「モヤモヤは僕らの心を変化させてくれる」臨床心理士・東畑開人さんに聞く、つらい心の守り方

ウクライナ侵攻に長引くコロナ禍…。私たちを取り囲む「割り切れなさ」とどう向き合えばいいのか。どう心を守ればいいのか。そのヒントは「モヤモヤ」にある、と臨床心理士の東畑開人さんは話します。
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YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
東畑開人(とうはた・かいと)さん。臨床心理士・公認心理師

世の中は、割り切れることばかりじゃない。

わからない。怖い。言葉に詰まる。動き出すのをためらってしまう。

特にいまは、さまざまな「割り切れなさ」が私たちを取り囲んでいる。

ウクライナ侵攻のニュースは最たる例だろう。凄惨な映像が目に飛び込んできて、いままさに戦争が起こっていることに恐怖を感じる。感情移入して、気づけば涙がこぼれおちている。イラクやアフガニスタンのときにはいまほど注目していなかった自分に気づいて、罪悪感を抱く。

コロナ禍は3年目に突入してしまった。

大切な仕事を失ったり、人間関係がこじれたり、仲間を喪ったりして、心がつらくなることもある。地震が頻発しているのもしんどい。春には新しい環境に入り、もがいている人も多いだろう。さまざまな「割り切れなさ」が重なっている。

こんなとき、私たちはどのように心を守っていけるのだろうか。『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社)を上梓した東畑開人さんに話を聞いた。

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YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
東畑開人『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社)

 

ほとんどの問題はすぐには解決できない

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YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
東畑開人さん

都内にあるカウンセリングルームで、東畑さんはクライエント(カウンセリングに訪れる人)の一人ひとりと向き合っている。 

悩みのただ中にいるクライエントが扉を開ける。

前著『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)で紹介されたのは、「過酷な職場で、とりわけ過酷な働き方をしてきた戦士」の30代男性、何度も訪れては「自分は幸福だ」と話すものの、ある日「私は夫が嫌いです」と語り始めた婦人、不登校の娘を持つ母親━━。

「すぐに解決しなければ」「スッキリさせなければ」と焦って訪れる人もきっと多い。しかし、東畑さんがカウンセリングで重きを置いているのは、「次」だ。

「『次がある』ということは、カウンセリングで最も重要な仕組みだと思っています。『いまはちょっと解決しないけど、もう一回話そう』と次の約束をして終わることは、とても治療的。

その場で解決しないと、不安になると思います。でも、実際にはほとんどの問題はすぐには解決できない。次の約束があれば、それまで少し不安を預けておくことができるんです」

もちろん緊急時には「次」ではなく「いま」の対応が必要なケースもあり、特別なマネジメントが存在する。しかしそうでない場合も多いのも事実だ。

東畑さんは「モヤモヤすることで心を守るやり方」もクライエントに提示する。『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』ではこのように書かれている。

“スッキリとモヤモヤだと、スッキリが心の守り方で、モヤモヤは心を守れなかった結果のように見えます。心の中に溜まった有毒ガスがモヤモヤで、それを追い払うのがスッキリ、みたいな感じ。だけど、実はそうではない。スッキリもモヤモヤも、ともに心の守り方です”

“モヤモヤしているときには、僕らの心は傷つきを消化している”

“そう、モヤモヤは僕らの心を変化させてくれる”

割り切れないことに周りを取り囲まれると、私たちは手軽な「スッキリ」を、つい求める。それも悪いことではないが、「モヤモヤ」が私たちの心に引き起こしてくれる前向きな変化も掬いたい。

「時間をかけて、『これはちゃんとモヤモヤと悩むことに意味がありますよ』と伝えています。

本人は価値のない時間を過ごしているように思っている。それに対して『あなたの人生でとても価値があることをしているよ』と誰かが言うことで、そこに踏みとどまれる。誰かがわかってくれていることなら、向き合えるんです。

こうしたことは、一般的な人間関係のなかでもよく起きているはずです。カウンセリングと言っても、マジカルなことは起きません」

 

