ろう者の映画出演を“当たり前”に。当事者キャスティングを阻む「経済」の問題、乗り越えるために必要なこと【2022年回顧】

【インタビュー】ろう者の俳優、砂田アトムさんが出演する『LOVE LIFE』。深田晃司監督は、「当事者をキャスティングするほうがクリエイティブの面でも近道」だと話します。(2022年回顧)
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砂田アトムさん(左)と深田晃司さん(右)
Ayako Masunaga

※2022年にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:9月25日)

ろう者役には、ろう者の俳優をーー。

耳の聞こえる「聴者」の俳優が、耳の聞こえない「ろう者」の役を演じることがほとんどだった日本の映画やドラマ。

アメリカの映画賞アカデミー賞で、ろう者の俳優がメインキャストとして出演した『コーダ あいのうた』が作品賞や助演男優賞(トロイ・コッツァーさん)を獲得し注目を集める中、日本でも、ろう者の俳優がろう者の役を演じるよう望む声が広がっていた。 

『淵に立つ』『本気のしるし』などで知られ、著名な国際映画祭の常連でもある深田晃司監督は、最新作『LOVE LIFE』(全国公開中)で、それを実現した。

演じたのは、俳優の砂田アトムさん。両親も耳が聞こえないデフファミリーで育ち、学生時代から役者を目指していたという砂田さんは、「日本ろう者劇団」に所属し、舞台や一人芝居を中心に活躍してきた。

ハフポスト日本版では、深田さんと砂田さんにインタビューを実施。前編では、今まで活躍の場が十分ではなかったろう者の俳優をキャスティングし、当事者の目線を取り入れて映画を作ることの重要性について、2人に聞いた。

今回の後編では、ろう者がキャスティングから除外されてきた背景について、また、ろう者役をろう者が演じることを「当たり前」にするにはどうしたらいいのか、語ってもらった。

 

当事者キャスティングがされてこなかった理由の一つは「経済」

ーー『LOVE LIFE』では「ろう者役はろう者の俳優が演じる」というキャスティングが実現しました。一方で、日本ではまだ聴者の俳優がろう者の役を演じることが少なくありませんし、規模の大きい作品やメインキャラクターほどその傾向が強いように思います。深田さんは「監督」という決定権のある立場でもありますが、その状況をどう受け止めていらっしゃいますか?

深田:映画の中で、キャスティングからろう者が除外されてきたことで、ロールモデルが作られてこなかったのは大きな問題です。当事者キャスティングがされてこなかった理由の一つには「経済」の問題があり、それはそのまま差別にも繋がっています。特に映画は演劇や他の表現分野以上に数千万円から数億円と大きな予算がかかるので、出資する側は当然経済的リスクを抑えなくてはならず、実績や知名度のある俳優が結果として選ばれやすくなります。

しかし、そもそもキャスティングから除外され出演できていないのだから、ろう者の俳優の認知度が上がりようもありませんよね。ろう者にキャスティングの扉が開かれていない時点で不平等です

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インタビューに答える深田晃司さん
Ayako Masunaga

ろう者の役に聴者が配役されたとき、製作者側は決して「有名だから聴者の人にした」なんて本音は口が裂けても言いません。「俳優にとって新たな挑戦」「どんな役にもなれるのが俳優だ」など耳ざわりのいい「芸術的な」理由を私たちは外向けに用意しがちです。それはそれでまったく真実を含んでいないとまでは言いませんが、少なくともろう者にキャスティングが十分に開かれてこなかった不平等が解消されていない前提がある以上、今はそれを言うべき時期ではないと考えています。

ーー『LOVE LIFE』は「ろう者役をろう者が演じる」という点でも評価され、話題にもなっています。

深田:もしかしたら、砂田さんではなく、聴者がパクを演じても、ある程度は評価を受ける可能性はあったかもしれません。なぜなら、映画の鑑賞者や評論家、映画賞の審査員などはマジョリティである聴者が中心であり、手話やろう文化についての知見が必ずしも十分ではないからです。そういった偏った評価軸の中で、マイノリティの役を演じた俳優が「難役に挑んだ」と評価され、ときには俳優賞を受賞し、当事者ではない俳優が演じる状況が肯定されるーーということが歴史上ずっと繰り返されてきました。

もし、『LOVE LIFE』にろう者をキャスティングしないままそれなりの成果を残してしまった場合、この映画の存在自体が今後の作品でプロデューサーや監督などに、当事者をキャスティングしないための“言い訳”に使われていくことになるでしょう。

それではいつまでも、マイノリティの人々が実績を積むチャンスは奪われ続けます。だからこそ、当事者をキャスティングするかしないか、それはとても重い選択だと作り手は自覚するべきで、「次回作でやる」ではダメなんです。聴者側がまずは変わっていかなければいけない。この映画が少しでも良い前例になればと願っています

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砂田さん演じるパク(左)と木村さん演じる妙子(右)は、物語の後半で韓国へと向かう
©2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

今は過渡期。ろう者と聴者が繋がり、一緒に社会を変える

ーーろう者の役をろう者の俳優が演じることを当たり前にするためには、どう変わっていく必要があるでしょうか。 

深田:そもそも演出する立場では一番手間がかからないのが、当事者キャスティングであることは間違いありません。聴者がろう者を演じるために特訓をするのには時間も費用もかかる上に、限界がある。だったら当事者をキャスティングするほうがクリエイティブの面でも近道です。

「ろう者役には、ろう者の俳優を」という当たり前を阻む問題を一つ一つ紐解いていかなければいけません。先ほど当事者キャスティングがされてこなかった理由の一つは「経済」だと言いましたが、もし助成金が十分にあればその分だけ経済的なリスクが下がりキャスティングの自由の幅が広がりますし、手話通訳の費用などが公的に支援される制度がもっとあるといいなと。 

また、ろう者が演技を学ぶための場所も重要です。私も少し関わっていますが、今年日本で初めてのろう者と難聴者に向けた俳優養成講座(※)が始まることに、とても希望を感じています。

※ろう者・難聴者の表現者育成の場を提供する「育成×手話×芸術プロジェクト」が主催する「デフアクターズ・コース2022」。俳優の育成や、ろう者・難聴者ならではの演技表現を議論する。

ーー砂田さんも、舞台に立つだけではなく手話主導などもされています。どうしたら、ろう者の俳優が活躍できる土壌を作っていけると考えますか。

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インタビューに答える砂田アトムさん
Ayako Masunaga

砂田:今はちょうど過渡期だと思うんです。以前はろう者をめぐる格差はもっと大きかった。今社会の変化を体感できているのは、ろう者の先輩たちが活動してきたおかげです。たとえば大学も、以前は情報保障がなく、手話通訳が頼めなかった。ろう者が自分で何とかするしかありませんでしたから進学が難しかったんです。それは演劇や映画、芝居を学ぶ場も同じです。

でも今は安心して学べる環境ができつつあります。『LOVE LIFE』が、社会が変わるきっかけになってほしいですし、10年後にはろう者が演劇や映画を学ぶことが当たり前になってほしい

そのためには当事者であるろう者が動くこともすごく大事です。深田さんは「聴者が考え方を変えていかなければいけない」とおっしゃいましたが、ろう者と聴者の繋がりを融合させて、一緒に社会を変えていきたいです。 

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Ayako Masunaga

(取材・文=若田悠希 @yukiwkt /ハフポスト日本版、撮影=増永彩子)

 

▼作品情報

『LOVE LIFE』公開中

監督・脚本:深田晃司

出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ

配給:エレファントハウス

公式サイト:lovelife-movie.com