映画の聖地ハリウッドで、男性プロデューサーによる性的暴行を告発する#MeToo運動が起こってから5年。2022年は日本でも#MeTooの声が広がった。映画界のジェンダー格差も明らかになり、その是正が喫緊の課題だ。
世界では、映画産業の中で大きな影響力をもつ映画祭が、ジェンダー平等の実現を積極的に掲げてきた。 日本の「東京国際映画祭」も2021年、映画界のジェンダー平等を推進する国際的活動「Collectif 50/50」に署名した。
しかしながら、2022年の同映画祭では、上映作品の女性監督率は昨年の26.2%から14.8%に低下し、後退する結果となった。
なぜジェンダー平等を目指す映画祭でさえも、実体が伴わないままなのか。構造的な問題とは何か。同映画祭や、改革を求める団体への取材から読み解く。
映画祭事務局の見解は? 「作品のクオリティが優先」と強調
「Collectif 50/50」には、世界の150以上の映画祭が賛同。同団体の誓約書は、応募作品の監督や選考・実行委員のジェンダー比率の公表などが明文化されており、東京国際映画祭は2021年3月にアジアの映画祭として初めて署名した。
署名後2回目となる2022年の同映画祭(10月24日~11月2日に都内で開催)において、上映作品の女性監督の比率は14.8%(169本中25本、男女共同監督作品含む)。
ジェンダー平等からは程遠いこの数値について、映画祭事務局はハフポストの取材に対し、「作品選定においては監督のジェンダーバランスよりも、あくまでも作品のクオリティを優先して選んでいる。今年、昨年よりも女性の比率が下がっていることについては、単純に上映すべきと考えた作品の中に女性監督によるものが少なかっただけだと思う」と回答した。 また、映画祭で行われた3つの特集上映が全て男性監督の作品であったことも、理由の一つだとした。
その上で、「Collectif 50/50」への署名をふまえ、「映画業界全体として女性監督がキャリアをつんで良い作品をつくる環境づくりなどを検討する場を提供したいと思っている」とコメントしている。
なお、作品選考に関わるプログラマー担当は7人のうち女性が5人。映画祭を運営する事務局のグループマネージャー(企業の役員にあたる役職)は13人中6人が女性だった。
今年の結果をふまえ、来年以降のジェンダー格差を是正するための取り組みについては、「上映作品の監督については、いずれにしても作品のクオリティを優先するので、どのような結果となるかは何とも言えない」と、「作品のクオリティが優先」であることを強調した。
審査員、作品選考委員については、「これまでと同様にジェンダーバランスを考慮して人選する」とコメント。さらに、映画祭の一貫として行われるイベント等の登壇者については、「今年については共催者の意向が反映されたものが多く、必ずしもジェンダーバランスを考慮したものにはなっていなかった。来年は事情が許される限り、ジェンダーバランスを考慮するよう努力したい」との考えを示した。
2022年は、映画業界で監督や先輩俳優などから性行為を強要されたとの告発が相次ぎ、ハラスメントの問題なども表面化した。このような問題に対して、映画祭としてどう向き合うかと尋ねると、「日本映画監督協会と共催で行ったシンポジウムでは、ハラスメント、労働環境、ジェンダー格差などについての日本の現状が報告された。このような主旨のトークイベントやシンポジウムは来年も継続して行いたい」と回答があった。
“クオリティが高い”映画は、男性のほうが作りやすい
目標に掲げる「50/50」というジェンダー平等を達成するには何が必要か。また、「映画祭」という場に求められる社会的意義とは何か。
日本映画界のジェンダーギャップや労働環境に関する調査を行い、課題解決のための提言を行ってきた一般社団法人「Japanese Film Project」(以下JFP)のメンバーは、「これまでの調査から、日本の映画産業ではそもそも女性が監督を任されるチャンスが極めて少なく、予算の大きい映画ほどその傾向が強いことが明らかになっている」と指摘する。2021年公開作では、興行収入10億円を超えた実写映画で女性監督の割合は0%、全作品数でもわずか12%だった。
「そもそも、”クオリティの高い”映画を作るために必要な予算を、男性の方が獲得しやすいという前提があり、日本に限らず世界の多くの国で同様の傾向がみられます。映画祭の役割の一つは新しい才能を発掘すること。そうした状況を踏まえた上で、映画祭が産業構造の中で表に出づらい作品や監督を発掘することが、今の社会情勢としてより強く求められているように思います」(JFPメンバー歌川達人さん)
