2022年にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:8月27日)
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7月下旬、元タレントの木下優樹菜さんが自身のYouTubeチャンネルで発達障害の1つ、ADHD(注意欠如・多動症)であることを公表。その際、脳波で発達障害が診断できるかのような発言があり、議論を呼んでいます。
そんな中、そうした情報が世間に広まることに危機感をもった精神科医、脳科学者、心理士の3人が、発達障害の「診断」と「脳」をテーマにTwitterのスペースを配信しました。
ホストは話題の書「叱る依存〜」著者
スペースのタイトルは、「発達障害の『診断』と『脳』について医師、脳科学者、心理士が語り尽くす夜」。平日の8月8日夜の配信にもかかわらず、最も多い時間帯にはリスナーが1400人を超え、アーカイブは2万4000人が試聴しています(2022年8月26日現在)。
配信でホストを務めたのは、著書『<叱る依存>がとまらない』でも知られる臨床心理士・公認心理師の村中直人さん。スピーカーは脳科学者の井手正和さん、精神科医の柏淳(かしわ・あつし)さんで、医師、脳科学者、心理士と立場の違う発達障害の専門家が「診断」と「脳」について語り合いました。
配信終了後にリスナーによる感想会スペースがひらかれたり、井手さんによる補足のスペースが配信されたりと、さまざまな広がりを見せています。
精神科医は「問診」の重要性を強調
「脳波」で発達障害を診断することができるのか━━。
まず、精神科医でハートクリニック横浜院長の柏さんが強調したのは、発達障害の診断における「問診」の重要性です。
「子どものころの経験や、本人が感じている困りごとをしっかり聞いていくのが診断の柱です。ただ、本人の話だけだと分からないことも多い。
そのため、大人の発達障害であれば配偶者、同僚、友人などに話を聞きます。実家が遠方の方は実家に電話をしたり、母子手帳や通信簿を見るなど、客観情報を集めます。
ですから診断まで1カ月から2カ月、場合によってはそれ以上かかります。1回で診断がつくことはまずありません」
また、発達障害の診断時に用いられることもある知能検査のWAIS(ウェイス)・WISC(ウィスク※1)は、「これだけで診断するわけではなく補助的に用いるもの」とし、「検査はどちらかというと、診断のためというよりその後の支援のためにすると考えた方がいい」と簡単に診断がついてしまうことの問題点を伝えました。
脳科学者は「脳波や脳画像は補助的なもの」
続いて、脳科学者の井手さんは、現在の医療技術で「脳波・脳画像」が発達障害の診断に使えるかどうかについて、「現段階では使えるものではない」とし、
「発達障害の診断において脳波や脳画像をとる場合は、併発症状を明確にするなど補助的に用いられるケースがほとんどです。
多くの人に知ってほしいのは、臨床で使われている方法と、研究で使われている方法は違うということ。研究は統計的な差を見るものであって、個人について多数派との違いを明確にするものではありません。
何かについて『研究で明らかになりました』というニュースを目にすることがありますが、その方法は、そのまますぐに臨床で使えるわけではないんです」と、強調しました。
また、脳波や脳画像の解析方法についても詳しく触れ、その複雑さを説明。「画像を見たからといってその場で何かがわかるような、確実な研究成果はまだありません」と、議論を呼んだYouTube動画の問題点を指摘しました。
QEEG検査もrTMS療法も研究段階
動画にも登場したQEEG(※2)と呼ばれる脳波の検査や、MRI、fMRI(※3)について、井手さんは「これからの研究成果が期待される分野」であるとし、現段階では発達障害の診断に使える手法ではないことを強調。脳に電流を流す治療法、rTMS療法(※4)の発達障害への活用についてもまた研究段階であり、まだ十分な効果は示されていないことも伝えました。
rTMS療法について、精神科医の柏さんは公益社団法人日本精神神経学会のガイドラインを紹介。
「18 歳未満の若年者への安全性は確認されておらず、子どもの脳の発達に与える影響等は不明です。 発達障害圏の疾患(自閉症、ADHD、アスペルガー障害など)やそれに関連する症状、あるいは不安解消や集中力や記憶力の増進などに対する効果は、海外においても確認されていません」と伝えました。
診断は「支援」につながってこそ意味がある
3人の専門家が共通して訴えたのは「個々の支援」の大切さ。
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)など発達障害がある人はみな多様であり、脳の特徴で個人の診断をつけられるような障害ではないこと、そして、医療はその「多様なあり方」を理解し支援するためにある、ということでした。
そして、その多様なあり方を簡単な方法で診断してしまうことの危うさについて、それぞれの立場から意見を述べました。
「多様な個人の特徴にそって、社会の側がいかに個別のサポートをできるのかが大事であって、研究もその方向に向かうべきと考えます」(井手さん)
「患者さんは、発達障害の特性だけでなく、それによってさまざまな困りごとを抱え、クリニックに来院します。隠れている精神障害やトラウマなど、多面的な視点から総合的に診断し、個別に必要な支援をさぐることが重要です」(柏さん)
「簡単な検査で発達障害の部分だけが仮にわかったとして、それは支援につながるかどうか、という視点を忘れてはいけないと考えます」(村中さん)
「違うこと」は「劣っていること」ではない
最後に村中さんは「分かりやすさ」に走りがちな発達障害の診断の問題について、次のようにまとめました。
「近年、発達障害そのものが非常に多様であることが、どんどん明らかになっています。『この障害があるから、こういう人だ』と個人を明確に位置づけるのは難しいのです。
分かりやすい診断方法の何がこわいかというと、簡単に診断されることで、その人が困っている原因や、起きている現象が注目されなくなることです。
その結果『違っていることは劣っていること』という考えを強化するのではないか。違っていること自体は、劣っても欠如してもいないはずです。
これは私の友人が指摘したことですが、『発達に特性がある』と表現するとき、『発達の特性』は多数派、少数派を問わずあらゆる人にあることを心にとめておきたいと思っています。
発達障害とカテゴライズされる人を『宇宙人』と表現するのを見聞きすることがありますが、地球人だって宇宙人だよね、ということを覚えておきたいです」
※1 WAIS・WISC(ウェクスラー式知能検査)…本来は知能検査だが、発達障害診療では個人の中の、発達の得意不得意を知るために実施される。得意なことと苦手なことを知ることで、本人への理解を深めたり、支援の方向性を決めるヒントになる。WISCは5歳から16歳が対象で、WAISは16歳以上の成人が対象。
※2 QEEG…定量的脳波検査。頭に電極をつけて脳波を測定する検査のこと。