ろう者役には、ろう者の俳優をーー。
耳の聞こえる「聴者」の俳優が、耳の聞こえない「ろう者」の役を演じることがほとんどだった日本の映画やドラマ。
アメリカの映画賞アカデミー賞で、ろう者の俳優がメインキャストとして出演した『コーダ あいのうた』が作品賞や助演男優賞(トロイ・コッツァーさん)を獲得し注目を集める中、日本でも、ろう者の俳優がろう者の役を演じるよう望む声が広がっていた。
『淵に立つ』『本気のしるし』などで知られ、著名な国際映画祭の常連でもある深田晃司監督は、最新作『LOVE LIFE』(全国公開中)で、それを実現した。
演じたのは、俳優の砂田アトムさん。両親も耳が聞こえないデフファミリーで育ち、学生時代から役者を目指していたという砂田さんは、「日本ろう者劇団」に所属し、舞台や一人芝居を中心に活躍してきた。
今まで活躍の場が十分ではなかったろう者の俳優をキャスティングし、当事者の目線を取り入れて映画を作ることは、なぜ重要なのか。深田さんと砂田さんの2人に聞いた。
▼『LOVE LIFE』あらすじ
シンガーソングライターの矢野顕子さんの楽曲「LOVE LIFE」から着想を得たオリジナル作品。妙子(木村文乃さん)は、再婚した夫・二郎(永山絢斗さん)と、元夫との間に生まれた息子・敬太と、3人で集合住宅に住んでいる。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。悲しみに暮れる妙子の前に、失踪した前夫・パク(砂田アトムさん)が現れ、妙子はパクの生活を手助けするようになるーー。
手話は言語。「数カ月の練習で習得できるものではない」
ーーパクをろう者にしたのは、深田さんが東京国際ろう映画祭のワークショップに講師として参加したのがきっかけだったそうですね。
深田:『LOVE LIFE』は、妙子・今の夫の二郎・元夫のパクの三角関係のメロドラマです。その恋愛の三角関係の一角を担う人として、当たり前にろう者が出てきます。もともと三角関係に緊張感を足すため、妻と元夫には共通の言語があるが、今の夫にはそれがわからない、という設定を考えていました。そんな時にろう者と接し「手話は言語である」と実感し、空間を使った映像的な言語でもあると思った。それで、共通の言語は手話にすることに決めました。
何より、自分はろう者と同じ世界に住んでいながら、今までの自分の作品に一人としてろう者が出ていない。むしろそのことを不自然に感じるようになりました。聴者の登場人物には「なぜこの人は聴者なのか?」とは問われないのに、ろう者が出る時には「なぜこの人はろう者なのか?」と、物語における“必然性”が求められてしまう。それ自体がアンフェアではないでしょうか。
砂田:「手話は言語である」という部分を、深田さんは大事にしてくれました。手話は、手の動きだけではなく、表情の使い方や眉の動かし方も含めての言語です。それを身に付けなければ、自然な手話は表現できない。数カ月の練習で習得できるものではありません。
私自身、聴者の俳優がろう者を演じていると、違和感を覚えることが多かった。手話だけではなく、演出やカット割もそうです。例えばシーンの見せ方を優先して表情ばかりフォーカスされて、手話が画面に収まっていない。それでは、言語としての手話が崩壊してしまいます。
深田:聴者が演技で手話をやる場合、「最低限、手の形さえ整っていればいい」という感じで、そもそも表情が動いていないことが多々あります。それに異を唱える当事者がいるのは当然ですし、聴者の感覚や美意識をろう者の役に押し付けることを当たり前のように映像作品が助長してきた一面もあります。
映画で役者の声を大事に録音するのと同じで、手話は、手の動きや表情も含めての言語として映像に収めたいと思いました。
ーー砂田さんが演じたパクは、韓国人と日本人の両親をもち、韓国手話を使う男性ですね。この設定はどこからきたのでしょう。
深田:矢野顕子さんの『LOVE LIFE』の「離れていても愛することができる」という歌詞から着想を得て、映画では「距離をどう描くか」が大事でした。
