決勝では例年、思いもよらないことが起きる━━
「中年の星」と言われた錦鯉の涙の優勝から1年。M-1グランプリ2022の決勝が12月18日午後6時34分から生放送(ABCテレビ、テレビ朝日系列)される。
今年予選に出場した漫才師から聞かれたのは「かつてないハイレベルだった」という声だ。4分間の「とにかくおもしろい漫才」というシンプルな審査基準の中で、M-1はいかにして進化してきたのか。
「一夜にして人生を変える」イベントとなった決勝。その総合演出を今年務めるABCテレビ(朝日放送テレビ)の下山航平さんに聞いた。
━━ファイナリスト9組の顔ぶれを受けての率直な感想は?
本当にネタが面白い9組という印象です。今年の予選は本当に凄かったので、勝ち抜いてきた9組には、絶対に面白いという信頼感があります。世間がどんな反応をしてくれるか楽しみですね。
━━決勝の見どころはどんな点ですか?
毎年予選では、前年の優勝者の流れを汲んだ漫才が増える印象です。でも決勝戦では、全く違うことが起きるんです。
例えば「漫才か、漫才じゃないか」と論争も起きたマヂカルラブリーさんが優勝した翌年の予選では、型破りというか挑戦的な漫才が増えました。でも優勝したのは、「人生そのものが漫才」みたいな錦鯉さんでした。
振り返ればマヂカルラブリーさんが優勝した前年は、研ぎ澄まされた緻密な漫才をするミルクボーイさん。長年苦労してきたミルクボーイさんの前年は、史上最年少の霜降り明星さんでした。
今年「漫才を塗り替えろ。」というキャッチフレーズを掲げたのは、今年も思いもしないことが起きる、思いもよらない形で塗り替えてほしいという意味を込めました。
━━敗者復活戦の見どころはいかがでしょうか?
昨年、一昨年はファイナリスト経験者たちが多かった気がするけど、今年はオズワルドさん、ミキさん、からし蓮根さんくらい。敗者復活戦で初めて「世の中にバレる」人たちが今年はたくさんいます。
昨年決勝に進出したランジャタイさんも、一昨年に敗者復活戦で最下位になって「国民サイテー」と言って盛り上げました。敗者復活戦で「売れる」人もたくさんいます。世の中にバレてしまう人がたくさんいるだろうなという点でも楽しんでほしいです。
「みんな面白すぎる」ある漫才師からの電話
━━今年の準決勝では決勝経験者だけではなく、若手や女性コンビ、男女コンビと例年以上に多様な顔ぶれが並びました。また、出場者が口々に「ハイレベルだった」と言っていました。予選を通じて例年との変化を感じることはありますか?
みんな漫才が面白いのは当たり前なんですが、ここ数年、漫才の「種類」がとても増えたなと思います。
今年の準々決勝終わり、ビスケットブラザーズの原田(泰雅さん)から電話がかかってきて、「下山さん、みんな面白すぎます。これはM-1が悪いんです」と言われたことがあって。
予選のネタ動画がYouTubeなどにあがるから、みんなが見て、いろんな漫才を知って、漫才の研究ができてしまう、という話でした。
原田に「その奥の面白さを見てくれ」みたいなことを言われて。
僕は審査する立場ではないんですけど、原田みたいな人(ニン)が異常に面白くて、漫才=人間力みたいな芸人さんからすると「もっと芸人としての本質を見てくれよ!」という叫びにも聞こえたというか…
今年の予選を通して「一口にレベルが高いとは言うけど、なんでこんなにみんな面白いんだろう」とずっと思っていたのですが、動画文化や配信の時代で、漫才師たちがいろんな漫才を知る機会が増えたから面白くなっているのかもな…と、原田の一言で気付かされました。
━━今年M-1ラストイヤーだった見取り図が自身のYouTubeでM-1を振り返る中で「もっともっと競技になる」という話をしていました。出場者が研究をして対策をする流れにもなっていると思います。番組の制作者としては、その点に戸惑いはありますか?
(受け止め方は)人それぞれだと思うんですけど、僕は割と葛藤があります。M-1のことを「競技」と言われるのは、確かにそういう部分もあるかなと思うんですが、「M-1という4分間の漫才」でいいのかなと今は思います。
先日、ナイツさんの独演会を見に行ったんですけど、10分、20分とずっと聞いてられるような漫才を披露していました。
4分間の中で起承転結をつけ、なるべく笑いの数を増やす漫才を普段見ていたので、ナイツさんの漫才を見て色々と考えさせられました。M-1も漫才だし、ナイツさんの漫才も漫才…だと思います。
受け継がれる漫才師へのリスペクト
━━M-1の制作に関わってきて、思い出深いシーンがあれば教えてください。
入社後スポーツの取材をしていたんですが、2015年の決勝を初めて手伝い、すごい世界だなと思いました。そこから引き込まれて2016年から本格的に関わり、7年目になります。
昨年まで3年間は敗者復活戦の演出とアナザーストーリー(大会の裏側を追った番組)の演出を担当していました。
自分で撮りたいと言って、(漫才師を追う)密着ディレクターとして2017年に霜降り明星を担当しました。準決勝で負けて、せいやさんが楽屋で倒れ込んで起き上がれなくなったり、粗品さんがインタビューに答えてくれなかったり…色々ありました。その翌年に決勝進出が決まって「良かったね」と言っていたら優勝しちゃった。あっという間に遠くに行ってしまいました。
スタッフにはそれぞれ思い出があると思いますね。とにかく「密着する相手へのリスペクトを欠かすな」ということが脈々と受け継がれている。普段から局内では「芸人」ではなく、必ず「芸人さん」と言わなければいけないルールがあるんです。そこに大事にしていることがあらわれているなと思います。
━━多くの人が見るイベントになった分、「漫才か、漫才じゃないか」などSNSでも「論争」が起こることがあります。「こう見てほしい」というような思いはありますか?
これだけ議論が起こるエンタメもすごいなと思います。「こう見てほしい」というよりも、みんなで議論してほしいと思います。
ただ、「面白くない」と言うのは簡単なんですよね。実はスクショして保存している言葉があって…
囲碁将棋の文田(大介さん)さんがTwitterに投稿していた「面白いヤツは何を見ても面白い部分を見つける。つまんないヤツは何を見てもつまんない部分を見つける。何見てもつまんないって言うヤツは本当につまんないから無視したほうがいい」というものです。
M-1についてコメントしたものではないと思いますが、大事にしています。自分もM-1だけにかかわらず、「おもんない」とか「つまんない」とかあまり言わないようにしています。
━━漫才の魅力、M-1の魅力をどう捉えていますか?
漫才の魅力は、マイク1本だけであとは何をやっても良いという発想の自由さと武器の少なさ。すごい演芸だと思います。究極の話芸。マイク1本で「とにかく面白い漫才」というざっくりしたルールだからこそ、色々な漫才が出てくる。
結局は出ている漫才師のネタが一番。「M-1で人生が変わる」とも言われますが、根幹は一番面白い漫才、ということだと思います。
結局、漫才がすごいんですよね。
−−−
ハフポスト日本版を運営するバズフィードジャパンと朝日放送テレビ(ABCテレビ)は資本関係にあります。