反フェミ煽りに反撃した女性たち 韓国大統領選、僅差の背景にあった20代女性の危機感

「今回の大統領選は女性有権者が結集した。政治史でも重要な出来事だった」と、研究者は総括した。

大接戦の末、5年ぶりの政権交代が決まった韓国の大統領選。事前に優勢が伝えられていた保守系野党第一党「国民の力」尹錫悦(ユン・ソギョル)氏は、当選したとはいえ予想外の苦戦を強いられた。反フェミニズムをあおる尹氏陣営に、主に20代女性が危機感を抱いたことが一因とみられている。その背景を探った。

女性たちが危機感を募らせた、尹氏のFacebook投稿がある。

今年1月7日に書き込まれた「女性家族部廃止」。わずか7文字の投稿に「He is back」(俺たちの尹錫悦が帰ってきた)、「女性の社会進出ばかりに力を入れる役に立たない部署」「さらなる予算削減を」など賛同のコメントが殺到した。韓国日報によると、約2時間で約2500のコメントがついたという。

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「女性家族部廃止」と書き込んだ尹氏のFacebook投稿。
Facebook

女性家族部は女性の権利擁護の啓発、シングルマザー家庭の支援などを担当する政府機関だが、尹氏は選挙戦で「男性を犯罪者予備軍扱いする広報などで、国民に失望感を与えてきた」と述べていた。

こうしたSNS戦略を提案したのが、「国民の力」の38歳の党代表、李俊錫(イ・ジュンソク)氏だ。2021年に、議員経験のないまま選出された。

韓国では、性暴力被害を告発する#MeToo運動が盛り上がり、性犯罪動画をチャットルームで共有していた「n番部屋」事件も2019年に発覚。女性たちの怒りが高まっていた。

一方、そんな時期に「国民の力」の李代表は「徹底した能力主義」を主張し、企業役員や閣僚などに女性を一定数割り当てる「クオータ制」に反対。性犯罪の罰則強化を求める声には「性犯罪の訴えが冤罪と判明した場合の罰則も強化せよ」と切り返し、女性施策を問う市民団体に「時代錯誤的なフェミニズムを強要するな」と切り捨てた。

あらゆる女性問題は「女性だけの問題ではない。男性も同等に救済されるべきだ」と説く李代表の姿勢に、男性の若年層が喝采した。そこには韓国特有の事情もある。

「男子大学生は兵役で学業や就活対策の勉強を中断しなければならないのに、兵役を終えた学生を採用で優遇するのは『女性差別』にあたるとして禁止されています。就職難で大企業や公務員はどんどん狭き門になり、女子学生ばかり有利に見えてしまう。#MeTooや男女平等を訴えるフェミニストたちに拒否感を抱く20代男性は、自分たちの代弁者が現れたと感じた」(ソウルの20代男子大学院生)

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投開票日前日の3月8日、ソウル中心部に集まった尹錫悦氏の支持者ら。吉野太一郎撮影
吉野太一郎

今回の大統領選で、尹氏を擁した保守系野党は、主に20~30代男性の「男女平等施策は男性への逆差別」と反発するムードに迎合し、それをあおるような選挙戦略を続けてきた。 

李代表は「10ポイント差で勝つ」と余裕の表情を見せ、投票日2日前の7日には「女性の投票意向は男性より低い。組織的な動きはネット上で見られるが、実際の投票には表れにくい」と、女性を挑発するような発言もした。

3番手だった有力候補との候補者一本化も投票日6日前に成し遂げ、選挙戦は尹氏の楽勝とみられていた。しかし、ふたを開けてみれば一転、史上最少の約24万7000票(0.73ポイント)差で振り切る薄氷の勝利だった。

波乱要素の一つは、20代女性の反撃だった。

地上波テレビ局3社が投票日の3月9日に実施した共同出口調査によれば、20代男性の58.7%が野党候補に投票したと答えたのに対し、20代女性は58%が与党候補に投票したと回答した。それぞれ対立候補に投票した人と、20ポイント以上の開きがあった。

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地上波3局の出口調査の結果。20代男性(上)は野党・尹錫悦氏に58.7%が投票したと答え、20代女性(下)は58%が与党・李在明氏に投票したと回答した。
KBSテレビのYouTubeチャンネルより

「若い女性有権者は、今まで一度も声を上げたことのない集団だった。しかし今回の大統領選は女性有権者が結集した。政治史でも重要な出来事だった」。犯罪心理学の女性研究者として知られ、女性への性犯罪撲滅運動でも先頭に立ってきた李水晶(イ・スジョン)京畿大学教授は、11日のラジオ番組のインタビューでこう総括した。

李教授は今回、尹氏の選挙対策本部の顧問として、性犯罪の厳罰化など女性向け施策の公約立案に加わった。選挙結果について「(対立候補へ)票の移動はあった。この政党のカラーが結局、一方向の選択をさせたのではないか。『女性家族部廃止』という7文字のSNSがとても強烈に有権者に響いた。それが効果的な選挙戦略だと感じた人がいたんでしょう」と複雑な思いをにじませた。

ソウルに住む20代の女性は「女性嫌悪の発言を公然と繰り返す候補たちが政権を取ったら、女性を狙った犯罪が増えると危機感を抱き、消去法で投票先を変えた人が私の回りにも多かった」と話す。

「男子大学生はフェミニズムが嫌いで深く考えずに尹氏に投票した人も多かったみたいだけど、女性家族部の業務は一人親家庭の支援など多岐にわたるので、廃止されたら困る男性も多いはず。仮にも先進国で大統領候補が先頭に立って、ジェンダー分断的な選挙運動をすること自体、そしてその公約に共感して、たくさんの20代男性が深く考えずに投票したことが、とても悲しい」と、この女性は嘆く。

当選した尹氏は、翌日の記者会見で女性家族部の廃止方針を改めて名言。一方、僅差で敗北した与党「共に民主党」は、国会の議席数では圧倒的多数を握る。

与党候補だった李在明氏も序盤「狂気のフェミニズム」と書かれた投稿をSNSでシェアするなど、「反フェミ男性票」を意識した選挙運動をしていたが、選挙終盤に「n番部屋」の実態を調査し公表した立役者の一人である25歳の女性を陣営に迎え、ジェンダー問題で対決姿勢を明確にした。

男児の誕生を強く好んだ韓国社会、今の20~30代は出生時に女児の中絶が広く行われたこともあり、男性より女性の出生数が約200万人少ない。

「好きで少ないわけじゃないのに、大統領候補が女性差別を否定する発言をすると、国に見捨てられたという思いが募る」(20代女性)。政治的思惑で敵意をあおる対象にされた女性たちの思いは、新政権に届くだろうか。