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性犯罪に関する刑法改正を議論する法務省の法制審議会が10月24日に開かれ、改正内容の試案が示された。
性交同意年齢(13歳)を年齢差の条件付きで16歳に引き上げるほか、「暴行・脅迫」要件の見直し、時効の延長などが柱だ。同意のない性行為を処罰する「不同意性交等罪」に当たる文言は含まれなかった。
「暴行・脅迫」要件を見直し
今回の試案では、強制わいせつ罪(刑法176条)・強制性交等罪(177条)の「暴行・脅迫」要件、準強制性交等罪・準強制わいせつ罪(178条)の「心神喪失・抗拒不能」要件を一体的に見直した。
【現在の強制性交等罪】
→13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
【現在の準強制性交等罪】
→人の心身喪失もしくは抗拒不能に乗じ、又は心身を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処する。
⬇︎(二つの条文を一つの規定に)
【強制性交等罪・準強制性交等罪の改正試案】
→アに掲げる行為その他これらに類する行為により人を拒絶困難(拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態をいう。)にさせ、又はイに掲げる事由その他これらに類する事由により人が拒絶困難であることに乗じて、性交、肛門性交又は口腔性交をした者は、5年以上の有期拘禁刑に処する。
拒絶困難にさせる行為(=アの行為)では、以下の8つを例示。(後ろの括弧内は、拒絶困難な状態になる原因・理由として例示されたもの=イの事由)
▽暴行又は脅迫を用いる(受けた)
▽心身に障害を生じさせる(障害がある)
▽アルコール又は薬物を摂取させる(影響がある)
▽睡眠その他の意識が明瞭でない状態にする(状態にある)
▽拒絶するいとまを与えない(いとまがない)
▽予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させる(している)※いわゆる「フリーズ」状態
▽虐待に起因する心理的反応を生じさせる(心理的反応がある)
▽経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させる(憂慮している)
さらに、行為がわいせつなものではないと誤信させたり、相手に人違いをさせたりして性交等をした場合も同様に処罰するとした。
性暴力被害者を支援する複数の市民団体からは、意思に反する性的行為を処罰する「不同意性交等罪」の創設を求める声が上がっていたが、試案には盛り込まれなかった。
同省の事務局は、法制審でのこれまでの議論を踏まえ、「『意思に反する』など、被害者の内心に着目した(不同意性交等罪の)表現は不明確で適当ではない、とする意見が多かったため」と理由を説明する。
虐待などにより性的行為を拒絶する気持ちすら起きない場合も、試案で示した「拒絶の意思の形成が困難な状態」に当たるという。その上で、事務局は「(試案の文言が)被害者に拒絶義務を課すものではない」としている。
教師やコーチ、職場の上司などによる、地位や関係性を利用した性暴力の処罰規定も法制審での論点の一つだった。
試案では、上記の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させる(憂慮している)」に取り込む形となった。
性交同意年齢、13歳→16歳に
日本の性交同意年齢は、明治時代から100年以上変わらず13歳だ。
試案では、これを16歳に引き上げた上で、13歳以上16歳未満に対しては、被害者より年齢が5歳以上上の行為者だった場合のみ適用されるとした。
試案をまとめた法務省の事務局によると、年齢差を要件にしたのは、同年代同士の自由な意思決定による性的行為を処罰対象から除外するためという。
【現在の強制性交等罪(性交同意年齢に関わる部分)】
→13歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処する。
⬇︎
【強制性交等罪の改正試案(性交同意年齢に関わる部分)】
→13歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期拘禁刑に処するものとし、13歳以上16歳未満の者に対し、当該者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者が、当該13歳以上16歳未満の者の対処能力が不十分であることに乗じて性交等をしたときも、同様とするものとすること。
「グルーミング」も処罰対象に
性的な行為を目的に子どもを手懐ける、いわゆる「グルーミング」を処罰する新たな規定の試案も示された。
【グルーミング罪の試案(新設)】
→わいせつの目的で、16歳未満の者(13歳以上16歳未満の場合、行為者は年齢が5歳以上上の者)に対し、以下のいずれかの行為をした者は、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処するものとする。
▽威迫、偽計又は誘惑して面会を要求する
▽拒まれたにも関わらず、反復して面会を要求する
▽金銭などの利益を供与したりその約束をしたりして、面会を要求する
実際に面会した場合は、2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処するとしている。
さらに、SNSなどオンライン上でのグルーミング行為を想定し、性交や性的な部位を露出した姿態などの映像の送信を求めた場合も、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処すると定める。
これらの案は、若年者が性被害に遭いやすいことから、被害発生の前段階で介入することを目的としている。
時効は5年延長、未成年者は「18歳までを加算」
性暴力の被害申告の難しさなどを踏まえ、性犯罪に関する公訴時効は、次のようにいずれも5年延長する案が示された。
▽強制わいせつ等致傷 現在15年→20年
▽強制性交等・準強制性交等 現在10年→15年
▽強制わいせつ・準強制わいせつ 現在7年→12年
被害者が18歳未満の未成年の場合は、18歳に達するまでの期間がこれに加算される。
体の一部や物の挿入も「性交」扱いに
現在の強制性交等罪は、男性器(陰茎)を膣や肛門、口腔内に挿入する又は挿入させる行為を処罰の対象としている。
試案では、「膣又は肛門に身体の一部又は物を挿入する行為」も性交と同等の扱いとし、同罪の適用対象とした。
支援団体が声明「被害者に寄り添う改正を」
試案の発表を受け、性暴力被害者の支援団体などでつくる「刑法改正市民プロジェクト」は24日に声明を発表。
試案で示された複数の条文に課題があるとして、「被害者に寄り添う抜本的な法改正を求めます」と要望した。
「暴行・脅迫」要件の見直しについて、試案では「拒絶困難」との文言が採用されたことに対し、「拒絶困難であるかどうかは、裁判官の裁量によって著しく狭く解釈される危険性がある」などと異議を唱えた。
さらに試案の表現では、性的行為に反対の意思を示している人に対して性的行為を実行・継続することが処罰されない恐れがあるとも声明で指摘した。
性交同意年齢の引き上げをめぐり、試案では13歳以上16歳未満の者に対する性的行為について「対処能力が不十分であることに乗じて」との要件も加えられた。
これに対し、同プロジェクトは声明で「極めて曖昧な要件」だと指摘し、「子どもの保護の観点から到底容認できない」と反対した。
教師やコーチ、上司などによる地位や関係性を利用した性犯罪を処罰する規定に関し、試案では独立した規定ではなく、具体事例の一つとして「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させる(憂慮している)」との表現にとどめた。
声明では、試案の表現では実際に起きている多くの性暴力の事例が処罰対象とならない恐れがあると指摘し、「地位関係性利用等罪」を個別に創設することを求めた。
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法制審は2021年10月の初会合以降、諮問項目である10の論点をめぐって議論を進めてきた。今後は試案をもとに、具体的な改正の条文が話し合われる。
【UPDATE】2022年10月24日13:50
「刑法改正市民プロジェクト」の声明の内容を追記しました。
<取材・執筆=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>