夫や義父母と団地に住んでいた妙子が、パクと再会してそのコミュニティの外に出ていく。それが映像で直感的に伝わるよう、海を超えて違う文化圏に行く必要がありました。日韓合同でオーディションを行うことも考えましたが、コロナ禍で難しく、日本でろう者の俳優に向けてオーディションを行いました。
砂田:韓国と日本の手話は少しだけ似通った部分もありますが、異なる言語です。これまで私は2度韓国で公演をしたことがあり、その時に韓国手話を覚えましたが、その国ごとに独自の手話やろう文化があるので、今回改めてきちんと学ぶ必要がありました。
「かわいそうな福祉の人」ではない、ろう者の姿を知ってほしい
ーー砂田さんは1999年に、ろう者の俳優の忍足亜希子さんが主演した『アイ・ラヴ・ユー』に出演。商業映画は20年以上ぶりの出演になります。
砂田:オーディションには参加していましたが、聴者が選ばれることがほとんどでした。ろう者が映画に出る機会がこれまで非常に限られていたのは、とても残念なこと。優秀なろう者の俳優は日本に多くいますし、その演技を見てほしいです。
実は、撮影が始まる前も不安はあったんです。これまでの経験から、聴者の演出家・監督は自分の考えで進めることが多く、「立場が上の人」という印象だった。だから『LOVE LIFE』もきっと同じだろうな、でも負けずに自分の意見をどんどん言っていこう、と思っていたんです。
でも、深田さんは意見を聞いてくれるし相談してくれる。嬉しい驚きでした。おかげで安心して楽しく参加できた。ありがとうございました。
深田:こちらこそ、ありがとうございます。聴者である自分がこのアイデアは面白いだろうと思っても、ろう者からしたら「そんなことはしない」ということもあるだろうと。自分の思い込みで進めないで意見を伺うようにしました。
たとえば、妙子とパクがお風呂に横に並んで座って、鏡に向かって手話で会話するシーン。もともと脚本にありましたが、オーディションでも「こういうことはしますか?」と聞きました。
砂田:横並びの時は鏡を使うことができますよ、という話をしましたね。これは、ろう者がよく使う方法です。
ーー他にも砂田さんの経験が取り入れられたシーンはあるのでしょうか?
砂田:はい。一番嬉しかったのは、「独り手話」を取り入れてくれたこと。独り言や寝言のように、ろう者は「独り手話」や「寝手話」をやるんです。ろう者にとっては当たり前ですが、知らない人も多いでしょう。
映画にろう者が出てきても、ろう文化やろう者の生活様式はおざなりな描き方の時も少なくありません。「手話を使う人」や「かわいそうな福祉の人」という点ばかりが強調されるか、「障害があるけれど懸命に生きている“いい人”」というイメージを押し付けられる。私自身そこにずっと物足りなさや抵抗感がありました。
ーーパクは、ろう者であるけれど、物語の中でそこに特別に焦点が当てられているわけではありませんね。
砂田:『LOVE LIFE』では、聞こえる人と聞こえない人が対等に、普通に描かれていますよね。そこがこの映画の素晴らしいところです。
映画はいったん発表されると記録として残り広がっていく。そこは舞台とは違います。今はろう文化が珍しいのか、手話をしているとジロジロと見られることもあります。でも、これをきっかけに、ろう者の生活様式やろう文化を知ってもらって、当たり前のものになってほしいです。
♢
2人のインタビューは、後編記事へと続きます。
後編では、ろう者が映画やドラマにおいてキャスティングから除外されてきた背景について、また、ろう者役をろう者が演じることを「当たり前」にするにはどうしたらいいのか、深田さんと砂田さんの考えを聞きました。
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt /ハフポスト日本版、撮影=増永彩子)
▼作品情報
『LOVE LIFE』公開中
監督・脚本:深田晃司
出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ
配給:エレファントハウス
公式サイト:lovelife-movie.com