「日中友好」から「新しいバランス感覚」へ。国交正常化50周年にあえて考える“中国への向き合いかた”

「中国の台頭と向き合うときに、日中友好時代のバランス感覚で挑んではいけない」(東京大学の佐橋亮・准教授)

時の内閣総理大臣・田中角栄と中国の首相・周恩来の署名により、日本と中国の間に国交が結ばれたのは1972年9月のことだ。上野動物園には2頭のパンダが贈られ、列島は中国ブームに沸いた。

あれから50年の節目となる2022年。かつてのような友好ムードは感じられない。

中国は力をつけ、国際秩序への挑戦者となった。日本はアメリカの同盟国として、バイデン政権が形作ろうとする「対中包囲網」の中で大きな役割が期待される。

「米中対立」が盛んに叫ばれるなかで、日本のポジションは定まってきたようにも見える。

しかし、米中対立などに詳しい東京大学の佐橋亮・准教授(国際政治)が提唱するのは、また違った日本外交のあり方だ。

日中国交正常化50周年であり、参議院議員選挙を控えた今、日本が持つべき外交の羅針盤は何か。話を聞いた。

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wenjin chen via Getty Images

■アメリカの経済外交「高い期待持てない」

まず見ていきたいのは、アメリカのバイデン政権が進める、「ミニラテラル」と呼ばれる少数国家による枠組みを多層的に作り上げていく戦略だ。

バイデン大統領は5月に訪日。日米首脳会談でIPEF(アイペフ=インド太平洋経済枠組み)の立ち上げを表明したほか、日本・アメリカ・オーストラリア・インドの4カ国から成るクアッド首脳会合では、中国を念頭に「現状を変更し、地域の緊張を高めるあらゆる威圧的で一方的な行動に強く反対する」などとする共同声明を出した。

こうした動きを、佐橋さんは次のように解説する。

「アメリカは中国を“most consequential strategic competitor”(最も重大な戦略的競争相手)と表現しています。自国が軍事力や科学技術で優位に立つだけなく、同盟国やパートナー国を総動員して枠組みを作り、ルール形成などを進めています」

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佐橋亮・東京大学東洋文化研究所准教授。専門は国際政治学
Fumiya Takahashi

こうした動きに中国は反発と警戒を強める。しかし対中包囲網と報じられる動きも、足並みが完全に揃っているわけではない。

「中国が警戒しているのは、経済連携やルール形成などの枠組みが軍事的な意味を持つことです。要するに、いつ“アジア版NATO”になるかが最大の懸念です。しかし(クアッドでは)今はその百歩くらい手前の議論をしていると思います」

「アメリカ側」「中国側」という構造が生まれてきた米中対立において、アメリカの同盟国である日本に期待される役割は大きい。一方で佐橋さんは「必ずしも全ての面でアメリカと一緒に包囲網を作るべきだとは思わない」と指摘する。

経済面でのデカップリング(分離)が進めば、日本の利益にそぐわなくなるからだ。

例えば軍事転用可能な技術の流出防止を掲げた政策などは、行き過ぎてしまえば日本にとって不利な状況を生みかねない。

「アメリカや中国がモノや技術、人の往来を制限し始めていることが日本にとって望ましいことなのか。(その結果)アメリカも中国も自国企業優位になってしまえば、日本の利益にも世界のためにもならない。日本は自由貿易にこだわり、科学技術も本来は開放されているという考えを保つべき。そのうえで安全保障上の懸念を盛り込むべきです」

中国を念頭に置いたアメリカの政策には「自国中心主義だと感じることが多々ある」と佐橋さん。来日したバイデン大統領の提唱したIPEFにも次のような評価を下している。

「日本の役割は自由貿易ですから、基軸にすべきはTPP(環太平洋経済連携協定)です。IPEFを100%否定するつもりはありませんが、やはりTPPという高レベルの枠組みを代替するものではない。IPEFに象徴されるように、バイデン政権の経済外交は(日本にとって)高い期待が持てません。無いよりはまし、というレベルに過ぎません」

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日米首脳会談で握手する岸田文雄首相(右)とジョー・バイデン米大統領=5月23日、東京・元赤坂の迎賓館[代表撮影]
時事通信社