人生に「夜の航海」があってもいい

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YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
東畑開人さん

しかし、孤立して「モヤモヤ」を続けてしまうと、余計につらくなってしまう。現代を生きる私たちを、東畑さんは「まるで大海原に小舟が漂っているみたいだ。みんながてんでバラバラな航海をしているように見えてくる」と描写する。

小舟のような私たちが孤立してしまったと感じたとき、どう振る舞えばいいのだろう。

「カウンセリングをやっていて、クライエントの人生に突然他者が現れることに感動します。例えば、この本の登場人物の人生には、心の支えになるような起業家のチャットグループが突然現れてきます。

それは、狙って作れる機会ではない。だから、どの人に助けを求めるべきなのかは答えがなくて、そういう巡り合わせが起こりやすいようにするしかない。愚痴をこぼしたり、文句を言ったりすることによって、偶然そういう出会いが起きてくるのではないかと思います。

そうして一緒にモヤモヤしてくれる他者がいてくれれば、『夜の航海』を長く続けることに価値がある。人生に『夜の航海』があってもいいじゃないか、『夜の航海』を早くやめなくてもいいんだ、というメッセージを本に込めています」

深層心理学者のユングは、誰の身にも起こるような危機の時期を「夜の航海」と表現した。東畑さんは、ユングを参照しながら、「夜の航海」で小舟が直面する複雑な事態を複雑なまま受け止めようとしている。

 

「大人になる」ということ

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東畑開人さん

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』では、外資系コンサル企業の管理職を務めるミキさんと、エンジニアのタツヤさんの2人の物語が進んでいく。2人は、苦しい人間関係のなかで、他者を信用できなくなる体験をする。仕事も難しい状況になっている。「モヤモヤ」を抱えながら、時間をかけ、「割り切れなさ」を生きていく。

“あるのは地味な時間の流れだけです。

しかし、それこそが人間を信じるための唯一の力になります。

納得いかないこと、矛盾に満ちていること、絶対に許すことができないこと。つまり論理的思考では答えの出ないことを、時間がゆっくりと溶かしてくれる”

そうして「地味な時間の流れ」を、「モヤモヤ」しながら過ごした先に、何が待っているのだろうか。

「僕らは、最初は希望に満ちているのだけれど、人生の途中でガッカリしてしまう。ミキさんとタツヤさんのように、人間は裏切られます。他者だけではなくて、社会からも裏切られ、幻滅する。『こんなものだったの?』と。それで、傷ついた時期を持ちこたえ、ある種の納得感や理解を持って生きる。ガッカリしたあとを生きているのが、『大人』だと思います」

モヤモヤを抱えて、ガッカリしたあとを大人になって生きる。これは、暗い言葉だろうか。東畑さんはこう綴る。

“懐中電灯でも、灯台でも構いません。まぶしい光で暗闇を一掃するのではなく、ほのかな光を手放さないこと。そして、その光で、深い闇を少しずつ照らしていくこと。夜の航海をしてきた僕らは、それこそが暗闇をサバイブするための方法であることを学んできたはずです” 

割り切れないことに直面したとき、私たちは大人になる機会を迎えている。差し迫った危険がもしないのなら、モヤモヤすることに時間を使ってみる。

その際、他者がそばにいてくれるといい。わかりやすく即効性のある言葉を表現しないで、待つ。ちょうどいい塩梅を見つけていく。それが大人になることである。

「割り切れないことに対して、僕は言葉がくぐもってしまう。人間のやることは塩梅やさじ加減。原理的なことを言うのが『思想』ですが、一方で『文学』や『心理療法』は、塩梅やさじ加減の話なんです。だから必然的に、メッセージは弱くなり、くぐもった喋りかたになる。それがいいのだと思う。心理士は、そういう仕事ですね」

現実は複雑で割り切れないから、ひとりでは受け止められない。他者に不安を預けながら、時間をかけて付き合っていく。くぐもった言葉を抱き、ほのかな光を視界に入れながら「夜の航海」を続けていくのだ。

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YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
東畑開人さん

(取材・文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)