ロシアの国営テレビ・第一チャンネルのスタッフが3月14日夜に放送された生放送のスタジオで反戦メッセージを掲げたニュースは世界でも大きく報道された。
モスクワの裁判所は拘束された女性スタッフに対し、日本円で約3万円の罰金刑を言い渡した。NHKによると、拘束後の取り調べは14時間以上にわたって続いたという。
生放送でのあの一連の流れには、放送業界・アナウンサー職の経験者として、筆者は“違和感”を感じざるを得なかった。改めて振り返って考えてみたい。
戦争反対を主張→拘束
反戦のメッセージを掲げたのは第一チャンネルのマリナ・オフシャニコワ氏。
生放送では女性キャスターがニュースを伝えていると、画面の右側(テレビスタジオでは上手側)からオフシャニコワ氏が突然、音を立ててメッセージを掲げながら入ってきた。
メッセージは英語で「NO WAR(戦争反対)」と書かれ、さらにその下にはロシア語で「戦争を止めろ。プロパガンダを信じないで。彼らはあなたに嘘をついている」とつづられていた。
メーンキャスターの女性がニュースを読み続ける中で、オフシャニコワ氏はメッセージを訴えていたが、すぐに画面はスタジオからVTRに切り替わった。オフシャニコワ氏は直後に身柄を拘束されたという。
その後、オフシャニコワ氏が事前に録画していた動画がネット上で拡散。
動画では「これまで何年も第一チャンネルで働き、クレムリンのプロパガンダに加担してきました。そのことを心から恥ずかしく思います」などと謝罪していた。
あの映像に感じた、ある“違和感”
放送局でアナウンサーとして働いた経験のある筆者は、あの映像を見た時、違和感を感じざるを得なかった。
その違和感は、まずもって画面中央でニュースを伝えていた女性のメーンキャスターがオフシャニコワ氏が画角に入ってきた後も微動だにせず、その後も淡々と話し続けていたことだ。
キャスターはテレビカメラの下についている「プロンプター」という機械に映し出される原稿を読めば、自然と“カメラ目線”になるような仕組みになっている(※ない場合もある)。また、スタジオでは通常、カメラの横には「自身が今どのように映っているか」を確認することができるモニターが設置されていることも多い。
モニターの有無は分からないが、仮にそれを確認できれば、オフシャニコワ氏が入ってきたこともすぐに確認できたはずだ。だが、映像をよく見ると、メーンキャスターの女性は騒動の後も淡々とカメラの一点を見つめて伝え続けていた。オフシャニコワ氏は声をあげており、異変に全く気がつかなかったとも考えにくい。
同僚が突然カメラの画角に入ってきたというのに振り返る素振りなども見せず、一切のリアクションがないことには、違和感を感じた。
また、気になる点はもう1つある。オフシャニコワ氏が画面に映り込んでいたと思われる4〜5秒ほど間に、他のスタッフが彼女を止めに入る様子は見られなかった。
もしかするとスタジオにスタッフが居なかった可能性もあるが、通常はカンペ等を出すスタッフ(フロアディレクターと呼ばれる)が1人はいることも多く、その点もどこか不自然に映った。
いわゆる突発的な“放送事故”のように見えるが、オフシャニコワ氏が訴える内容が内容だっただけに、他のスタッフがすぐに彼女を拘束することは避けた可能性も考えられる。
止めに入ってしまうと、自由な報道が厳しく規制されていることが暗に視聴者に伝わってしまうからだろうか。
もしかすると、少なくともスタジオでは、オフシャニコワ氏が途中で入って来ることが事前に分かってたのではないかと想像してしまう。
「カメラワークも変わらないのは極めて不気味」
日本では15日、テレビ各局がこの話題を伝えていた。日本テレビ系の『news zero』では、メーンキャスターの有働由美子アナと慶應義塾大学の廣瀬陽子慶大教授が自身の考えを述べた。
有働さんは「局に勤めていると分かるんですけど、仮にあの場所で後ろに関係のないものが入ってきたら気づきますし、生放送の5秒というと、我々(放送従事者)には20秒くらいに感じるので、いかにも(何らかの対応が)できそうに感じる」とした上で、少なくともスタジオの中では周知されていたと考えるのが(自然)と考える」と指摘し、廣瀬教授にコメントを求めた。
廣瀬教授は「極めて異例づくしの映像だと思います。アナウンサーが微動だしないということ、そしてカメラワークも変わらないのは極めて不気味。ロシアでは非常に多くの人が見ている番組で特に視聴率は高く、波及効果も高い。スタッフも意識があればすぐに止められると思う。それをしなかったということは、番組の人がみんな知っていたのではないかということが想定されます」と見解を述べていた。