ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続いている。連日の報道を固唾をのんで見守っているのは私だけではないだろう。西側諸国に足並みを揃えて日本も経済制裁に踏み切り、ロシアが北方領土を免税特区にする法案を成立させる等、日本に住む私も他人ごとではいられない。
また、3月は11年前に東日本大震災が発生し、未だ多くの方が行方不明であり、その悲しみは癒えてはいない。
親しい人々との別れを惜しみ、新生活の準備に追われるこの時期はただでさえ心が大きく揺れやすい時期であるのに、昨今の不穏な世界情勢にどこか落ち着かず、漠然とした不安を抱えている人は少なくないのではないだろうか。
映画で目にする陪審員裁判は全体のたった5%
私はトライアル・ローヤーと呼ばれるアメリカでも数少ない、陪審員の前で裁判を担当する弁護士である。アメリカは訴訟大国と呼ばれるが、映画で観るような陪審員裁判はそのうちの5%程度で、ほとんどがその前の段階で終結する。
陪審員裁判まで進む案件は、想像の通り深刻かつ複雑なものであり、代理を務める弁護士の責任も重いものである。
トライアル・ローヤーは重責を担いながら、そのプレッシャーに負けることなく最大かつ最高のパフォーマンスで代理を務めなければならない。
私はこの漠とした不安に駆られる日常を過ごす時、弁護士という仕事から得た経験や教訓を役立てられないかと考え、私自身が心を平穏に保ち、仕事に臨む時の習慣を振り返ってみた。
寝る前に30分読書、問題を一旦保留する
人はどれくらい考えごとをするのか。
これを書くにあたり調べてみたところ、全米科学財団の調査(2015)によると、一日に12000から60000の考えごとするという。そのうち80%がネガティブなことで、さらに90%が昨日と同じことの繰り返しであることがわかった。
だとすれば、積極的に、能動的にネガティブな気持ちにとらわれないようにしたいものである。
図らずも、私はこの研究を知る前から、重要な職務や課題を保留す時間を設けていた。大事な裁判を控えている時などは、日常的に就寝30分前からは読書を心がけている。
読むという能動的な行為でストーリーに入り込み日常とはかけ離れた世界に没頭するのだ。それならテレビやラジオでもよいだろうと考えるかもしれないが違う。読書と違ってテレビやラジオはどこか受け身で、自分を悩ませていることに心が傾いてしまう。
そして、マルチタスクを上手く使って考えることを保留することもできる。重大な職務に臨む時は、延々と考えて最善策を模索したくなるのは当然であるが、考え続けていれば打開策が見いだせるわけではない。
また、全く別のことをしている時に課題解決の妙案を思いついた経験はないだろうか。マルチタスクを逆手に取り、いくつかのタスクを並行して走らせ、行き詰ったら別の案件に集中すればそんな機会に恵まれるかもしれない。
悩みを完全に消し去ることなどできなくても、別のことに集中することでひと時は忘れられ、解決策も見出すことにつながる時さえあるかもしれない。
休むことに罪悪感を覚えない
同僚が忙しくしている時に、休憩することに罪悪感を持ってしまうことはないだろうか。
それはあなたが大人である証かもしれない。罪悪感は、社会的義務と個人の欲求の間で揺れた時に生まれ、道徳心によって引き起こされ、道徳心は大人になるにつれ養われるという。
忙しい同僚の横でコーヒーブレイクするのは、確かに居心地のよいものではないけれど、少しだけ冷静に状況を考えたいものである。
例えば、私はアメリカと日本を拠点に働いているので時差の関係で仕事が早朝深夜に及び、昼間に休憩をとることもある。「同僚が働いているから」と昼間も働いてしまえば、それをみた同僚は罪悪感を覚えて、私と同じように早朝深夜も働いてしまうかもしれない。
私は自分の持ち場で最高のパフォーマンスをすることが使命であると心得て、自分自身を労わることに罪悪感を覚えないように心がけている。
社会情勢が緊迫している中、あたたかいベッドで眠れることに罪悪感を抱くのではなく、感謝して仕事に臨みたい。同僚を横目に休憩をとるのは心苦しいが、自分自身を労わることも重要なことである。
他者や社会のストレスの影響を健全に受け止める
言うまでもなく、大切な存在である同僚や家族に共感することは重要であるが、そのストレスで自分までやられてしまったらいざという時に役に立てないとは思わないか。
訴訟を代理することは、弁護士にとって「素晴らしい仕事をしているクライアントを応援するチャンス」であると私は捉えている。訴訟という大きなストレスを抱えるクライアントの思いを受け止めて、その不安を解消し、プラスにするのを使命だと信じ、法廷に臨んでいる。
こうした姿勢はあながち間違ってはいなかったようで、ストレスを良いものだと捉え直すことで、健康へのリスクを軽減し、生産性やパフォーマンスを大幅に向上させることができるという。
いずれも、多くのビジネスパーソンにとってはすでに実行している、あるいは心得ている思考かもしれない。改めて認識することで、漠然とした不安やストレスを見つめ直すきっかけとなればと思う。
(文:ライアン・ゴールドスティン)