「社会を滅茶苦茶にする」ディスインフォメーションの脅威。ウクライナ侵攻で注目、日本もすでに標的だった

ディスインフォメーションをめぐる現状に詳しい専門家を招き、公開インタビューを実施。その内容を抜粋してお届けする。
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「ロシア軍は合同軍事演習を終え、ウクライナ国境から撤収している」

「ゼレンスキー大統領は首都・キーウから逃げ出した」

こんな情報をSNSなどで見かけた経験はないだろうか。

これらはいずれも、後に「偽情報」だと確認されたものだ。

ロシアによるウクライナ侵攻で注目されているのが、この偽情報を含む多様な情報工作だ。その名を「ディスインフォメーション」と呼ぶ。

「フェイクニュース」とも異なるこの概念。その矛先は、すでに日本にも向けられている。

ハフポスト日本版は、ディスインフォメーションをめぐる現状に詳しい専門家を招き、Twitterの音声機能「Twitter Spaces」で公開インタビューを実施。その内容を抜粋してお届けする。

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Getty Images

■「フェイクニュース」とは異なる

「真偽にかかわらず社会、公益への攻撃を目的とした害意のある情報」。

笹川平和財団の政策提言書は、ディスインフォメーションをこう定義する。虚偽の情報だけでなく、本当の話なども含む点がポイントだ。

「安全保障の観点でいえば、本当のことや嘘を織り交ぜながら、対象となる国の社会を滅茶苦茶にするんだ、という意味合いで使われることが多いです」。サイバーリスクや地政学などが専門の、東京海上ディーアールの川口貴久・主席研究員はこう話す。

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東京海上ディーアールの川口貴久・主席研究員
本人提供

悪意を持って社会を混乱させるという意味合いが強く、単純な誤報や風刺的な意味合いを含むこともあるフェイクニュースとは区別すべきだという。

川口さんによると、ディスインフォメーション工作は、2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻の「前」から確認されていたという。

「侵攻前、ロシアはベラルーシと合同軍事演習を実施していましたが、ロシア国防部は2月15日に、演習を終え一部撤収を始めたと発表しました。結果的にこれは完全な嘘だと分かりました。相手を混乱させ、陽動する意味があったと考えています」

ディスインフォメーションは、侵攻開始後も盛んに発信された。

「開戦直後には、ゼレンスキー大統領が首都キーウから逃げ出した、という情報が流れました。(400人以上が虐殺されたとみられる)ブチャでは、ロシア側が“ファクトチェックをする”という体裁で、(虐殺があったと報じる)米欧のメディアを批判していました」

矢継ぎ早に展開されたロシアによる情報工作。しかし、川口さんは「あまり成果をあげられていないのが現状」と分析している。その理由の一つが、迅速なファクトチェックだ。

例えば、「ロシア軍が一部撤収」という情報は、衛星画像や現地付近の住民らがSNSにアップした画像などから矛盾が指摘された。ゼレンスキー大統領の「逃亡説」には大統領本人が対抗。キーウの大統領府前で撮影した「自撮り動画」を投稿し、キーウに残り続ける意思を表明した。

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自撮り動画で話すゼレンスキー大統領
ゼレンスキー大統領の公式Facebookより

ネットにアップされた動画を、即座に「本物である」と断定することは難しい。一方で、市井の人々が撮影した映像などが大きな役割を果たしたことも事実だ。川口さんは「ウクライナではここ数年で4G通信回線が普及し、カメラ付きスマートフォンを持つ人たちがスムーズに動画などをアップできるようになった」と解説する。

加えて重要だったのが、アメリカによる機密情報を含むインテリジェンスの公開だ。バイデン大統領は2月18日、つまり侵攻が始まる前の時点で「ロシアが数日以内にウクライナを攻撃する理由があると信じる。標的にはキーウも含まれる」などと記者会見で話している。川口さんは「こうした情報公開も、ロシアのディスインフォメーションが成果を上げられていない一因です」と評価している。

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アメリカのバイデン大統領(2月18日) (Photo by Alex Wong/Getty Images)
Alex Wong via Getty Images

一方、ファクトチェックだけでは対抗できないのが、ディスインフォメーションの厄介なところだ。「本当の話」や「意見」も含まれるからだ。

川口さんは次のように解説する。

「プーチン大統領はこれまでに、“現代ロシアの起源はキエフ公国にある”と主張してきました。これ自体は事実と言えるでしょう。しかしプーチン大統領は侵攻を正当化するための文脈で使用しています。これも典型的なディスインフォメーションだと理解しています」 

■「アメリカへの信頼」を削ぐ

ディスインフォメーションが展開されているのは、ウクライナ侵攻に限ったことではない。日本の目と鼻の先も最前線となっている。

統一を悲願とする中国と、それに抗う台湾だ。

中国から台湾へ向けられる情報工作は、数十年にわたって続けられてきた。

東アジア国際政治史や現代中国・台湾論が専門で、法政大学の福田円・教授は次のように話す。

「冷戦期にはビラを砲弾に詰めてばら撒いたり、気球に乗せて飛ばしたりして、相手の団結を挫くようなことが行われていました。技術の発展に伴い方法も巧みになり、分かりにくい形で大きな成果をあげられるようになっていると言えます」

