんの助けが必要です!RTで広げて、レッドを彼のヒーローと再会させてあげてください」とツイートすると、投稿はすぐに拡散。
クラーケンのFacebookファンページでもシェアされ、あの「がんかも」というメッセージを見せた本人であるナディア・ポポヴィッチさんの母親の目にとまった。
母親は「これは私の娘です!」と投稿し、シーズンチケットで訪れた試合で、娘がほくろに気づいて、携帯でガラス越しにメッセージを見せたと説明した。
一方、ポポヴィッチさん自身は、大晦日の夜に自殺防止ホットラインのボランティアをして昼寝をしていたために、カナックスの投稿に気づかなかった。
ポポヴィッチさんは「母からの電話で起きると『ナディア、何が起きてるか、わからないでしょう』と話してくれました」「母が送ってくれたカナックスのメッセージには私を探していると書かれていました。信じられなくて、思わず何度も叫びました」とシアトル・タイムズに話している。
ポポヴィッチさんは2019年にワシントン大学を卒業した22歳。2022年から医学部に進学予定で、すでにいくつかの学校に合格している。以前に病院のがん診療科でボランティアをしていた経験から、ハミルトンさんのほくろに気がついたという。
元々1日の試合を観戦する予定だったポポヴィッチさんは、試合前にハミルトンさんと再会。ふたりはハグし、ハミルトンさんは「あなたのおかげだ」とポポヴィッチさんに感謝を伝えた。
ポポヴィッチさんも、病院に行ってくれてよかったと喜び「メッセージを伝える時は緊張していて、なるべく大勢の人がいない時に見せたが、気づいてくれてよかった」と明かした。
ハミルトンさんは1日に開かれた記者会見でも「彼女は私の命を延ばしてくれた」と感謝を口にした。
「彼女は私を燃え盛る車から助けてくれたわけではありませんが、ゆっくり燃え広がる火事から救ってくれました。何もしなかったら、4、5年後にはここにはいなかっただろうと医師から言われました」
さらにサプライズはこれだけでは終わらなかった。1日の試合の途中に、カナックスとクラーケンの両チームから、ポポヴィッチさんに医学部で学ぶための1万ドルの奨学金が贈られた。
発表を聞いたポポヴィッチさんは驚いた表情を見せ、顔を両手で覆った。
この日の試合はカナックスが5-2でクラーケンに勝利。しかしカナックスは試合後「今夜最大の勝利💙」というメッセージとともに、ポポヴィッチさんとハミルトンさんの写真を投稿した。