■「理想よりも関係重視」の日本式

米中の互いの警戒感が過度に発展し、産業政策や保護主義に陥らないようにする。自由貿易にこだわる日本の役割を強調しつつ、佐橋さんは中国への向き合い方にも新しい観点が必要だと話す。

押さえておきたいのが、アメリカと日本の対中姿勢の違いだ。

佐橋さんは「バイデンのアメリカ その世界観と外交」(佐橋亮、鈴木一人 編,東京大学出版会,2022年)で、アメリカは「普遍的価値観とルールを元にした国際秩序」を優先させる「理念国家」であると評価している。

つまり、目先の利害よりも「自由」や「民主主義」といった理想や価値観に重きを置いて動く、ということだ。

一方で日本には「独自の調整過程」があるという。それは自由主義などの価値観を外交政策に反映させることを抑え、隣の国々との関係安定を重要視する姿勢だ。

「日本はアメリカほど人権や自由主義、民主主義という価値観を打ち出す国ではないし、そのゴールに辿り着くには時間がかかる」と佐橋さん。これからは、日本にとっての得意分野の議論をリードしてほしいと期待をかける。

「日本が自由主義の旗を降ろすことはありませんが、フロントランナーとなるかといえば、それはアメリカに任せていくべきだと思います。日本は得意分野により集中し、例えば核軍縮や自由貿易などで議論を牽引していってほしいです」

だが、関係安定を最優先してきた方針を変えてしまえば、中国から反発を招くおそれが出てくる。佐橋さんは「摩擦は生まれるかもしれないが、そこは引き受けるべきコスト。曲げてしまえば世界からルールや価値がなくなってしまう」と主張する。

■「極端から極端」ではない

折しも、日中国交正常化50周年の節目だ。日中の橋渡しを担ってきた人たちの間からは、この機会に停滞する両国関係を盛り上げたいとの声が伝わる。その根底にあるのは「日中友好」への期待だ。

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歓迎夕食会で田中首相(左)に料理を勧める周恩来首相(北京の人民大会堂にて/1972年9月25日)
時事通信社

一方で佐橋さんは、外交においては、友好からシフトした「新しいバランス感覚」が必要だという見方を示す。

「今までの日本外交には“隣国とは喧嘩してはいけない”という感覚がありました。しかし中国の台頭と向き合うときに、日中友好時代のバランス感覚で挑んではいけないと思います」

それは、例えば中国とのデカップリング(分離)や圧力の強化を推し進める「対中強硬」への変貌を意味するのだろうか。

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日中国交正常化20周年で人民日報の祝賀全面広告に登場したドラえもん。(1992年9月撮影)
時事通信社

「極端から極端へいくことではありません。日本経済や日本社会との構造とも一致しません」と佐橋さんは否定する。ここでポイントになってくるのがバランスだ。

アメリカを例に挙げると分かりやすい。オバマ政権末期から中国への認識を改めたとされるアメリカは、トランプ政権下で中国への強硬姿勢をより露わにすると、バイデン政権もその流れを継承した。

そのアメリカも強硬一辺倒というわけではない。佐橋さんは「ただの強硬ではなく、競争と共存が込められている」と指摘したうえで、こう解説する。

「アメリカにとって中国は安全保障上の脅威であり、政治体制に起因する警戒感があります。一方で経済や科学技術の面で共存したいという思いや、アジアンヘイトになってはいけないというバランス感覚があるのです。アメリカの対中政策が持っている多面性や複雑さを日本もちゃんと理解して議論すべきです」

では、日本は中国とどう向き合うか。すぐ隣に位置し、経済的・文化的にも結びつきが強い一方で、既存の国際秩序への挑戦者でもある国だ。

「今までの“隣国関係重視”を超えたところに新しいバランスがあります。米欧と同じように自由主義の根本的な原則では譲らず、中国から標的にされるコストも多少は引き受ける。ただ同時に、日本が専念すべきところを見極める。究極的には、どんな世界を描き、中国政府や中国の人々とどうやっていくかを考える、ということだと思います」