妊娠中絶をめぐり、アメリカが大きく揺れている。
きっかけとなったのは5月2日、アメリカ連邦最高裁判所が「妊娠中絶は女性の権利」と認めた過去の判決について、覆す見通しであることを示す草案の内容が報じられたことだ。
これまでの経緯を振り返る。
1973年の「ロー対ウェイド判決」
アメリカで初めて「妊娠中絶は女性の権利」と認められたのは、1973年の「ロー対ウェイド判決」だ。
時事通信などによると、1970年、テキサス州の妊婦が「ジェーン・ロー」の仮名で同州ダラス郡のヘンリー・ウェイド地方検事を相手に、中絶を禁止する州法は違憲であるとして訴訟を起こした。
連邦地方裁判所は「中絶を著しく制限するテキサス州法は違憲」とする判決を下し、1973年に最高裁もこの判決を支持。条件付きながら原告勝訴の判決を下し、胎児が子宮外でも生存可能になる前、現在では23週程度までの中絶は、憲法で認められた女性の権利であるとした。
この歴史的な判決を受けて多くの州で中絶を禁じる州法が無効となり、女性たちは安全に中絶手術を受けられるようになった。
強く残るトランプ前大統領の影響
しかしその後もおよそ50年間、妊娠中絶は国内を二分する激しい議論を呼んでいる。
聖書の教えを厳格に守るキリスト教福音派などを中心とした中絶反対派にとって追い風となったのが、2017年のトランプ前大統領の就任だ。
アメリカの最高裁は、「ロー対ウェイド判決」を例とする人工中絶をはじめ、同性婚や銃規制など、国民ひとりひとりの生き方や国のあり方に影響を与える問題に最終的な司法判断を下す重要な役割を担っている。
最高裁判事(定数9人)は、大統領が指名し議会上院で承認される。終身制のため、指名した大統領が職を離れた後も影響が続く。
福音派から支持を受ける共和党のトランプ前大統領は「中絶に反対する(保守派の)人物を最高裁判事に任命する」という選挙公約を掲げて当選。就任後に3人の保守派の判事を指名した。
BBCによると、一人の大統領が最高裁判事を3人も選ぶのは異例だ。
これにより9人の判事のうち保守派が6人、リベラル派が3人となり、最高裁が保守派寄りの判決を下す可能性が高まっているのだ。
テキサスでは、妊娠6週目以降の中絶を禁じる法律も
こうした動きを背景に、「ロー対ウェイド判決」の基準より早い時期以降の中絶を禁止する法律が、共和党の地盤となる州で相次いでいる。
例えば、例えば、テキサス州で2021年9月に施行された中絶規制法は、妊娠6週目以降の中絶を禁じている。6週目までに妊娠に気づく女性は少ないため、実質ほとんどが中絶を受けられなくなる。レイプや近親相姦による例外も認められていない。
中絶の権利を守ろうとする団体などがこの中絶規制法は違憲だとして差し止めを求めていたが、最高裁は5対4で請求を退けた。
一方、米司法省はテキサス州の中絶規制法が「憲法に対する公然とした反抗だ」と批判し、同州を提訴している。
世論調査では「中絶を合法とすべき」が多数
ただ、世論調査の結果を見ると、中絶を違法とすべきと考えるアメリカ国民は多数派ではない。
世論調査機関「ピュー・リサーチセンター」が1995年から行う調査によると、中絶を「合法とすべき」とする人の割合は「違法とすべき」とする人の割合を常に上回っている。
2022年3月に行われた調査では、「全て/ほとんどの場合に合法とすべき」とした人は61%、「全て/ほとんどの場合に違法とすべき」としたのは37%だった。
「ロー対ウェイド判決」覆れば26州が中絶の禁止に動くとの予想も
今回流出した最高裁の草案は、「ロー対ウェイド判決」の基準より早い妊娠15週目以降の中絶を禁じたミシシッピ州の法律の合憲性を巡る訴訟で、サミュエル・アリート判事が多数意見をまとめたものとされる。アメリカの政治専門サイト「ポリティコ」が5月2日に報じた。
ポリティコによると、草案は2月にまとめられたもので、多数意見の「最初の草案」と記され、98ページにも及ぶ。「ロー対ウェイド判決」を否定し、アリート判事は「最初からひどく間違っていた」と記している。