43年前の1979年10月、鹿児島県大崎町の住宅の牛小屋で住人の男性の遺体が見つかった大崎事件。
共犯者とされた他3人の自白以外にほとんど客観的証拠が存在しない中、殺人罪などで有罪判決をうけ10年服役した原口アヤ子さん。事件直後から一貫して「あたいはやっちょらん」と40年あまり訴え続けてきた。原口さんが裁判のやり直しを求めている再審請求は第四次請求に入った。鹿児島地裁は6月22日、再審を認めるかどうかを判断する。
原口さんはこの6月に95歳になった。
二度の脳梗塞を患った上に認知症がすすみ、今は寝ていることが多く会話ができない。ただ、そんな状況あっても、原口さんが力強く反応する言葉があるという。「無罪」「再審」という言葉だ。「6月22日が再審決定です」そう耳元で語りかけると、目に光が宿りうなずいたという。
最初の再審請求から27年。原口さんは今も無罪を訴えベッドの上で戦っている。原口さんを弁護団事務局長として見守ってきた鴨志田祐美弁護士は「今回、アヤ子さんにとって再審の最後の機会だ。(裁判所と検察は)再審のための扉を開けてほしい」と語気を強める。
22日に最高裁決定の壁、崩すか
弁護側は、亡くなった男性は殺害されたのではなく事故死だったと主張してきた。再審請求では請求ごとに弁護側が新しい証拠を示さなければならない。今回の第四次請求では、2019年の最高裁決定で再審開始を取り消された要因の一つとみられる「死亡時期」を明確にする新証拠をだした。それが埼玉医科大学高度救命救急センターの澤野誠医師の医学鑑定書だ。
事件の経緯を振り返ると、亡くなった男性は、町道の側溝に転落。その後、近隣の住民2人が男性を救出して軽トラックの荷台にのせて男性の自宅へ運んだ。その時間は午後9時ごろとされる。男性の親族の原口さんと原口さんの元夫、義弟、甥の3人は、自宅へ運ばれた男性を午後11時ごろタオルで絞殺したと確定判決は認定した。
この男性が、死亡したとされる時刻より前に起きていた転落事故と死亡との関係が、鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部が再審を開始するよう判断した過去の計3度の再審決定のポイントになってきた。
澤野医師の医学鑑定は、遺体の解剖写真をもとに、首の内出血は被害者が側溝に転落した時に靱帯を損傷したと認定。転落した後に隣人に救助されるまで、頸髄損傷による運動麻痺で動けなかった。寒さの中、ぬれた状態で横たわっていたため低体温症となって全身の状態が悪化し、小腸に血液がいかず壊死した腸管から大量出血したことを死因とした。また、近隣住民が運ぶ際に、首を守りながら運んだかについては不明で、頸髄損傷が急速に悪化した可能性を指摘。午後9時過ぎには死亡した可能性が高いと主張する。午後11時ごろ原口さんらが殺害したという確定判決は成り立たない。
一方、検察側は、首の内出血は、確定判決が認めたようにタオルによる絞殺でも生じるとし、午後11時ごろの殺害時間に矛盾はないとしている。
殺人ではなく事故死、弁護団が訴える理由
大崎事件の主な証拠は供述だ。しかし、犯行を供述した原口さんの夫、義弟、おいの3人は知的能力が低かったと再審を求める裁判過程で認定された。現在では知られるようになった「供述弱者」だ。供述弱者は捜査官の誘導に迎合しやすいと言われている。再審するように決定した3つの裁判は、「3人の自白には疑問がある」とした。
鴨志田弁護士は「知的ハンディキャップを抱えた3人の共犯者たちから自白を絞り取って、否認を貫いていたアヤ子さんを客観的証拠もないのに有罪にした」と指摘。「警察は、事故死の可能性を否定して、一族に生命保険をかけていたアヤ子さんが首謀者として殺害したというストーリーを疑わず、思い込みを変えなかった」と話す。
「開かずの扉」と呼ばれる再審。その実態は
今回は、無罪を審議する前の段階である、再審そのものを開始すべきかを問う「再審開始の可否」が問われている。大崎事件では、裁判所で再審開始が認められても、検察が即時抗告するのがこれまでの流れだった。
再審が実現するまでには長い時間がかかる。第一段階の裁判のやり直しをするかどうかを決める再審を経て、第二段階のやり直しの裁判審議(再審公判)に続く。大崎事件は初回の再審請求から27年経つが第一段階で門税払いされている。第二段階の再審公判にはたどり着いていない。
1995年に始めた第一次再審請求は地裁の再審決定まで7年かかり、最高裁で結論がでるまで計11年かかった。第二次再審は5年、第三次は4年だ。再審を請求するためには、新証拠が必要で、そのたびにその新証拠を示すのは再審を求める側である原告だ。
日本の再審制度は現行の刑事訴訟法施行以来、70年あまり一度も改正されていない。
「『国はまちがっていない』という確定神話にとらわれ、無罪の証明がえん罪を訴える側に突きつけられている。『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が再審では通用しない。『確定判決の利益に』なのです」と鴨志田弁護士は語気を強める。
「無罪で生き返ることができます」
原口さんは2016年、再審請求をしていた高裁で、「私は無実です。私を無罪にするようにしてください。無罪にしてもらったらうれしい気持ちになります。今は死んでいるような気持ちですが、無罪で生き返ることができます」と陳述した。何か言いたいことがあるかと裁判長に問われた原口さんは自分の言葉でまっすぐ裁判長を見て話したという。
「無罪を勝ち取るまで死にきれないのではなく、冤罪を背負ったアヤ子さんの現在は死んでいるような気持ちなのだ。アヤ子さんの『魂の叫び』を受け取った」鴨志田弁護士はそう思った。
無実の人を救うための人権救済制度である再審制度だが、再審開始決定が出ても抗告審で取り消され、再審請求審が長期化しているのが実態だ。「命の砂時計」を抱える原口さんにとって壁は厚い。
また、改革のための動きもすすみつつある。6月16日、日本弁護士連合会(日弁連)では「再審法改正実現本部」の設置が決まり、再審法改正を日弁連として目指すことになった。
鴨志田弁護士は、「再審開始が決まり、無罪確定までなされるような2022年に。大崎事件のラストイヤーが、再審制度の改革の初年度となるようにしたい」と話す。
6月22日午前10時、鹿児島地裁での決定が言い渡される。原口さんは、鹿児島県内の入院先での車いすに座り、支援者とともに連絡を待つことになっている。
これまでの経緯
弁護団によると、3回も再審開始が認められたケースは大崎事件だけだ。
第一次再審請求 (1995~2006年)
地裁 再審開始決定(裁判をやりなおしなさい)
高裁 有罪判決が正しい
最高裁 有罪判決が正しい
第二次再審請求 (2010~2015年)
地裁 有罪判決が正しい
高裁 有罪判決が正しい
最高裁 有罪判決が正しい
第三次再審請求 (2015~2019年)
地裁 再審開始決定(裁判をやりなおしなさい)
高裁 再審開始維持(裁判をやりなおしなさい)
最高裁 有罪判決が正しい
第四次再審請求(2020年3月~)
地裁 6月22日に再審開始の可否決定(裁判をやり直すかどうかの判断をする)
【井上未雪】