映画などの芸術分野では、映画祭や映画賞で評価されることが次の作品発表に繋がりやすく、キャリアへの影響も大きい。「日本アカデミー賞」などの映画賞や新人賞でも、男性の受賞者が多くを占めることが「表現の現場調査団」の調査で明らかになっている。
JFPメンバーの清水裕さんは、現在研修生として在籍するオランダのロッテルダム国際映画祭など、海外の映画祭や日本国内の芸術祭のプログラムに携わってきた経験から、こう話す。
「自身の数少ない実践での話になりますが、ジェンダー平等を実現するために最初から上映作品を全員女性監督にするつもりでリサーチを始めます。その中で、当然素晴らしかったりテーマに合う男性監督の作品にも出会ったり、予算やスケジュール等の都合を踏まえて出品を諦めざるを得ない女性監督もいたりして、最終的に男女半々になるということが多くありました。
それほど女性の監督が少なく、作品があったとしても、宣伝費が掛けられていないこともあり、プログラマーが作品に辿り着くことが難しいという環境の格差があります。50/50を目指すなら、女性の声に耳を傾けるべきという確固たる姿勢で最初からのぞまないと、ジェンダー平等は達成されないのではないでしょうか。
上映作品だけではなく、イベント登壇者や運営組織も同様です。ロッテルダム国際映画祭は、運営スタッフ115人中80人以上が女性(2022年11月中旬時点)。マネジメントのポジションで男性は1人のみで、30代の女性も多いです。若い時に役職を任されるからこそ人が育ち、経験を積める環境が意識的に作られており、マネジメントや組織運営の観点でもジェンダーバランスの取り組みが進んでいます」
「50/50に署名はしたが、実体が伴っていない」
東京国際映画祭では、映画上映の他にもシンポジウムなども行われている。2022年はその一つとして、日本映画監督協会との提携企画シンポジウム「持続可能な若手映画人の参入へ向けての提言」が開催された。映画業界の労働環境やジェンダー格差の問題などを話し合う内容だったが、登壇者9人のうち女性は2人。さらに、シンポジウムの会場で、ベテランの監督らが前方に、女性や若手の監督は後方に席が設けられる、という光景に、ネット上ではイベントに参加した映画関係者からも疑問の声が広がった。
「50/50に署名はしたが、実体が伴っていないというのが現状だと感じます。今年、私がパネリストとして参加したドイツの映画祭(ニッポン・コネクション)のシンポジウムでは、登壇者は全員女性で、ジェンダー格差について話し合いました。50/50を掲げているのだから、もっと取り組めたことがあるのでは」(JFPメンバー近藤香南子さん)
「若手人材不足や労働環境、ハラスメントの問題を届ける必要があるのは、映画の制作現場で働いている人たち。しかしながら実態としては、そうした人たちは現場の過酷な労働環境で疲弊し、こういった映画祭やシンポジウムに参加する余裕のないことも多いです。
そうした人にも届くオープンなオンラインシンポジウムで、制作現場で働く当事者、あるいは労働環境やジェンダーの研究者らの第三者も交えながら多角的に議論することが、課題解決には必要だと考えています」(歌川さん)
映画祭という場に求められること
世界の多くの映画祭では、映画に関わる人々が、差別や人権侵害、紛争など様々な問題を考え発信する場所として機能している。東京国際映画祭でも、監督や俳優など個人としてアクションを起こしてきた人々はいて、2022年もハラスメントや労働環境などに対する発言が目立った。一方で、映画祭全体として、映画界の課題に向き合う姿勢を明確に示してきたとは言い難い。
「今年のアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(IDFA)でも、イランやウクライナなどの紛争地帯で危機下にあるフィルムメーカーを支援する組織ICFR(International Coalition for Filmmakers at Risk)への連帯を強く打ち出しています。海外では、映画祭自体が権威的であり政治的な理念を持つものだと運営スタッフが自覚的で、その中でどう作品や監督を評価するか、メッセージを発信するか意識的です」(清水さん)
「切実な社会課題がたくさんある中で、公的な支援が投入されている映画祭として、東京国際映画祭も公益性を保てる取り組みを積極的に続けないと、一部の人だけのための映画祭として閉じていく懸念があります。
社会全体が映画祭の開催に意義を感じられる取り組みをより積極的に実施してくことが、今の社会から求められていると感じます」(歌川さん)