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法政大学の福田円・教授
本人提供

福田さんによると、今回のウクライナ侵攻に伴い、中国から台湾へ向けて威嚇するような情報が流れたとみられるという。

「分かりやすい例では“今日のウクライナは明日の台湾”になるぞ、と脅すものです。一方で、自分たち(中国)はいつでも軍事的に台湾を取れるぞ、という威嚇に対し、台湾社会は免疫があります。日本では(台湾有事の脅威などに)敏感に反応する世論もありますが、台湾社会はより冷静にみている側面があります」

その一方で、中国のディスインフォメーション工作が成果をあげているとみられる部分もある。それが「アメリカへの信頼」だ。

中国が軍事的な手段で統一を目論んだ場合、カギになるのが「米軍来援」だ。共産党の軍隊である人民解放軍が米軍を相手にするのか、しないのかによってシナリオは全く異なる。

アメリカ歴代政権はこれまで、台湾への防衛協力を明言しない「曖昧戦略」をとってきた。この隙をついているとみられるのだ(※バイデン大統領は2022年5月23日、台湾有事の際の軍事介入について「Yes」と回答。波紋を呼んでいる)。

「バイデン政権はウクライナを支援していますが、派兵まではしていません。そこに絡めて“本当にアメリカを信頼して良いのか”という議論があるのです。不安は世論調査にも現れています。実際に米軍が来てくれると思うか、という問いに対し、21年10月では6割以上が“助けに来てくれる”と答えました。しかし3月の調査では34.5%まで落ちていて、台湾世論の揺れ動きの速さが示されています」

さらに台湾社会の分断が図られたことが窺えるケースもある。新型コロナウイルスのワクチンだ。台湾社会は一時、ワクチン不足に悩まされた。

その時に供給元として浮上したのが、ドイツ・ビオンテック社と米ファイザーの共同開発したワクチンだ。しかし上海市の「上海復星医薬」が中華圏での独占販売権を握っており、台湾当局は契約に妨害があったと中国政府を非難した。

日本は台湾に対し、アストラゼネカ社製のワクチンを提供した。蔡英文・総統も感謝のメッセージを出すなど注目された動きだった。しかし福田さんによると、今度はそのワクチンの安全性を疑問視するような情報が流されたという。

「情報の出所が中国だという証拠は掴みにくいのですが、中国発ではないかと推測した人は多かったです。ディスインフォメーションに加え、台湾は非常に自由な社会のため、色々な人が色々な発信をします。それらが相乗効果となって、元からあった政治的な対立が盛り上がる、という構造もあると思います」

■日本も標的「すでに始まっている」

ディスインフォメーション工作は当然、日本も対象となり得る。

情報工作が展開されるケースの一つとして想定されるのが台湾有事だ。中国が日本に対し、日米同盟に楔を打ったり、自衛隊の介入を防ぐために厭戦気分を高めたりするなどの目的で情報発信をしてくる可能性はある。

福田さんは次のように話す。

「歴史的にみても、台湾問題において、日本への情報工作は重視されてきました。私は、有事に向けた工作がすでに始まっている可能性もあると思います。中国が(軍事的に台湾を統一できる)実力があると見せつける行為も、台湾だけではなく日本も含めた別の国々に向けられた側面があると考えています」

川口さんは「台湾有事が起きれば、日本へのサイバー攻撃や情報戦が展開されるのは間違いない」としたうえで、すでに実施されている情報工作の実例を挙げてくれた。

それは、沖縄にある在日米軍基地での新型コロナウイルスのクラスター感染に関連して行われたという。

2021年12月17日、キャンプ・ハンセンでクラスター感染が起きていたことが発表された。感染力の強い変異株のオミクロン株が含まれていることも分かった。キャンプ・ハンセンを含むすべての米軍基地で、出国前にコロナの検査を実施していなかったことにも批判の声が上がった。

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キャンプ・ハンセン(撮影地・沖縄県金武町/2010年)
時事通信社

この時Twitterに、日本政府の感染拡大防止に向けた「努力は台無しになった」と投稿したのが、共産党機関紙・人民日報の日本語版だ。川口さんはこのツイートを次のように分析する。

「添付されていたのは名護市辺野古にある新基地建設現場の画像です。金武町などにあるキャンプ・ハンセンと関係はない。在日米軍のクラスター感染と辺野古問題を結びつけ、対米感情を悪化させるディスインフォメーションです」

■私たちはどうすれば?

実際の戦争で用いられているだけでなく、すでに日本社会にも向けられているディスインフォメーション工作。私たちはどのように備えるべきなのか。最後に2人に聞いた。

川口さんは「ファクトチェックはソーシャルメディアを利用するすべての人に求められるスキルです。加えて、偽情報ではない事実や意見も情報戦に使われている、という意識を持つことが重要です」と指摘。そのうえで「法律や制度面での課題は多く、一人ひとりにできることには限界があります」とも主張した。

福田さんは、情報戦に晒されてきた台湾から日本が学べることは多いと訴えた。またネット空間で「日本人として何かを発信するときに、それが中国や台湾でどう捉えられるか、ということをしっかり考えることが非常に重要になります」と話した。