北欧デンマークはジェンダー先進国か。本国で反響を呼んだジェンダー教育の書で知る『幸福度の高い国』の本当の姿

幸福度が高く、ジェンダー平等がすでに確立しているかのように語られる国、デンマーク。内側から眺めてみると、かれらが一歩ずつ歩みを進める姿が見えてくる。
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Lisbeth Hjort via Getty Images

ここ10、15年ほど、北欧が理想郷のように語られることがとても気になっている。 

あるライターさんが北欧について調べたいと本屋へ行くと、良いことが書かれているものしか見つけられなかったという。ネットでもそれは同じだ。

私は10代の頃、ペンフレンド(文通仲間)を通してデンマークと出会った。文通だけでは飽きたらず、この国の人々の暮らしや文化を学びたいと大学でデンマーク語を学び、長期滞在を経て、今は移民としてこの土地で家族と暮らしている。

移民一世として、ときに言語や文化の違いに翻弄されながらも、デンマークの人々とのかかわりを通し、かれらがどのようにものごとを感じ、考え、言語化しているのか、どのように世の中を解釈しているのかを知りたいと思いながら暮らしてきた。

そうして人々や社会をじっくり観察してみると、辛い経験にあえて蓋をして生きている人、社会のしくみから取り残されている人々の存在も見えてくる。

でもそれは考えてみれば当然のことだ。2022年の世界幸福度ランキングでは、デンマークはフィンランドに次ぐ2位。「幸福度の高い国」というキャッチコピーで紹介される国であっても、人は様々な感情や社会矛盾のなかで生きている。だからこそ、私たちは国境や文化のちがいを越えて、映画や音楽、文学作品を楽しむことができるのだろう。 

 

日本からは見えないデンマークの本当の姿

北欧を理想郷として切り取ってしまうこと、それは、私たちと北欧諸国との間には、乗り越え難いちがいしか存在しないと言っていることにならないだろうか。「あの国々は別格」「それに比べて日本は」と差異ばかりを強調し続ければ、私たちの無力感は強まる一方ではないか。

はみだしの人類学』で著者の松村圭一郎は、文化人類学の比較の視点には、異文化間の輪郭を強調し「こんなに違う」と差異を強調する比較と、異文化間の境界線の引き方や差異を疑う比較があると語っている。

後者の比較では、異文化間の境界線をどこに引いて比較するか次第で差異そのものが変わり、互いに共通する点が浮かび上がってくることもあるという。北欧諸国と日本社会との間にも、もっと多様な境界線を引き、これまでとはちがった角度から眺めれば、互いの共通点や新たな学びの視点が浮かび上がってこないだろうか。

セシリエ・ノアゴー著『デンマーク発 ジェンダー・ステレオタイプから自由になる子育て━多様性と平等を育む10の提案』には、これまで日本で多くの人々が見聞きしてきたデンマークとは少し違ったデンマーク社会の様子が描かれる。

ジェンダー平等がすでに確立しているかのように語られるデンマーク。だが、実際には人々は今も社会に隠れているジェンダーにもとづいた固定観念や先入観、いわゆるジェンダー・ステレオタイプに影響を受けていることを、著者のノアゴーは実例を通して紹介している。

そして、そうしたジェンダーにもとづいたルール(規範)に批判的に向き合い、日々行動することで、デンマークで子育てをする人々がその現状を少しずつ変えていけるよう、読者に向けて10の提案をしている。

 

「日本と比べたらずっとマシ」は本当?

私も多くの人々と同様に、デンマークにはもうしっかりとジェンダー平等が根づいていると思ってきた。

男性が家事や育児に深くかかわったり、子どものいる家庭のワークライフバランスも考慮されたりしている。性的マイノリティの人々に対する取り組みも先進的だ。

また、女性が外見や年齢についてあれこれ言われることもなく、いくつになっても好きな服を着て、颯爽と歩く姿は眩しく、自由を感じさせてくれる。

この地で育つ娘も息子も性別で何らかの制限を感じていない、少なくともそう思ってきた。

しかしノアゴーによれば、実際にはデンマークの多くの人々が自分の性別にかんして何かしら嫌な体験をしているのだそうだ。改めてふり返ってみると、私自身もステレオタイプに影響を受けていることがわかる。

たとえば、息子が学校である先生から「男の子とは騒がしいもので、大人の言うことを聞けない」と言われ憤慨して帰ってきた日に、「でも男の子ってそういうものじゃない?」と思わず口走ってしまったこと、それに対して娘が秒速で「お母さん、それは性差別」と切り捨てたこと。

男の子とは、女の子とはこういうものだというステレオタイプな先入観は、そこに悪意がないとしても、子どものあり方を制限していく。そんな先入観を子どもに植え付けてしまうことが、子どもの進路選択やアイデンティティ形成にも影響を与えているとノアゴーは指摘する。

「それでも日本に比べたらずっとマシだろう」と思う人も多いかもしれない。

確かに2022年のジェンダーギャップ指数116位の日本から見れば、デンマークは32位で、ずっと上位にいる。32位…?そう、意外に低いのだ。

ちなみに北欧の他4カ国は上位5位以内。デンマークが昨年の29位からさらに順位を下げたその理由のひとつは、国会議員や会社役員などに女性が依然として少ないことが挙げられている。高等教育への進学者はむしろ女子の方が多いにもかかわらず、重要な役職は多くの職業で男性の占める割合が大きい。賃金格差や性別職域分離などもはっきりと残っている。

男女平等を目指して何十年も前に制度を改めても、私たちが日々、ジェンダーステレオタイプを様々な場面で無意識に再生産しつづければ、現実は変わらないとノアゴーは語る。

 

ジェンダー・ステレオタイプから自由になるために

無意識のうちに私たちに根づいているステレオタイプは、どうすれば変えていけるだろう。

ノアゴーは、日常の様々な場面をどう解釈し、子どもにどのような言葉をかけるか、わかりやすい例を通し細やかに提案している。そして、性別は人々の特徴のひとつでしかなく、性のあり方も一人ひとりに違いがあり、だれもが自分を大切にできるような言葉がけをしていくことが、子どもの育ちには不可欠だと語っている。

本書は2021年にデンマークで発売されて3週間で初版が売り切れ、増刷が決定した。人口が兵庫県並みの小さな国で、ノンフィクションがこのスピードで売り切れることは決してよくあることではない。私自身も発売と同時に本書を買い求め、改めて言語化されているデンマーク社会の現実と、日々の思考や言葉遣いに気づかされた。 

子どもが生まれる以前から、すでに性別で判断していること、買い与えるおもちゃや服も、性別で無意識に選別してしまっていること。ノアゴーの指摘は私の無意識の選択一つひとつに光を当て、その偏りに気づかせてくれる。

幸福度の高い国、ジェンダー平等が整った国という、これまでのイメージとはちがった角度から見えてくるデンマーク。新たな境界線を引いてみれば、社会に残る無意識のジェンダー・ステレオタイプに目を向け、それが引き起こす不平等を変えていこうという試みは、日本で私たちが日々目指していることと大して変わらない。

ずっと先を歩んでいるデンマークでも、人々は私たちと同じようにジェンダー問題に取り組む必要性を感じ、本を読み、行動している。そんな内側から見えるデンマークを知ってほしい。共に学べることは多いはずだ。

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セシリエ・ノアゴー著、さわひろあや訳『デンマーク発 ジェンダー・ステレオタイプから自由になる子育てー多様性と平等を育む10の提案』(図書出版ヘウレーカ)

参考文献:松村圭一郎『はみだしの人類学』(NHK出版) 

(文:さわひろあや 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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