中国の習近平・国家主席が提唱した国家プロジェクト「一帯一路」で、強制労働などの人権侵害が横行していると、アメリカ国務省の報告書が指摘した。
中国の農村部からインドネシアに出稼ぎをしに行った男性が受けた数々の人権侵害を例に挙げ、「こうした例は一帯一路の対象国では珍しくないことだ」と評価している。
■海に投げ捨てられ、銃撃される
一帯一路は、習近平国家主席が2013年に提唱した経済圏構想。中国から中央アジアなどを経由してヨーロッパに達する陸の「シルクロード経済ベルト」と、海の「21世紀海上ベルト」からなる。主に途上国で鉄道や港湾などのインフラ整備に大胆な投資をする一方で、借りた金を返せなくなった国の港湾の使用権を中国が借り受けるなどといった「債務の罠」のリスクも指摘されている。
一帯一路の人権侵害を指摘したのは、アメリカ国務省が7月19日に発表した人身売買に関する報告書の2022年版だ。「強制労働:一帯一路の隠れたリスク」と題した部分で、中国人やインフラ整備の実施国の労働者が人権侵害に遭っているとしている。
具体的には、騙されて借金漬けにされたり、恣意的に賃金を差し押さえられたりするほか、パスポートの没収や身体的な暴力なども起きているという。
報告書は実例として、インドネシアで鉄鋼生産の仕事に就いた中国人男性の例を挙げている。この男性は家族のためにお金を工面しようと、求人広告に応募して出国。しかし現地に到着するや否やパスポートを取り上げられ、当初の条件よりもはるかに低い給料で、長時間働くことを強いられたという。
数ヶ月ののち、この男性は人目につかないようにネットに自身の写真をアップ。家に帰れるよう助けて欲しいと手書きのメモを添えた。しかし救いの手は届かず、男性は4人の仲間とお金を出し合い、中国籍ブローカーに出国の手助けを依頼した。だが連れていかれたのは故郷ではなくインドネシア国内の別の現場で、再び劣悪な環境で働くよう強いられた。
最終的にこの男性は、密輸業者に金を出すことでマレーシアへ抜け出る。しかし沖合で海に投げ出され、泳いで到着した先で現地当局から銃撃を受け、逮捕されることになる。
報告書はこの男性の例について「一帯一路に参加する数十の国々では珍しいことではない」と評価する。また、インフラ整備などの工事現場だけでなく、その周辺地域でも売買春や児童を対象にした強制労働、それに搾取的な結婚が増加傾向にあるとも指摘している。
■米主導で「対抗」枠組みも発表
一帯一路をめぐっては、アメリカのバイデン大統領が6月のG7(主要7カ国)首脳会合で、途上国を対象に日本円にして80兆円超の投資を目指す「グローバル・インフラ投資パートナーシップ」を発表した。一帯一路に対抗する経済圏構想とみられている。
中国外交部の趙立堅・報道官はこれに対し「一帯一路が債務の罠を作り出したというのはデマだ。予定されている交通インフラの整備が全て実行されれば、2015年から2030年で世界の760万人が極端な貧困状態から脱却できる。インフラ整備を口実に地政学的な計算を働かせ、一帯一路に汚名を着せる言動に反対する」などと反発していた。