「DVを受けて警察にも相談していたのに、相手の同意を求められた」
「母の筆跡をなぞって、(男性の分も)自分で同意書にサインをした」
人工妊娠中絶をする際、原則的に配偶者の同意が求められる現状を変えようと活動するアクティビストがインターネット上で経験者にアンケートを行ったところ、多くの悲痛な声が集まった。
中絶をあきらめて出産したと答えた人も複数おり、「配偶者同意」によって追い詰められる女性の姿が浮き彫りになっている。
■ 未婚やDVの場合、相手男性の同意は必要ないが…
母体保護法では「本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」と定めており、配偶者がいる場合、原則として女性の意思だけでは中絶できない。
条文では配偶者がいる場合のみが記されているが、厚労省は配偶者がいない場合や、配偶者からドメスティックバイオレンス(DV)を受けたケースなど、事実上婚姻関係が破綻していて同意を得ることができない場合、本人の同意のみで中絶できるとの見解を示している。
しかし、アンケートを通して見えてくるのは、相手が配偶者でなくても同意を求められることの多さや、自己決定できない状況に翻弄され、女性が心身ともに負担を強いられる姿だ。
■ 男性の同意得られず出産、遺棄も
アンケートを実施したのは、研究者らでつくる団体「#もっと安全な中絶をアクション」などで活動する梶谷風音さん。
インターネット上で配偶者同意の廃止を求めて署名を行っており、6月に約8万2千人分を厚労省に提出。「中絶を求めたのにも関わらず、男性の同意要件で断られたことがある」という人を対象にしたアンケートも実施し、58人から回答を得て7月30日までに結果をまとめた。
同意を求められた相手男性の立場を聞いたところ、配偶者だったのは13人で22.4%。77.6%に当たる45人は配偶者ではなく、厚労省の見解によれば相手の同意が必要のないケースだった。
トラブルになるリスクを避けるなどの理由で、未婚でも病院側が男性の同意を求める場合は少なくない。アンケートでも、「パートナーと連絡が取れなくなった旨を伝えてもパートナーの署名、捺印を必ず貰ってこなければ手術はしないと言われた」という人もいた。2020年6月には、未婚で妊娠した女性が相手男性から中絶の同意書にサインをもらえず、公園のトイレで出産、男児を遺棄するという事件も起きている。
同意が取れずに困った理由として多かった(回答数55人)のは、「中絶に反対された(署名捺印を拒まれた)」と「逃げられて連絡が取れなかった」がともに21.8%。「DVやモラハラの被害にあっていた」が18.2%、「性被害にあった結果の妊娠だった(配偶者・非配偶者問わず)」が12.7%などだった。
前述したように、厚労省の見解では、配偶者がいたとしてもDVを受けたケースでは同意書は必要ない。しかし、そういったケースに当たるかどうかを医師が判断するのは難しい面もあり、日本産婦人科医会は「親等の親族、又は本人と配偶者の関係性を知る第三者にその確認を行うことが望ましい」としている。
結果的に、負担は女性に向かう。
アンケートでも「中絶できる期間ギリギリのラインまで、何か所も医療機関を自分で探して回り、断られるたびに辛かった。特に私は相手が配偶者だったので、(性交渉を)拒否し、まったく同意が無いとしても、性被害と受け止められることがなく、とても悲しかった」という声もあった。
■「 望まない出産に追い込まれている女性もいる」
同意要件によって中絶を断られた女性がその後どうしたか。
「同意の署名欄に適当な名前を書いて中絶した」が34.5%で最多。「自分1人の意思で中絶してくれるクリニックを見つけた」「中絶を諦めて出産せざるをえなかった」がともに12.7%だった。
梶谷さんは「予想以上に諦めて出産せざるを得なかったと答える人が多かった。日本に出産の強要などないと思っている人がほとんどだと思いますが、望まない出産に追い込まれている女性もいるのだと知ってほしい」と訴える。
自由記述には、長文の回答が多数寄せられている。
署名を「友人に依頼した」「自分で書いた」など、偽造せざるを得なかったという声は多数あった。
さらに、「顔も見たくない加害者に、気を持たせるようなこと言ったりして頼み込んでサインしてもらった。屈辱でした」「遠方にいた相手を説得し、後日病院に連れて行き同意書を再提出した。初めて経験する悪阻で、お腹に日に日に育つ生命を感じながら、一方でその命を自分の手で殺める段取りを進める日々は生き地獄だった」など、本人から署名がもらえたとしても負担が大きいケースは少なくない。
中絶方法は妊娠週数によって変わるため、12週未満の早期に行ったほうが体の負担は少ない。しかし、女性本人が希望していても男性の同意を得るのに時間がかかるケースもあり、「同意が得られるまで待たなければならず、最終的に1番身体に負担がかかる方法になった」という声もあった。
このほか、「相手が手術中に病院に電話をかけてきて、手術が中断された」という人も。「相手は職場から休み時間にかけてきて、こちらが必死に訴える最中も、仕事中だからとたびたび中座した」といい、「私や胎児の命より仕事を優先する他人になぜ私の体を脅かされなければならないのか。今まで生きてきて一番人権が脅かされたと感じた出来事」と振り返っている。
DVを受けて警察に相談し保護されていると医師に伝えても「相手の同意がないと無理」と言われたという人もいた。この女性は20週を超えた時期(人工妊娠中絶ができるのは妊娠22週未満まで)に警察の立ち会いのもとで男性の同意を得たといい「あの時に絶対に同意書をもらえなかったら…と思うと恐怖でいっぱい」としている。
この他、「産むのも困るけど署名捺印もしたくない」と言われた、避妊を拒んだ配偶者にDVに近い性交渉をされ妊娠したが「金はないから中絶するなら自分で勝手にしろ」と同意がもらえなかった、「どんなに泣いて訴えても旦那はサインせずしまいには人殺し呼ばわり」など、悲鳴のようなコメントが多く寄せられている。
■ 同意が必要な状況、「仕方ない」で終わらせない
世界に目を向けると、中絶に配偶者の同意が必要な国は少数派だ。
弁護士などでつくる人権団体Center for Reproductive Rightsの調査によると、中絶に配偶者の同意が必要なのは203の国・地域のうち日本を含む11(インドネシア、アラブ首長国連邦、シリア、台湾、トルコなど)のみ。
国連の女性差別撤廃委員会は2016年、配偶者同意の規定を廃止するよう日本に勧告しているが、議論は進んでこなかった。WHOが2022年3月に発表した中絶に関する新たなガイドラインでも、配偶者や家族の同意を中絶の要件としないよう求めている。
現在、イギリスの製薬会社が日本国内でも経口中絶薬の使用を認めるよう厚労省に申請中だが、厚労省はこの薬についても、母体保護法に基づいて服用には「配偶者同意が必要」とする見解を示している。
梶谷さんは「中絶に対するスティグマ(負の烙印)が大きく、当事者が声を上げづらい状況もあると感じます。ただ、アンケートの自由記述に多くのコメントが寄せられ、『声を上げたい』という気持ちが伝わってきました」と話す。
「自分の体のことなのに女性の意思だけでは決められない、男性の同意が必要、というのは、女性の自己決定権が奪われている状況。『こういうものだから仕方ない』のではない、と伝え続けていきたいです」
<取材・文=小西和香 @freddie_tokyo / ハフポスト日本版>